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巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳 (光文社時代小説文庫)

巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳 (光文社時代小説文庫)

江戸の町では娘だけを狙った連続殺人が起きる。南町奉行所同心・玉島千陰は殺された女が「巴之丞鹿の子」という人気役者の名がついた帯揚げをしていたことを不審に思う。巴之丞に会いに猿若町へ出かけた千陰は、殺人に使われた鹿の子には偽物が存在すると聞かされる。犯人の狙いは一体何なのか。時代ミステリー小説シリーズ第一作。


近藤史恵初の時代物。近藤作品を読む度に実感するのが、本の厚みと満足度は決して比例しないという事。本書も全200ページ余の作品なのだが、その中にミステリ・恋愛・女性の生き方など様々な要素が読み取れた。端的な言葉で登場人物の心理を掴み出す技術は流石。特に少し屈折した女性の心理を描かせたら右に出るものはいないのではないか、と思うほど秀逸な描写だった。
ミステリとしては連続殺人犯の正体は勿論、なぜ特徴のある「巴之丞鹿の子」という帯揚げをした女性ばかりが殺されるのかというミッシングリンク・動機が謎の核となる。現代のように科学捜査は出来ないため、犯人に繋がる物証は少ない。だが探偵役の同心・玉島千陰は関係者の証言・地道な捜査を重ねる事で真相に着実に近づく。彼は冗談も通じない堅物で有名。事件発生から後手後手に回る事を悔やむ千陰だったが、彼の冷静な視線が事件の重要な糸口を見つけ出す。今回は事件の性格から、役者の世界や吉原に足を踏み入れる事が多いのだが、その度に世間の価値観とは違う反応を示す千陰が面白い。また同じく同心であった父と千陰の性格はまるで違うが気の合った会話も楽しかった。
事件の真相は事件の内容の単純さに反して、やや複雑な構造。犯人が苦労や責任とは無縁のままで楽な人生を手に入れるために、それを逃さないために犯罪に手を染めるのは現代と全く同じ。ちなみに私の犯人予想は全くの見当違いだった。冒頭の文章や、アノ人の職業柄の技術などが伏線・トリックとして使用されてるのかと思いきや…。また役者という共通点では歌舞伎を扱った文吾&小菊シリーズに通じる所もあった。コチラの方は堅苦しさを感じないが。
そして、物語を力強く牽引したのがお袖の生き方と恋愛。現代以上に女性の生き方が左右されるだろう結婚問題に揺れるお袖。だがその一方でお袖は、草履の鼻緒が切れてしまった所を助けてくれた武士に…、蹴りを入れてから始まる奇妙な関係。登場の瞬間からエキセントリックなお袖。当世風に言えば「猟奇的」「ツンデレ」(笑)? 2〜3百年ほど流行を先取り。ただこの時代で、そしてお袖のような境遇で彼女の我が儘が簡単に通るのかは疑問に思ったけれど。

巴之丞鹿の子ともえのじょうかのこ   読了日:2008年12月12日