《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ZOO 1 (集英社文庫)

ZOO 1 (集英社文庫)

何なんだこれは! 天才・乙一のジャンル分け不能の傑作短編集が「1」、「2」に分かれて、ついに文庫化。双子の姉妹なのになぜか姉のヨーコだけが母から虐待され…(「カザリとヨーコ」)、謎の犯人に拉致監禁された姉と弟がとった脱出のための手段とは? (「SEVEN ROOMS」)など、本書「1」には映画化された5編をセレクト。文庫版特別付録として、漫画家・古屋兎丸氏との対談も収録。


色々と屁理屈を並べているが、この分冊の理由はそれでも売れるから、それだけ儲かるからに他なるまい。まぁ、今回だけは分冊のお陰で古屋兎丸さんとの雑誌の対談が特別付録として収録されたから、許してあげない事もないんだからねッ!! この機会がなければ、ずっと目にする事はなかったかもだし。
閑話休題。本書『Z一』と分冊『Z2』は全編を通して、世界が「不条理」で覆われている事が共通点だろう。本書収録の5作品で言うと、1編目は母と妹の当前の虐待が、2編目はもう設定そのものが、3編目は両親どちらかの「死」が、4編目は世界を覆う謎の病原菌が、そして5編目は主人公その人が。その不条理を前に人は無力だ。だからそこから抜け出す為に自分の生き方を「選ぶ」。
だからもう一つの共通点は「命の選択を」というテーマ。何かを、誰かを選ばなくてはならないギリギリの状況下で、主人公たちは起死回生の一発逆転の行動に移る。そして読者はその強烈な一撃に頭を揺さぶられ暫く言葉を失う。テーマに対するアプローチ・設定が十編十色で、その作風の違い、倫理観などのリミッターを簡単に外した内容に、最初は戸惑いを覚えるが、後にその幅の広さに感嘆するだろう。白と黒の二元論ではなく、白から黒への無限のグラデーションと、その複雑な色を組み合わせる事で完成するモザイク画が乙一先生の幅である。
『Z2』の解説で島本理生さんも述べているが、乙一先生の小説はどれも冒頭から吸引力が凄まじい。それは作品が残酷なまでに不条理だからで、そこから読んだ事のない未知の物語が切り開かれるからでもある。不条理の中の、人間の尊厳みたいなものが読了後の救済に変わる。その意味では読者も登場人物も「救われること」が本書の3つ目の共通点といえるかもしれない。
また乙一先生の作品は登場人物の心情が過不足なく描かれているのも特徴だろう。いわゆる「フラグ」が立ってると言うと機械的な感じがするが、感情が独り歩きしない全体的な抑制が理知的な作品を生んでいる。それは思慮深い登場人物の造形と行動、またミステリ風のどんでん返しの伏線としても機能している。

  • 「カザリとヨーコ」…あらすじ参照。1編目からこの内容…。不条理のための「設定」なんだけど、現実問題の虐待も徐々に、しかし確実に本編のようにエスカレートするのだと思うと胸が痛い。読了してから1頁目を読み返すとヨーコの計画性が見える。この終わり方は古川日出男さんの『アビシニアン』に続きそうだ。
  • 「SEVEN ROOMS」…あらすじ参照。これぞ不条理、これぞ命の選択を。本書の中でも特に(ホラー)映画的な内容だと思った。この建物の構造とルールを徐々に把握していく頭脳戦だけは知的興奮を覚えたが…。実は乙一作品には自己犠牲や、姉弟の設定が結構多い。先生はお姉さんっ子だったのだろうか。
  • 「SO-far そ・ふぁー」…ある日突然、両親は互いの姿が見えなくなった。幼いぼくは両親の橋渡しをするが…。うわぁ、数ある乙一トリックの中でもこれは凄い! 終盤までは幼い子が「命の選択を」迫られる悲しい話だったのに、一転!! 『きみにしか聞こえない』ならぬ『きみにしか見えない』は実は…。彼らは人が悪過ぎる。
  • 「陽だまりの詩」…ある日、私は「彼」の死を看取るため「彼」によって作られた…。この短編は「命(が終わる時)の選択を」だ。彼女が日常の生活の中から紡ぎ出した悲しい推理。切なさを倍増させる日常の中の伏線の張り方がお見事。先生は心情・風景描写が実は上手いと思う。世界の、巡る日々の美しさを感じる。
  • 「ZOO」…表題作。愛する彼女が死んでから毎朝、投函される彼女の朽ちていく写真。今日も「俺」は犯人探しに出るが…。開始7ページでの大どんでん返し。これも映画的。果たしてジャンルは喜劇かホラーか。ガチガチの自意識と自己愛が原因の出来事がこんな形で救われる事もあるのかと読了後、深く息を吐き出した。
  • 「対談 古屋兎丸×乙一 天才は深夜ラジオでつくられる。」…★5つの満点対談。この「深夜ラジオ」とは伊集院光さんの「深夜の馬鹿力」のこと。彼のラジオが『大きな表現の一分野』であり、『価値の転換』を与えてくれた『生活の一部』という発言は伊集院リスナーの私には深く頷ける話。だから、同じ環境で育った兄弟のような感覚を乙一さんに持っている。もちろん彼の才能にも惚れてる(ハート)。

ZOO 1   読了日:2010年07月31日