
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第16巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
「俺・・・、ただお前とバンドやるのが楽しくて・・・それだけだったから・・・」「でも、クリプレのライブは瞬がいなくちゃ、幕が上がらない」「俺、アキのいないバンドでなんでボーカルやってんだろう・・・父親が危篤になってんのに、そばに行きたいのに、我慢してそれでも俺・・・」「こっちに来る?」「行かない。行ってもできることがないから」「そっちへ行く?」「お前が来ても、意味ねーよ」「それでも行くよ」「・・・・・・・・・」「行くよ」
簡潔完結感想文
- 表紙にも作中にも理子が足りない。2人の男のミューズではあるけれど作品の主役ではない。
- 心也が理子に贈りたい最高の楽曲はラブレター。そこに不可避の秋への好意も したためる。
- 過度なストレスに晒された時、人は秘めていた自分の本性や本心を無意識に吐露してしまう。
瀬戸際で認める好意と寂寞 の 16巻。
『14巻』までの偶数巻ではヒロインの理子(りこ)が表紙に登場していたけれど、『16巻』の表紙に理子の姿はない。『15巻』~『18巻』まではCRUDE PLAYの関係者である秋(あき)・心也(しんや)・瞬(しゅん)の3人で担っている。そのぐらい作品後半における理子の価値は低い、ということなのだろう。
今回の理子の出番は電話口と回想のみ。彼女が動く場面はなく、物語の外側に追いやられる。それでも理子を無価値にしないために彼女は秋と心也のミューズ(女神)で あることを示す。
最初は理子の歌声を巡って対立の構図を見せていた秋と心也。けれど今回、心也の理子のための2曲目が完成し、そこに秋のアイデアが盛り込まれる。1曲目は心也が秋を意識する余り、心也が理想とする音から掛け離れた作品となった。理子の歌唱力と、心也を選んだ彼女の一途さが楽曲を救う形となった。でも秋は その曲に心也がキラキラすると思う音がこもっていないことに不満だった。心也の不完全燃焼を見抜いたからこそ秋は理子の歌声を自分のものにしたいと強く思った。理子への執着というよりも心也の不甲斐なさへの怒りが強いように見える。
2曲目を制作するにあたって心也は自分の心から求める音が秋の音の中にあることを認める。高樹(たかぎ)と同様、心也もまた自分のプライドのための曲作りではなく、歌手に最高の楽曲を用意する音楽の信徒になったと言える。心也は理子のために自分の恥部を解放する。それは どう足掻いても逃れられない秋への好意と尊敬。それを認められたから心也は秋のアイデアを取り入れる。
それは心也と秋の初めての合作。反発していたけれど どうしても自分の中にある好意に気づき受け入れる。それは意固地なヒロインがヒーローへの好意を認める少女漫画の展開そのものである。理子の秋への謎の一途な想いよりも よっぽど分かりやすくドラマチックな恋のように思う。7年前、最悪の出会いをした2人は、7年間一緒にいて どうしても相手を嫌いになれない自分に気づく。それどころか一緒に仕事をする内に相手の良さが分かり、互いに相手を尊重した仕事をしていると理解する、という遠回りをした大人の恋物語の完成だ。
心也は理子を大切に思うから自分のプライドよりも彼女の歌を最高の形で届けることを選択する。新曲は心也の理子へのラブレター。そして同時に秋へのラブレターでもある。だから新曲を聞いた秋は心也が求める最高の音に触れて笑みをこぼすのだ。音によって その人の心の本質を理解する、まこと音楽家たちの物語に相応しい展開だ。ただ残念なのはヒロイン的立ち位置にいるのは理子ではなく心也だということ。表紙に描けないほど やっぱり理子は おまけ程度なのである。


そして『15巻』に引き続き、今回も作中の大半は数時間の出来事が描かれる。
そこに描かれるのは目の前に迫りくる3つの死。そこで秋と心也の「両想い」を描きながら、その直後に彼らの別れを予感させる展開を描くのは さすが青木琴美だと思った。作者のこういうストーリーセンス本当に好きだ。
CRUDE PLAYが空中分解しなかったのは心也という部外者が冷静な指摘でメンバーの頭を冷やしてきたからだと思う。心也は異物だからCRUDE PLAYは お友達バンドじゃなくなった。そこは秋の潔癖さや臆病さに感謝したい。
