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あきらめのよい相談者 (創元推理文庫)

あきらめのよい相談者 (創元推理文庫)

開業を夢見る若き弁護士の僕は法律事務所に勤めている。人の数だけドラマがある、ましてや弁護士に持ち込むのだから、というわけでもなかろうが、ともすれば理解に苦しむ依頼にぶつかる。こういう場合に重宝なのが友人のコーキで、彼の端倪すべからざる推理力には高校時代から舌を巻くばかり。あきらめがいいんだか悪いんだか判然としない客のことも、飲みながら話すうちに…。第一回創元推理短編賞受賞。


作者が「律儀すぎる創作者」だからか「察しのつき易い短編集」である。良く言えばフェアに徹しているが、悪く言えばフェア過ぎて伝わり易いトリック、だ。律儀な伏線が、眼を凝らすと明らかに不自然に浮き上がる。飽くまで弁護士の業務内の謎と真相というスタンスは評価できる一方、短編特有の切れの良さが失われている。謎に魅了されるよりも自分の推理の答え合わせになってしまった。
ミステリ部分は日常系のオーソドックスな謎。しかし弁護士の仕事は非日常のスペシャルなモノだろう、と思い込んでいたら違った。ここに描かれているのは弁護士の日常とホンネ。更には主人公・剣持がサラリーマン弁護士、通称「イソ弁」であるから仕事の義務感と不自由が増す。弁護士である作者から見た弁護士の日常の謎と「現実」とフラストレーションが本書の特徴である。
ミステリ評価とは関係ないが、全編とも文章中の比喩で何度も躓いた。言い得て妙、ではなく、これは言い得ているのか?という感じ。小説だから比喩を挿入しなきゃ、という作者の義務的な意識がありそうな気がする。
いくつかの短編で被害者が出てしまうのは剣持弁護士の鈍感さに責任がある。探偵役のコーキが優秀なのではなく、剣持や周囲がマヌケなのでは…。
剣持さんは『五十円玉二十枚の謎』で最優秀賞受賞者。50円玉の特性を活かし現実的な解答を提示して一番好きだった。「倉知淳」さんもここの出身(?)。

  • 「あきらめのよい相談者」…その日、勤務先の法律事務所を訪れた相談者は相談内容が具体的な割に「あきらめのよい相談者」だった…。ノールックパスやフェイントはミステリではよく使われる技術。問題が全て提示された中盤の時点でゲームの展開が読めてしまった。これは決して私が「ひらめきのよい読者」だからではないと思う(日本語が変…)。もう少し攻めてくれたら…と全編で思った。
  • 規則正しいエレベーター」…友人・広瀬の自宅マンションのエレベーターは朝、一定以上の確率で2階で止まっている…。これは挿話が親切すぎる。その前の興信所の報告も、エレベーターの使い方を限定させようとする努力も見え透いていて、メタ視点の読者には分かりやすい。友人と酒を飲みながら人物に勝手に愛称を付けて酩酊推理する様は、西澤保彦さんのタックシリーズを彷彿とさせる。
  • 「詳しすぎる陳述書」…宗教にのめりこんだ夫と離婚したい女性の離婚訴訟に臨む剣持。だが夫側の陳述書は妻の一方的な不理解が詳細に書かれていて…。今回も「詳しすぎる伏線」によって、剣持やコーキよりも先に真相に辿り着いてしまった。実は妻がもう××してる、というオチかと思ったけど、それだと剣持側が負けちゃうのか。そっちの方が予想外の結末で面白かったとは思うが…。
  • 「あきらめの悪い相談者」…剣持を何度も相談に訪れた「あきらめの悪い相談者」東条氏。彼が誰かを殺害したというニュースを聞いた剣持は東条氏の相談を思い出し被害者を特定しようとする…。ミステリのための作為的な謎だが、本書で一番の短編。得られた情報から一つの穴のない推理を導くコーキの推理力に初めて感心した。もしかしたらコーキは誰よりも弁護士に希望を持っていて、それ故に現実の弁護士の世界を知るのを拒んでいるのかもしれない。

あきらめのよい相談者あきらめのよいそうだんしゃ   読了日:2007年07月18日