《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

蛇行する川のほとり (集英社文庫)

蛇行する川のほとり (集英社文庫)

演劇祭の舞台装置を描くため、高校美術部の先輩、香澄の家での夏合宿に誘われた毬子。憧れの香澄と芳野からの申し出に有頂天になるが、それもつかの間だった。その家ではかつて不幸な事件があった。何か秘密を共有しているようなふたりに、毬子はだんだんと疑心暗鬼になっていく。そして忘れたはずの、あの夏の記憶がよみがえる。少女時代の残酷なほどのはかなさ、美しさを克明に描き出す。


全3部作の第1弾という事で、まだまだ物語はゆるやかな流れを見せる程度。各所に気になるエピソードや伏線が散りばめられているような状態ですが、作品世界は既に出来上がっている。少ないページ数の中に、先輩二人(香澄・芳野)にどこか百合っぽい憧れと幻想をもつ毬子や、その先輩二人を始めとする各登場人物たちが醸し出す、選ばれた者たちだけが持つ衒学的で、どこか冷徹な雰囲気。夏休みという特別な時間の流れを持つ空間。どの登場人物も眩しいぐらいの個性と魅力を放っている。しかし、その輝きを全方位から浴びると気分が悪くなりそうでもある。毬子が香澄・芳野らと一緒に過ごす合宿への感情と同様に、私も恩田陸の作り出す作品に、期待と不安でドキドキしている。
子供の頃の封印している記憶が徐々に甦るという構成は、綾辻行人さんの「囁きシリーズ」を連想させる。その先は開けてはいけないパンドラの箱があるはずなのに、開かないことがもどかしい。一度開いてしまったら、そこには希望すら残されていないかもしれないのに…。このザワザワが怖くもあり楽しみでもあります。
半ば予想していながらも、とんでもない所で終わる第1部。さて2部以降、毬子はどんな体験をするのだろうか…。読まずにはいられない終わり方である。

蛇行する川のほとり(1)だこうするかわのほとり   読了日:2006年07月01日
 


第2部では語り手が変わり、芳野の視点で物語は進む。彼女はこの物語の中心ともいえる香澄に一番近いとされる存在、そして過去の事件を少なからず知る人物。しかし、彼女の視点から見ても香澄は孤高の存在であり、過去の事件に関しても、その断片しか知らないのだった(また、あえて知ろうとしない)。
第1部の毬子の視点からではあたかも全員が事件の真相を握っているかのように見えたが、各自が持っているのは「真相」の一部であることが分かる。第2部の面白さは、各自が持つ「真相(の一部)」と「秘密」、そして「推理」だろう。彼らは過去の事件に因縁がある者同士としての連帯感を持ちながらも、疑心暗鬼に誰をも疑っている。自分たちの導き出す答えに怯えながらも、事件を語り合わずにはいられない。各々が知っている事実、抱える思惑、少しずつ皮を剥かれる真実の実。果たして、その中の果実の色は…? 中弛みになりがちな中盤の物語を巧みな心理描写と心理合戦で引き締めている。そして物語は急展開を見せ…。
今回もとんでもない所で、以下続刊になる。「上と外」の時もそうだったけれど、次を買わせるための「引き」を作るための意図的な衝撃的展開と思えてしまって、ちょっと「引く」。もちろん、恩田さんだから安易な考えではないだろうけど。この展開がどう影響を与えるのか見届けたい。この川が流れつく先は?そして過去の出来事の真相は? いよいよ次巻で最終巻。全てが謎が明らかになる、はず。

蛇行する川のほとり(2)だこうするかわのほとり   読了日:2006年07月03日


語り手はまた変わって第3部は真魚子、そして登場人物の配置も変わる。毬子と香澄の川のほとりの家からの退場。彼女たちは一足早く、この夏を、その少女時代を終えた。残された者たちは、不在によって思い知らされる空いた空間の大きさを埋めるがごとく、家に残り、絵を完成させ、そして真実を知ろうとする。絵が完成した時、真実を知った時、彼らの夏も、彼らの時代も終わる…。
明かされる真相は、「エッ!?」と驚くようなものではない。ただ淡々と「あの日」の出来事を組み立てていくと完成する事実である。謎を中心にそえて考えるミステリとして考えるとインパクトは小さい。その出来事が現実的に可能かどうか怪しいものだし、今更、真犯人に驚くようなこともない。ただ「あの日」の出来事で、彼らが担った役割、それによって負った彼らの罪。あの夏からこの夏の日まで、彼らを苦しめていた堰は開放され、川はまた流れ出す。そういう内面的な大きな変化が、恩田さんらしい筆致で丁寧に描かれているのが、とても良かった。
第1部からずっと怪しい存在感を放っていた川が効果的に使われていたり、明かされる事実がこの世界と一体感を感じさせるものなので、静かに残酷に、けれど美しいまま物語は終わる。恩田作品は一つ間違えると自分の好みのキレイなモノばかり集めた独りよがりの世界になりそうなのに、構成や台詞、心理描写の緻密さがそれ以上の、心揺さぶる物語を作り出している。でも、第1部での伏線や謎めいた会話が幾つか拾われてない気がするけど…。まぁ、いいか。

蛇行する川のほとり(3)だこうするかわのほとり   読了日:2006年07月04日