《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

獅子は我が子を千尋の谷に落とし、友人は僕を産廃の崖に蹴り落とす。

でかい月だな (集英社文庫)

でかい月だな (集英社文庫)

ぼくを混乱と哀しみに突き落とし、あいつは町から消えてしまった──。中学生の幸彦は、友人綾瀬に崖から蹴り落とされて、大好きなバスケができない身体になってしまう。無気力な日々を送るなか、やがて奇妙で不可解な現象が起こり始め……。繊細にして圧倒的スケールの青春小説! 第19回小説すばる新人賞受賞作。


小説すばる新人賞さんって、もっと真面目な人だと思っていました。…という遠慮のない言葉が浮かぶ。作品の全てが想像の斜め上を通過していったからビックリした。序盤の繊細な入り口からの方向転換は、スリルや興奮を感じた一方で、受賞作品に対する読書前の勝手な固定観念とのギャップが生じて、2つの「こうなるのか!」という思いが複雑に入り混じった。ジャンルに精通してないのでイメージでしかないが、設定や登場人物などそこかしこにライトノベルっぽさを感じた。本書はライトノベルであると同時に、月の光が印象的な小説という意味でライトノベルだなと思った(苦しい…)。本書を読んでいると月の光を柔らかな光を感じると同時に、光を感じるだけの夜の暗さ、闇の深さを思わずにはいられない。幻想的な月光と同時に、夜の剣呑さも存在するそんな小説だった。
物語の外側に罪と罰の物語があって、それは中に悲しみと怒り、友情と恋心が包み込まれている。それで全てかと思いきや、物語の外側、広大な宇宙まで感じさせる小説だったから驚いた。予測不可能な読書という意味では本書はかなり楽しかった。
ある夜、唐突に崖から蹴り落とされた中学生・幸彦、そして蹴り落とした同級生の綾瀬。冒頭の「罪」から衝撃的で残酷で、どこか脆さを感じさせる。そこから始まる主人公の静かな苦悩も読ませる。不可解な、そして生活を一変させる出来事に接した自分の心を、家族や友人の悲しみや怒りや不安を、呑み込もうとして、しかし自分の心の容量を計りきれずに暴走し、疲弊していく主人公の姿。幸彦の不器用な優しさに好感を持ち、そしてそんな彼の痛みが身体的なものから精神的なものへ緩慢にシフトいく様子に切なくなる。周囲との関係維持に心を砕く幸彦だったが、周囲は嵐のような怒りから太陽のような慈悲を振りまき始めるのだった。その身勝手さに、変容に、彼の心はまた滅茶苦茶に砕かれる。姿なく、しかし確かに周囲に蔓延する病、この新たな展開が中盤以降の物語を徐々に侵食していく。
壊れそうな幸彦を踏み止まらせるのは、心に変化のない友人・中川と、級友・かごめだった。私は特に中川が好きだ。1人で理科準備室で実験に明け暮れるその姿勢だけでなく、幸彦に対しての言葉の選び方に途方のない彼の優しさを感じた。今の幸彦の傍に彼のような人がいて良かったね、と心から安心すると同時に、好きになりすぎて、終盤の中川の扱いに不満が募った。彼はカウンセラーや人と人との橋渡し役ばかりで、核心に踏み込んでこないのだ。彼もまた自分以外の他者の1人なのかもしれないが、彼も世界の内側に入れない事が本書の世界の狭さに通じているようにも思われる。一方、かごめの存在は便利ツールでしかなかった。幸彦にとって大事な人の彼女もまた橋渡し役でしかなく、幸彦と綾瀬の関係性を「友情」に固定させるために必要な異性なんだろうなぁ、と冷静な邪眼(…)で見通してしまった。駆け足気味の終盤おいて、彼女の知恵も能力も作者にとって非常に便利なものだったと思われる。この2人の変人キャラ、更には小説全体を覆うはずの超常現象が結局、上手く機能していない点が非常に残念である。
本書は結局、幸彦と綾瀬の罪と罰の物語でしかなかった。そうと分かると設定や登場人物の全てが長い長い寄り道に思えてしまう。特にこの結末ならば、この設定を用いる必要性に疑問が生じ、どうしても合理性を優先し、全てが伏線だと思ってしまうミステリ症候群の私は、機能しないエピソードの多さ、小説の無駄の多さに落胆した。紙面の問題なのかもしれないが、終盤に「あの状態」に入った時の周囲(特に中川とかごめ)の状況ぐらい描いて欲しかったものだ。また繰り返される夢、白昼夢の描写に比べて、突然にかごめが吐露する超常現象の真相の短さがアンバランスだった。それでも終盤に登場する人物によって語られる綾瀬の心の動き、そして幸彦によって犯人の独白の様に語られる「あの日」の全ての出来事、は謎解きにも似ていて私は楽しかった。…が、まるで綾瀬の行動を良い話のようにまとめているが、物と人の区別もつかないという綾瀬の心の異常性にむしろ恐怖した。他者の人生の向こう側を無視した行動に怒りすら湧く。綾瀬の行動こそ電波系であった方がまだマシだったかもしれない。作者は結局、幸彦と綾瀬の2人だけの2人にしか分からない関係性を描きたかったのだろう(恋愛抜きで…)。途中までは完全に、心に絶望を抱えたものが、世界の救世主になる「セカイ系」のライトノベルになりかけていた。というかやっぱりライトノベルでしょ、これ。へんな小説だな。

でかい月だなでかいつきだな   読了日:2013年04月20日