そして もう一人、瞬が自分の環境や人気に左右されずCRUDE PLAYの活動に一意専心してきたからでもある。秋をフォローしてきたようにメンバーやバンドのこともフォローし瞬が引っ張っている。心也が参謀なら瞬は やはり社長という立ち位置だろう。
ここまで作中の誰よりも揺るがなかったスーパーヒーローが揺らぐ。するとバンドは どうなるのか。それが作者が描きたいこと。現時点での理子は いてもいなくてもいいぐらいの存在。理子の必要性の希薄さは少女漫画の死、という4つ目の死に直面しているのかもしれない。
心也はMUSH&Co.の新曲作りに行き詰まる。高樹に与えられた期限には次のシングル曲を自作か、秋が理子のために作った曲か決めなくてはならない。
息抜きに散歩に出ると川辺で釣りをしている秋に遭遇する。そこで秋の釣りを眺めていると心也に曲が降りてきて、そのメロディの美しさに驚いた秋は急いで心也を自宅に連行する。心也の でたらめに口ずさんだメロディは秋のアレンジで激変。秋は作曲と編曲能力どちらも高いのだろう。
でも それは、かつて秋が、高樹が茉莉に描いた曲を全く別の曲にしてしまったように音楽家の矜持を踏みにじる残酷な仕打ちだった。心也は秋に怒りを表明するけれど、それは同時に完敗宣言でもあった。秋のメロディが大好きな心也は その音を至高としてしまい、そこで思考停止してしまう。
心也の車に押しかけて彼に何かしらの事情があると勘付いた高樹は今度は秋の家に押しかけ、心也と秋を取り巻く緊迫した状況を理解する。大袈裟に言えばこの夜、心也の音楽家としての死がかかっている。
その重大危機に対して秋は、心也の曲の中に自分への好意を感じ取ったことを他k議に告白する。それは音で会話をする音楽家ならではの感性で、コンプレックスだけじゃなく好意を感じ取るのは秋の純粋性。薫(かおる)が自分の演奏で葛藤した回(『13巻』)で心也が薫に助言したように、秋の曲への深い敬意と理解があるから秋は心也のベースが最高だと思う。


いよいよ追い詰められた心也は理子を全国ツアー先の愛媛に招集しようと連絡をする。理子の存在は彼らにとってミューズだから その声を聞いただけでメロディが浮かんでくる。今回の理子は完全に添え物だけど、精神的に中心に置こうとする努力は見える。
そのリラックスした気持ちで制作に専念した新曲には秋のアイデアを盛り込んでいた。それは心也の理子へのラブレターであり、秋へのそれであった。心也の中で一番 素敵な音は秋の音で、そこを基準としている。その事実から心也は目を逸らさない。
御曹司の瞬(しゅん)は跡継ぎ問題という悩みを他者に見せないままCRUDE PLAYに専念している。だから秋にも心也にもCRUDE PLAYに専念して欲しいが、2人は理子に憑りつかれている。
しかし瞬自身が迷う場面に遭遇する。製菓会社の社長である父親が倒れて病院に運ばれた。瞬の母親から連絡を受けた東京の秋(と高樹)が病院に直行。瞬は愛媛で父の状態を知り、仕事を放棄しても東京へ戻ろうとする。それを心也が冷静に論理的になだめる。秋から瞬に連絡が入り、幼なじみの声に瞬は落ち着きを取り戻す。
そこから これまで語られなかった瞬と一族の遍歴が語られる。相変わらず瞳を黒く塗られない人は悪人で、瞬や父親は瞳が黒くて常識人という構図。後継者である瞬が芸能活動をすることに一族では反対の声が上がるが、父親は自分の願いよりも息子の願いを優先してくれた。だから瞬は父親への恩を忘れずに一心不乱にバンド活動をしていたのだろう。
その父親は胃に穴があき、その原因は腫瘍だと推定され、今夜が山だと告げられる。眠れない夜を過ごす瞬に秋は事実を伝える。なぜかメンバーも同じ部屋に居る。CRUDE PLAYの格なら当然 個室だろけれど作品上の必要性から違和感のある場面になる。ただ同級生メンバーも そして心也も関係性は悪くないから彼らが自主的に瞬の部屋に押しかけて監視と心配の意味で寄り添っているとも考えられる。
秋の連絡を聞いて瞬の胸に去来するのは、ずっと思ってきた、思わないようにしていた疑問。仲間とバンドをするために後継者問題やエアバンド状態を乗り越えてきたけれど、瞬の隣に秋はいない。そのバンドに意味があるのか、瞬は その疑問にぶつかってしまう。
「ボクらの明日も。」…
理子が世に出てきたことで動き出す一つの恋のお話。確かに描き分けヘタクソ。
