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チカ、ロードレース好きか? 競技の為にになれるか?

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと…。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた! 大藪春彦賞受賞作。


小説や漫画の題材にスポーツを扱う場合、努力の末に主人公が勝利を掴む、という結末が多い。それは勝利が読者に最も分かりやすい結果だからだ。しかし本書の主人公・白石誓(通称・チカ)はその勝利を絶対に掴めない立場にいる。いや、掴まない。ロードレースという競技にはそんな不思議な立場があるのだ。
レースで勝ちを望める<エース>の勝利をお膳立てする事、それこそが白石たち<アシスト>に課せられた役割。白石は様々な経験から<アシスト>こそ適役だと信じ、自分を「犠牲」にする事を厭わない。しかし、それでいて白石は競技者としての「高み」を目指してひた走るので読者にもその姿はちゃんと清々しく映る。
読了して驚いたのは予想もしなかった出来事と、この内容が約250ページに過不足なく収まっている事。好きな事を書き込めるだけ書き込むのではなく、読者にルールや戦略を理解させながら物語に必要な要素だけを抜き出す客観性と距離感で作品を<アシスト>している作者の姿勢が好ましい。しかも、それと同時にミステリとしての伏線をしっかり張っているのに脱帽。起伏に富ませ最後まで物語を牽引する構成も魅力的。しかし物語を牽引してきた絶妙な構成の後ろには、空気抵抗を受けずに体力を温存していた「真相」が待ち受けていた。ラストスパートする「真相」、明かされた<犠牲>の意味が読者の目を釘付けにする。
題名の「サクリファイス」は犠牲という意味である。それはロードレースという競技に付き物の言葉でもある。ロードレースは個人競技ではなくチームによる団体競技で、先述の通り<アシスト>は<エース>のために率先して犠牲になる。時には自分が<エース>より好調であっても、だ。この「サクリファイス」という題名が終盤、多重に意味を持つ。冒頭で予感される<犠牲者>は誰なのか、そして3年前にチームで起こった事故は<エース>の保身のための<生贄>だったのか。この2つの疑惑が物語というレースを心理戦に持ち込みゴールまで読者に息をつかせない。<アシスト>という心境として複雑な立場でも、白石の<アシスト>精神の原因・根幹となる出来事が描かれているので、彼の心は理解しやすい。陸上界で一度頂点を極めて悟ったからこその揺ぎ無い競技への愛と献身的精神。ただ、現代においても過去においても元恋人・香乃の話はある意味で蛇足に見える。もちろん白石の<アシスト>精神を目覚めさせた張本人、そして彼の心を揺るがす存在として機能してはいるのだが。どうしても自分勝手な疫病神にしか見えなかった。
(ネタバレ反転→)競技におけるロードレースでは<エース>を<アシスト>するのが白石の本分。しかし、そんな彼のロードレース人生を<エース>が<アシスト>して次のステージに押し上げた、この事実が実に感慨深い。<エース>石尾の言外の行動・信念、そして競技への愛。それは他人には分かりにくく歪んでいたかもしれないが、石尾が身を賭して伝えたかった事は白石に受け継がれた。事件だと誤誘導した上での<自己犠牲>が胸を打つ。無口な<エース>石尾、白石にとっても実体のなかった彼が、その死を以って初めて実体を持つという反転がお見事。(←)

サクリファイス   読了日:2007年10月26日