- 作者: 森絵都
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/08/04
- メディア: 文庫
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何気ない言葉に傷ついたり、理想と現実のギャップに嫌気がさしたり、いきなり頭をもたげてくる過剰な自意識にとまどったり…。生きているかぎり面倒は起こるのだけれど、それも案外わるくないと思える瞬間がある。ふとした光景から“静かな苦笑いのひととき”を抽出した、読むとちょっと元気になる小説集。
自分の人生の縮図や未来への予感を何気ない光景の中に見た30代の女性たちの、その一瞬を捉えた短編集。人生を悟る場所やシチュエーションは様々だ。グラウンドの光景、買い物カゴの中、恋人の何気ない一言、心無いリアクション。彼女たちはそこに様々な物を見る。偽ざる本音、人生の教訓、健やかな精神、自分の身の丈、幸福な展望、そして不吉な予感。森絵都さんは国籍も境遇も違う様々な30代女性の主人公たちの、これまでの人生とこれからの人生が交錯し、決定するその一瞬を鮮やかに描き出している。その瞬間の、人生や時の流れが一挙に押し寄せてくる感覚がとても好きだった。私は人生を見渡せる瞬間が、来て欲しいような欲しくないような…。いや、正直に言うと今はまだとても怖い。
森絵都作品では初めて(かな?)、幾つかの作品が主婦の視点で描かれていたのが印象的だった。そして国際色豊かなのは最近の傾向か。外国が舞台でも、現地の人々の心情や異国の雰囲気を上手に切り取っている、ように思った。
私は「ハチの巣退治」と「パパイヤと五家宝」が特に笑えて好き。多くの短編で、後半に意外な展開を見せるのも魅力。力んだ分だけ脱力します。
森絵都さんはやはり空気の流れを描くのが上手いな〜、と感じた。幸福な温かさや阿吽の呼吸、反対に気まずい沈黙や冷え冷えとした空気。一編ごとに作品内に流れる空気が見事に違う。短編の収録順も熟考されたのかな、と思った。
「架空の球を追う」…野球グラウンド。子供への寛容。動きのある笑い声の響く中で静かな慈愛に満ちた作品。全ての母にこんな一瞬が訪れますように…。
「銀座か、あるいは新宿か」…銀座の料理店。女性の友情は人生の歩みに差が出始めると崩壊する、という定説への反論かな。今となっては赤面物の恥ずかしい事も共有できる幸福。水菜の圧倒的な存在感に大爆笑。
「チェリーブロッサム」…桜の木の下で。発情する男たち(笑) 恋に落ちてはまた新たな恋に落ちるのか。一枚の写真を撮影する間の変化の描写が印象的。
「ハチの巣退治」…オフィスにて。目の上のたんこぶ、屋根の下のハチの巣。晴れの日のハチの巣。それがなければ人生オールライトなのです。
「パパイヤと五家宝」…スーパーマーケット。カゴの中の人生の縮図。オチまで見事。レジに並んでいる時は他人様のカゴの中身、見ちゃいますね〜。
「夏の森」…カゴの中の一匹のカブトムシ。回想する過去。カブトムシから彼女が学んだ事は、果たして家族にとって良かったのか? 心配です。
「ドバイ@建設中」…ドバイのホテル。新たなる出発。婚前旅行で猫を被る女とカツラを被る男のカップル。既にドバイのバブルは弾けたとか…。
「あの角を過ぎたところに」…一軒の消えた店。人知を超えた罠。これからの暗示。通り過ぎる事も出来たのに、通り過ぎない事を選んだ自分たちの未来。
「二人姉妹」…温泉宿。人知を超えた存在。もう大丈夫だという確信。思いもよらぬ展開と、幸福感。愛憎渦巻く現実とロマン溢れる非現実の対照が面白い。
「太陽のうた」…難民キャンプ。日は沈み、また昇る。それが世界の理。テーマは『風に舞いあがるビニールシート』収録作っぽい。主人公は30代で11人の孫がいる女性。彼女は11人の孫を1人も失いたくない。それが彼女の願い。
「彼らが失ったものと失わなかったもの」…空港。災難から見える夫婦の絆。失態にも誰もなじらない、パートナーに当たらない、彼らの態度に拍手を。