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乙一さんの引き出しの多様さに驚嘆。実は筆名も多様!?

暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)

暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)

視力をなくし、独り静かに暮らすミチル。職場の人間関係に悩むアキヒロ。駅のホームで起きた殺人事件が、寂しい二人を引き合わせた。犯人として追われるアキヒロは、ミチルの家へ逃げ込み、居間の隅にうずくまる。他人の気配に怯えるミチルは、身を守るため、知らない振りをしようと決める。奇妙な同棲生活が始まった…。書き下ろし小説。


ホラー路線と見紛う表紙に騙されてはいけない(騙されたのは私だけど…)。本書は人の心の動き・交流を繊細に描いた優しい優しい小説である。

細やかな配慮と計算、人の心が丁寧に描かれている作品。読者は最初、殺人犯として追われる男性と盲目の女性との奇妙な同棲生活、その奇抜な設定にばかりに目を奪われてしまうだろう。もちろん、この設定や緊張感が一軒の家という限定された舞台の、動きのない展開を引っ張ってはいる。しかし本書の読みどころは設定のその先、2人の心が通い始める様子を丁寧に描いた所にある。

1つ屋根の下で自分の存在を隠蔽するアキヒロと、他者の存在を無視するミチル。2人の間に会話は無い。互いに互いを黙認し続ける。ミチルが彼の存在に気づきそれが確信に変わる場面、少しずつ親密度を増していく場面は、無声だからこそ濃密な空気を孕む。しかし一方、作者側からすれば、その無言の交流、2人の間に流れる空気の変化を描く事こそが一番難しいはず。性急に関係を近づければ、読者に彼らの心の推移は伝わらない。しかし乙一さんはエピソードを1つ1つ重ねる事によって2人だけの特殊な関係性、またその心を見事に描いた。読了後、本書の無駄の無さに再度驚かされた。最初にコップを1つ割る事、ミチルの父の葬式シーン、そしてミステリとして必要な伏線と手掛かり。ミステリ的な驚き、技術的な要素を詰め込みつつも、読む者を感動へと誘うその確かな筆力が本書の最大の読み所。また乙一先生は発想の奇抜さが売りとされているが、本書では誰かが不快になるような事がないように最大の配慮がされている点にも好感を持った。障害をアイデアの一部としてだけ借用したような印象を受けないよう、視覚障害に対する真摯な態度が随所に感じられた。乙一さんのそういう節度も好き。

良い季節に読んだかもしれない(読了は11月下旬)。作中の季節は冬、12月の約1ヶ月間の話。冬という季節が作品にマッチしている。朝の空気の清冽さ、夜の闇の濃さ、僅かな音でも拾う清澄さ、そして人恋しさ。寒さの中でアキヒロが息を殺してジッと身を縮めている様子、寒いからこそより実感できるストーブの温かさ、そして2人が心を通わす最初の料理。寒さが物語をキュッと引き締めていた。

本書は倒叙ミステリのように始まるが、中盤、アキヒロの衝撃の告白によってその姿を一変させる。まぁ、それによってその後の展開がある程度、予見されてしまうが…。だが作品の価値は損なわれない。私は後半は2人の関係にばかりを注目して、最終的には本書を(ネタバレ?→)恋愛小説(←)と捉えて読んでいた。

乙一先生の「あとがき」によると本書の出発点は先生の他作品『死にぞこないの青』でのカット部分らしいが、姿の見えない者同士の交流は『手を握る泥棒の物語』、奇妙な同居生活は『しあわせは子猫のかたち』に発想は近いのかな、と思った。

暗いところで待ち合わせくらいところでまちあわせ   読了日:2008年11月23日