- 作者: 北森鴻
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2002/03/20
- メディア: 文庫
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小劇団「紅神楽」を主宰する女優・紅林ユリエの恋人で同居人のミケさんは料理の達人にして名探偵。どんなに難しい事件でも、とびきりの料理を作りながら、見事に解決してくれる。でも、そんなミケさん自身にも、誰にも明かせない秘密が…。ユーモラスで、ちょっとビターなミステリ連作集。文庫化に際して、新たに特別短編を加筆。さらに美味しくなった、スペシャル・メニューを召し上がれ。
北森さんお得意の連作ミステリ。と、この紹介自体が実は少々ネタバレだったりする。メインとサブ、交互に出される短編料理に実は共通の食材をお客が気付くのはコース料理も中盤辺りから。えっ!?と、その意外な隠し食材に驚いてからは、出された料理も一心不乱に片っ端から平らげる。全ては贖罪のため!?
それぞれの料理に趣向が凝らしてあり、様々な味わいが楽しめる。ある短編で感じた些細な違和感や疑問もその後の短編のスパイスだったりする。ただし連作ミステリとしては、あの人を巡る事件が少々尻すぼみで消化不良か。期待ばかり膨らんでしまった。北森作品では珍しく(?)心温まる終わり方ではあるのだが。
作中の料理ももちろん魅力的だが、登場人物たちにも注目したい。明るさの中に一抹の寂しさを、寂しさの中に強さを感じた作品。女優・ユリエさんは徹頭徹尾、格好良い。しかしそれ以上に座付き作家の小杉隆一(同姓同名だけどハゲちゃうで!!)の存在がピカッと異様に光っていた。人として作家としてとっても迷惑な存在だが、飽きない魅力を彼に感じた。彼の推理や××が面白いから、本書の成功があるといっても過言ではない。彼のトホホ推理も独創性といえなくもないし。
ミケさんは、「劇団」や「プー太郎」というキーワードやその渾名から倉知淳さんの「猫丸先輩」を連想した。外見(主に身長)は違うけど、雰囲気が似ていた。
- 「アペリティフ(プロローグ)」…雪の日の出逢い。独白の中に様々なヒントが…。
- 「ストレンジ テイスト」…憑依型の座付き作家が登場人物の心境が掴めず筆を止めたまま1ヶ月。果たして初演に間に合うのか…。作家自身が知らない事件の動機の推理、という設定が独特。カウンセリングによって深層(真相)心理を暴き出す。小杉もまたトランス状態だから奇跡の作品が誕生するのか!?
- 「アリバイ レシピ」…7年前、大学の仲間内で起こった事件を料理を前にして解決する、という手紙が舞い込み…。2編目からいきなり劇団から離れた内容なのか。ザ・料理ミステリだが、下ごしらえが慎重すぎたかな。青春のしっぺ返しが痛い。登場人物全員から死や罪・嘘の臭いがするのが北森ミステリ…。
- 「キッチン マジック」…自宅マンションでの劇団の仲間とのパーティの同時刻、マンションの下では高校生が死んでいた…。これも事件解決への下ごしらえが丁寧すぎ。更には疑心暗鬼にならなければ単なる無関係のご近所の事件だ。
- 「バッド テイスト トレイン」…駅弁がキッカケで相席になった男が語る列車内の推理とは…。この短編、日常の謎&安楽椅子モノで好きです。タイトルが一つの叙述トリック(!?)になっている趣向が面白い。小説ならでは。他の作家の一編のエッセイの登場人物の背景を推理する、という趣向もまた面白い。
- 「マイ オールド ビターズ」…一人の老人の為に劇を披露する事になったのだが、破格のギャラ、ちぐはぐな出来事、怪しさ100倍で…。何となくバブリーな事件。通常ならこの後、殺人事件が起こるのに、その前にトンズラする劇団一行の危機察知能力が面白い。しかし最後の一文で強烈な苦さが残る。
- 「バレンタイン チャーハン」…ユリエが料理を披露した雑誌の取材記事は何かが変。その後も編集者の周囲では奇妙な事件が連発し…。実生活では華麗なる転身を果たした、憑依型人間の脅威ですね。妄想からここまでの手段に訴えるのは怖いなぁ。編集者への嫌味が消えないのがまた北森ミステリ…。
- 「ボトル“ダミー″」…1年前、公演直前まで脚本が完成しない危機の中、劇団作家が自殺を図った。順調だった劇団の中で何が…。思えば誰かを演じるのが俳優という仕事なのだ。人は名前を使い分け、誰かになる。それは多くの登場人物の共通点だった。ユリエと同棲相手たちの関係性はやや強引に思える。
- 「サプライジング エッグ」…いよいよ、全ての点が線でつながる。15年前の事件の真相、更に本書の仕掛けとは…。うーん、友情? ここまでする行動理由が分からないッス。あと1回の実験の成功を鵜呑みにして論文に作成なんて、研究者として失格では? こんな時だけ毛利先生の推理が正解に近づきすぎたか。
- 「メイン・ディッシュ(エピローグ)」…本当の大団円。まだ皆と繋がっている、という感覚が幸福感に変わる。敢えて名前を表記しない、この終わり方、文庫版は「特別料理」があるので効果が薄い…。名前なんて飾りです。
- 「特別料理」…無責任な推理作家はその場凌ぎの連載を始めたが…。2品目と同じ事を繰り返すまるで成長しない作家。現実にもこんな作家さんがいるのかな。ミケさんの帰る場所を明確に示したのは優しいファンサービスか。無責任作家の名前に秘められた誰も気付かない衝撃の超事実の丁寧な説明も。