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アーモンド入りチョコレートのワルツ (角川文庫)

アーモンド入りチョコレートのワルツ (角川文庫)

ピアノ教室に突然現れた奇妙なフランス人のおじさんをめぐる表題作の他、少年たちだけで過ごす海辺の別荘でのひと夏を封じ込めた「子供は眠る」、行事を抜け出して潜り込んだ旧校舎で偶然出会った不眠症の少年と虚言癖のある少女との淡い恋を綴った「彼女のアリア」。シューマン、バッハ、そしてサティ。誰もが胸の奥に隠しもつ、やさしい心をきゅんとさせる三つの物語を、ピアノの調べに乗せておくるとっておきの短編集。


本書にはピアノ曲の題名が冠された3つの短編が収録されている。この本での森さんは変幻自在の音を奏でるピアニストであり、物語を進行・調和させる指揮者でもある。その音(文章)への才能と集中力は溜息が出るほどで、欲しい所に欲しい音(文章)がきつつ、思いもしない物語の構成力で私たちを魅了する。読了後は幸福な虚脱感に心が満たされる。ブラボー!(拍手) BGMに持っていたシューマン・バッハ・サティのCDを聞きながらの読書は濃密で幸福な時間でした。
どの短編も主人公は中学生。この頃は少しずつ自分だけの音を奏で始める時期、自分だけの音を知る時期。彼らは自分の音に戸惑い、他人の音との不協和音に悩む。しかし、音の響きは無限で、誰かと奏でる絶妙の和音の美しさも世界にはある。森さんはこの和音を響かせて物語を終わらせてくれる名演奏者だ。

  • 「子供は眠る」…(ロベルト・シューマン<子供の情景>より) 夏の陽射しを表す高音と、物語途中で少年たちの心に立ち込める暗雲の低音の対比が特徴の作品。自分たちで壊してしまったもう二度と来ることのない夏。こんなはずじゃなかったのに、という後悔の波が押し寄せた所での、最後の一文に胸がギュッと痛んだ。
  • 「彼女のアリア」…(J・S・バッハ<ゴルドベルグ変奏曲>より) この作品も最後の一文でザワッと肌が粟立った。戻れない場所に立っていると自覚した時に、初めて主人公の「ぼく」の感情が込み上げる。この構成が素晴らしい。前と次の短編もそうだが、人と時間と空間が何気なく合わさっている、そのひと時がとても貴いのだ。
  • 「アーモンド入りチョコレートのワルツ」…(エリック・サティ<童話音楽の献立表>より) 前の2編に比べれば、この短編の主人公・奈緒の状態は変わらない。変わったのは周囲の方。奈緒と君絵、そして魔女とサティ。4人で踊るワルツは夢のようだったのに…。冷静な奈緒の視点で見るからこそ、君絵の抱える悩み、絹子先生の口に出さない事情がチクチクと刺さってくる。このチョコ、チョコっと苦い。

アーモンド入りチョコレートのワルツアーモンドいりチョコレートのワルツ   読了日:2006年06月24日