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整形前夜 (講談社文庫)

整形前夜 (講談社文庫)

だが、と私は思う。日本女性の美への進化もまだ完璧ではない。例えば、踵。あの踵たちもやがては克服され、「おばさんパーマ」のように絶滅してゆくのだろうか。かっこ悪い髪型からの脱出を試み、大学デビューを阻む山伏に戦く。完璧な自分、完璧な世界を強く求めながら、平凡な日常の暴走に振り切られる生ぬるき魂の記録。人気歌人の頭からあふれ出す、思索のかけらを集めたエッセイ。


ほむほむ愛を再確認した一冊。本書は初出の媒体がバラバラのエッセイ集。なので「初体験エッセイ」や「恋愛エッセイ」などのようなテーマの縛りがない分(掲載雑誌のジャンルはあるが)、ノンジャンルの予測不可能・変幻自在のエッセイを堪能できる。初エッセイ『世界音痴』読書時の充実感が蘇った。書名は四字熟語だし、「せ」から始まるし、それあんまり関係ないし。この人は現実社会の中や大人の中ではダメだけど、そのズレこそが作中の題の言葉を借りれば「共感と驚異」を生む「ほむほむエッセイ」の重要な要素である。
ほむほむエッセイの私への作用は3つ。前述の共感と驚異、そして反響である。本書の中で穂村さんが言う「共感(シンパシー)」と「驚異(ワンダー)」とは少し違うが、私は穂村さんへその相反する2つの想いを同時に抱く。「世界音痴」という言葉に集約される不自然な行動や過剰な自己愛には、それこそ「運命の人」を見つけた喜びを感じる。しかし一方でやはりワンダーの世界の詩歌に身を置く人ならではの視線を驚異に思う。自己愛に共感してるのに、その自己愛の呪縛を解く存在として必要な不思議な人。更にその共感と驚異は私自身の感覚を広げ、思考を促す(ような気がする)。運動で代謝が良くなるように、ほむほむエッセイは私の思考の循環を再開させるスイッチになる。「よし、日記を書こう」とか「よし、いい本を読もう」と決意させてくれる。その作用まで含めて穂村さんが大好きだ。
好きなエッセイは『本の雑誌』での連載。「本を贈る」「定量制」「最適外出本」「作品予知」はどれも本読みの端くれとして「共感」できる。特に「最適外出本」は深く頷いた。心配性と自意識過剰が相俟って、本棚の前で鞄に入れる本を熟考する。もしかしたらこれは私の「心から読みたい本が分からない」とか「選択肢(積読)が多すぎる」などといった読書に対する姿勢の問題も絡んでくるのかもしれない。「作品予知」は未読なのに内容は既知の小説や、トリックが予知できたミステリの話。島田荘司さんの『占星術殺人事件』は穂村さんは未読の内から脳内でネタバレしていたらしいが、私の場合は犯人はアノ少年だったなぁ…。そもそもミステリは読書経験値の上昇と共に「脳内のネタバレ野郎」までもレベルアップするから、基本的には先細りの読書体験が宿命付けられている。しかもAとBという作品を読んでいるからこそCのトリックが予知できる場合などもあり厄介だ。「定量制」問題ではないが、スタートダッシュで良書に触れておくべきなのかもしれない。
「書評」で明かされる穂村さんの遅読は意外だった。実際どれぐらいの速度なのかは分からないが、膨大な読書量や知識からかなりの速読派なのかと思っていた。書評する資格について教えられていたが、遅読の穂村さんの書評や解説は今後もあまり読めないという事か? また初出は違うが「短時間睡眠への憧れ」での8時間眠らないとダメという告白も意外だった。確かに破滅型作家ではなさそうだけど、それにしても健康的だ。「共感と驚異」「言語感覚」シリーズの鋭い視点は歌人穂村弘の本領発揮。この「言語感覚」と他1回で、北村薫さんの『鷺と雪』で効果的に使われた山村暮鳥の「囈語」が紹介されていた。こういう結ばれる感覚が本を読み続ける喜びのひとつなんだろうな。また「京都の学生になりたい」では森見登美彦さんの『太陽の塔』が『(京都の)学生のぐだぐだ感を描いた小説』の傑作として紹介されていて両者ファンとしては嬉しい。
私のほむほむ歴も4年以上になり、今回はごく僅かだが発表時の媒体で読んでいる作品があった。それが誇らしいような損をしたような気がした。

整形前夜せいけいぜんや   読了日:2010年09月10日