《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

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素性の知らない「導師」に「洗脳」された妻によって崩壊する家庭。その一方で互いに寄り添う優しい擬似家族があった。

月光亭事件 (創元推理文庫)

月光亭事件 (創元推理文庫)

引退した名探偵・石神法全の後を継いで探偵事務所を営む野上英太郎の元に、ある日猫を連れた少年が訪れる。卓越した推理力を持つその少年・狩野俊介は、石神との出会いを契機に探偵を志していた。野上は彼を助手として、直後に舞い込んだ依頼、大病院の院長の妻に取り入り、一家の館に居座る奇妙な宗教家の正体を暴くこと―に乗り出すが。少年探偵・狩野俊介シリーズ第一弾。


素性の知らない「導師」を部屋に引き入れてしまったが為、妻がその人物に傾倒し、主義も趣向も大きく変わってしまった。そこで夫はその導師の化けの皮を剥いでやろうと探偵事務所に依頼をする、という冒頭部分なのだが、どうにも2013年前後の芸能界の「洗脳」騒動を連想せずにはいられない。自分の存在を脅かす探偵と対面したその導師は、自分の持つ力の証明として大邸宅の離れ、通称「月光亭」を密室状態にして衆人環視の中、奇跡を演出すると言い出す。約束の時刻を過ぎ、月光亭に向かう一同が見たものは、煙のように消えた導師と、床に磔になって横たわる妻の姿だった…。
少年探偵・狩野俊介初登場シーンからミステリ心を刺激する作品。子供が読めばミステリ愛読者のきっかけになる第一歩になり、そのように子供の時分からミステリに親しんだ大人の読者には、「ミステリあるある」が散りばめられている(であろう)この作品に懐かしさを覚えるのではないか。ミステリには途中乗車で、初・太田忠司体験の私は、その話の運びの上手さに驚いた。上述のあらすじまでの流れや、その中で俊介の聡明さと、その使い方を教える優しい大人たちとの関係性をしっかり描いている事に舌を巻く。更には推理能力をいつも発動していた俊介に、相手の心を慮る心を教える事で、真相解明が自然と後半まで持ち越されるという展開もとても自然かつ絶妙だ。俊介の12歳とは思えない能力と、複雑な環境で育った12歳というナイーブな心が読者の心を揺り動かし、事件の舞台の外で会う人々の優しさに安心する。野上探偵や高森警部、アキさん、そしてジャンヌ、彼を宜しく頼みました。…って、このラストシーンは意外だなぁ。いやいや、シリーズ物になってるのですから、多分大丈夫です。
ミステリとしては驚天動地モノの類でしょうか。奇跡の実証に人体消失マジックショーを選ぶ辺りに導師の導師たる限界がある気がするが、不可能状況の演出としては面白い。読み返すと前半からしっかり手掛かりも書き込まれている。ただどうしても机上の空論になっている事は否めない。あのトリックは子供向け作品の自由な発想から生まれた、と言えるけど、そこかしこにトリックの痕跡が認められる気がする。私が誰かが無知になっているミステリ(探偵以外に思考回路がない作品・都合の悪い事を書き込まない作品など)が嫌いだからかもしれないが、一発勝負で成功確率の低そうなトリックは気になった。
トリックが子供向けの一方で、犯人の動機や一族の設定に大人の事情が持ち込まれていたのには違和感が残った。私の薄っすらとした知識からするに、それも「手鞠唄」を含め本格的(横溝的)なモノへのパロディでもあるのだろうけど、子供に読ませたい内容ではないなぁ(PTA的意見でなんですが)。また終盤まで途切れることなく楽しく読めたので気付かなかったが、だからこそ後半の展開に慌しさを感じた。複雑に絡む思惑が生んだ複雑な事件という構図は理解できたが、箍が外れたように次々と人が死んでいく様も好ましくない。一方的な要望ですが、名探偵である野上や俊介の存在(抑止力)もあるし、メインの読み手のこともあるし、解決部分はスマートでいて欲しかった。
登場人物の中に「あき」の名を持つ人物がいて、最後まで最悪の展開を予想して緊張していたのだけれど、あれは結局、読者のミスリーディングを狙ったものなのだろうか。一安心だけど。一冊の中で俊介の成長がしっかりと描かれている作品で、特に俊介が途中で時分からは推理を披露しない理由が好きだった。子供の頃に憧れる千里眼のような能力を、こういう風に人の心を推し量る、自分の言動の結果を推量する力として使って欲しいものだ。自分のミステリの読み方が大きく変わった(分別くさい)事に気づかされた一冊。そしてミステリを読み始める誰かにとって特別な一冊になる可能性を秘めた一冊である。

月光亭事件げっこうていじけん   読了日:2013年04月29日