- 作者: 恩田陸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/09/07
- メディア: 文庫
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高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために…。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。
名作。「永遠の青春小説」という謳い文句も決して誇張ではない。高校3年生の主人公たちより年少者が読んでも年長者が読んでも、きっと本書に普遍的な青春の輝きを見出すだろう作品。多分この先ずっと、時間を経ても本書の輝きは失せないはず。いや、時の流れで研磨され「名作」としてより一層の輝きを放つかもしれない。読了後、胸いっぱいに広がる清々しさと共にそんな予感を覚えた。
高校3年生の秋のたった一昼夜を描いた作品。しかし本書の1ページ以前には彼らの高校生活の2年半が確かにある。部活・友情・恋愛・日常になった何気ない毎日たち、全てが積み重なって学校生活は進む。そして高校3年生の彼らにはこの後、受験という試練が待つ。明日からは本格的に自らの未来を描かなければならない。脇目も振らず全力疾走しなければならない。高校3年生の「歩行祭」はそういう節目の日でもある。自分の速度で歩ける高校生活最後の一日。
何と言っても登場人物の造形が素晴らしかった。メインの登場人物たちの優しいこと!! いち早く大人になろうとする融や、自分の事になると感受性の鈍い貴子の主人公2人も良いのだが、私は彼らの親友・忍と美和子をとても好きになった。本人以上に彼らの性格を分析・理解し、そしてそれを寛容に受け入れる友達、いや間違いなく親友の彼らにとても好感を持った。割と天真爛漫な貴子は兎も角、自立を急ぐ融も高校生にしてはかなり大人びてはいるが、自分の欠点さえも冷静に分析する彼ら2人の人間の大きさには尊敬の念すら抱いた。
また登場人物では、神の視点のような、神の使いのような(ネタバレ反転?→)榊の弟・順弥のスタンス(←)が面白い。その神様が起こす、お節介な奇跡。本人たちでは越えられない絶対的な一線を、他意の無い一言で歩み寄らせた神様のイタズラ。歩き続け疲れ果てて汗と共に流れ落ちた自分の殻や意地。そしてその本質はこんなにも似ている…。でも神様、交通費とかどうなってるの?
そして脳裏に浮かぶような風景描写も読者に「歩行祭」の追体験を促した要因だろう。夕暮れの海岸線、気配だけの闇の中、そして彼らを祝福するような新たな始まりを予感させる夜明け。読者の中でも彼らの一日が特別な一日に変わるのは共に歩いている、という感覚が伴うからに違いない。思えば歩行距離80Kmは人生80年とも重なる。まだまだ17,8Kmしか歩んでいない彼らの今後が楽しみ。
深夜の仮眠2時間以外は歩き続ける(寝たら走る!)、そんな読むだけで辛そうな行事なのに『もし私の高校生活にこの「歩行祭」があれば…』という羨望も確かに湧き上がってくる。高校生の時の私は誰と歩き、何を話し、このイベントから何を得る・学ぶのだろうか、と途中、何度も歩みを止めながら考えていた。多分、この共感からの思考の寄り道こそが本書が広く愛される理由なのだろう。誰しもが登場人物の事を考えながら、物語の結末を気にしながらも思わず自分の事を顧みている。だからこそ本書は「名作」足り得る。これまでも、そしてこれからも。本書には登場人物たちのこれまでの人生とこれからの人生が詰まっているが、そこから読者は自分たち一人一人の人生の道程を考えるのだ。