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暗黒童話 (集英社文庫)

暗黒童話 (集英社文庫)

突然の事故で記憶と左眼を失ってしまった女子高生の「私」。臓器移植手術で死者の眼球の提供を受けたのだが、やがてその左眼は様々な映像を脳裏に再生し始める。それは、眼が見てきた風景の「記憶」だった…。私は、その眼球の記憶に導かれて、提供者が生前に住んでいた町をめざして旅に出る。悪夢のような事件が待ちかまえていることも知らずに…。乙一の長編ホラー小説がついに文庫化。


書名は『眼球綺譚(綾辻行人・著)』の方がシックリくるのになぁ、と読書中ずっと思っていた一冊。失われた自分の記憶と左眼の代わりに移植された誰かの左眼。やがてそれは生前の誰かの映像の記憶を映し出し…、という内容の作品に『眼球綺譚』以上の書名はないのに…。残念である。
乙一さんの初長編作品。乙一さんは作風によって「黒乙一」と「白乙一」と呼ばれるらしいが、本書はそのどちらの要素も入っている「グレー乙一」だろうか。もしくは乙一の全てが詰まっている作品とも言えるかもしれない。本書は序盤から間違いなくホラー&グロテスクの「黒」だった。書名からして「黒」が入っているし。しかし読み進めていく内に段々と切なくて繊細な「白」の部分もハッキリと見えてきた。それは考えれば考えるほど残酷で悲しい運命。
それは彼女の心の拠り所の問題にある。眼球を移植しても記憶の戻らない主人公の「私」は、やがて以前の自分との違いから周囲を落胆させている事を知り傷つく。孤立する彼女を支えたのは左眼の持ち主の記憶だった。次々に現れる映像から彼女は左眼の持ち主の名前や記憶を知り、自分のもののように大事にする。そして、その人物に好意さえ抱くようになる。しかし自分に左眼と光が戻ったのは、その人の事を知ったのは、左眼の持ち主が死んでしまい移植手術が行われたからなのである。今の自分にとって一番大切な人は既にこの世にはいない。しかし自分の体内、左眼に確かに存在する。怖いようで美しくもあるこの奇妙な関係性の成立は奇才・乙一ならではではないだろうか。また他にも被害者と加害者(犯人)や被害者同士という、本来なら憎しみと悲しみに溢れているはずの関係も彼らの間だけの親密な空気が流れていた。犯人の行動は残虐極まりないし、その描写も眼を背けたくなるものなのに、やっぱり怖くも美しいような気がしてくる。これは本書の犯人の能力のように、乙一さんに備わった不思議な能力かもしれない。
ミステリ的な犯人探しで騙されるものか騙されるものかと用心しながらも騙されるのが乙一作品。本書でも「あぁこれは、つい仕掛けてしまういつものトリックね」と高を括って読んでいたのに、すっかり騙されてしまった。今回はフェイント。
ラストで主人公の菜深は大切な人物を失う。彼女が何かを得るには、必ず何かを失わなければならないらしい。読者からしてみれば少し悲しい別れではあるけれど、彼女にとってはその人物の記憶だけが残っていれば良いのかもしれない。自分にとって大切な人の記憶と共に彼女は生きていく、そういう明るいラストシーンでした。最後に余談。誘拐されたあの少女の姿はあのミステリの状態と似ていた。

暗黒童話あんこくどうわ   読了日:2008年07月05日