《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)

目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが…。表題作のほか、「Calling You」「傷」など傑作短篇5作とリリカルな怪作「ボクの賢いパンツくん」、書き下ろし最新作「ウソカノ」の2作を初収録。


『GOTH』の高評価・本格ミステリ大賞受賞で作家として広く一般に認められた著者が過去にライトノベル媒体で発表していた作品を集めた乙一初期ベストアルバム的一冊。人気・認知度の高まりはビジネスチャンスだと勘付いた者が、僅かなボーナストラックをエサにベスト版(盤)をファンに買わせるのは出版社もレコード会社も同じ。いやいや商魂逞しい。私は全体の2/3が既読。私は既読作品を読み飛ばしてしまったが、実は細部がかなり改稿されているらしい。著者だけは真摯な態度。デビュー以来、人気だけでなく筆力も確実に上がっている著者だから、絶対に変なアレンジにはなっていないはず。歌の場合ありますよね、シングルバージョンのままで聞きたかった〜、とか歌い方や声が当時と違う〜!!と残念に思うこと。
初読の3作品はどれも好きだったが、中でも文庫版書き下ろしボーナストラックの「ウソカノ」が大好き。10ページ強の短編だけれど、本書収録の「Calling You」や「しあわせは子猫のかたち」に通じる、見えないパートナーを通じての人生の再スタートという構造が同じ作品。人生を前向きに捉えられる良い作品でした。…というのは3割ウソで、短編のそこかしこに伊集院光テイストを感じられたのが満足感の一因。想像上の人物にディテールを与えていく様とか、現実と妄想の境界線が曖昧になっていく様子とか、伊集院さんのラジオで慣れ親しんだ世界が小説になった喜びで読書中ずっとニヤニヤしていました。

  • 「Calling You」…『きみにしか聞こえない』収録。携帯電話という現代的で個人的な機器を上手く取り入れた作品。一つ間違えば正しく「電波」な設定だけれど、その設定を活かしたラストである(しかも二重に!)。携帯電話だけでなく、ラストで彼が彼女を見分ける小道具の使い方の上手さに腹が立つ(笑) 顔を見た事のない他人に心通わせるというのはネット上の交流にも当てはまるだろう。危険のないように…。
  • 「失はれる物語」…『さみしさの周波数』収録。交通事故に遭い右腕の肘から先の感覚しかなくなった夫と家族との物語…。思考は出来るが、質問への賛否の意思表示以外は受信機に等しい存在という設定が恐ろしいほど秀逸。文字よりも雄弁な妻の指先の感触。そこから妻の苦悩を察知した夫が取った妻のための行動には敬服。事故後、再び妻と心が通ってしまったからこそ取れる行動。それは間違いなく愛でしかない。
  • 「傷」…『きみにしか聞こえない』収録。人に触れる事でその人の外傷を自分の身体に移動、または自分の外傷を他人に移動できる能力を持つアサトと知り合ったオレは…。外傷は目に見える分かりやすい不幸である。彼らは(家庭)環境的にも経済的にも恵まれていない。しかし本当の傷は目に見えない心の中にある。そんな遣り切れなさの中で見つけたかけがえのない存在。彼らは心の傷さえも移動・共有できる。
  • 手を握る泥棒の物語」…『さみしさの周波数』収録。本編で唯一「死」の気配のない作品。全体的な雰囲気がアニメや漫画っぽいけれど、それも含め好きな作品。「手」の正体は露見しやすいが伏線の張り方が上手い。にしても金策に窮して親戚縁者の金に手をつけようというのは危ない発想だ。この主人公、諦観をしていると見せかけて実は執念深い。今後、お金に困ったら泥棒以上の悪事をやりそうで怖い。
  • 「しあわせは子猫のかたち」…『失踪HOLIDAY』収録。死んだはずの前の住人の気配と、その気配に合わせて動く猫との奇妙な暮らし…。月曜日の深夜ラジオを愛聴する雪村さん、貴方は極少数の女性リスナー(笑) 亡くなられたのが実に惜しい…。優しい陽射しが溢れながらも実は残酷で悲しい物語。けれど最後には爽やかな風と陽射しがもう一度、主人公を包む。何気ない描写が伏線になっているミステリ的な面白さも◎。
  • 「ボクの賢いパンツくん」…パンツが突然喋り出した…!? 企画趣旨に完全にマッチした良質な作品。私の中ではのび太ドラえもんの関係。
  • 「マリアの指」…ある夜、轢死体となった魅力に溢れた女性・マリア。高校生の恭介は猫がくわえて来た彼女の指から推理を働かせ…。『GOTH』に通じる雰囲気の作品。序盤にはグロテスクな描写もあるが、読後感はなんとも切なく哀しい。あれもこれも伏線!? 久々に解決場面で心臓が高鳴った。やっぱりこの手の事にかけては、乙一さんは天才的。単なるボーナストラック(エサ)では無かった。
  • 「ウソカノ」…ちょっとした嘘から僕と彼女の蜜月は始まり、僕は自分からアリ地獄に落ちた…。上述の通り、大好きな作品。多重人格の原因が現実からの主人格の保護だとすると、「ウソカノ」という人格の誕生とその役割は本人の守護者である事が目的かもしれない。空想や妄想が現実を打破する感覚が心地良い。

失はれる物語うしなはれるものがたり   読了日:2009年04月12日