宇佐美 真紀(うさみ まき)
スパイスとカスタード
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
ナイショの恋、ついにオープンに!? 秘密にしていた2人の関係。チカはタマと付き合うことを顧問に認めてもらうために、剣道部新人戦の優勝を誓った。果たして運命の新人戦の結果はいかに…!? そして、チカのケーキ屋さんのご近所にスウィーツの巨匠・ピエール青木の新店がオープンして、大行列…!!今のところは大丈夫そうだけど、お客さんをとられてチカのケーキ屋は大ピンチに!? クライマックスを前にラブラブMAXな2人に最大の試練が訪れる予感が…。
簡潔完結感想文
- 友人、家族、そして学校の生徒たちと交際の認知は広がる。ようやく正式交際。
- バレンタインに正式なデート、春休みに お泊り回。最終盤なのにイベント満載。
- 高校3年生の進路問題で自分を よく知る3人の三者三様の意見に心が揺れるタマ。
近距離ロミジュリ状態からの復縁で燃え上がる 9巻。
繰り返しになるけれど、本書の2人が常に新鮮なトキメキを忘れないのは、1話から交際している2人の関係性が少しずつ変わっているからである。チカはタマが自分を好きで、近々告白してくると分かっていても自分から告白しないで告白を待ち続け、その告白にも仕方がないから つき合ってやるという上からツンデレを お見舞いするような人だったが、徐々に自分の中にある好意を素直に表現できるようになった。
中盤は当て馬の翼(つばさ)の登場でタマへの独占欲に火が点いたし、タマを失うかもしれないという恐怖で自分がタマと一緒にいたいという気持ちを堂々と宣言できるまでになった(『8巻』)。
こうして自分の中の心の壁や障害を何度も越えてきたチカは、彼女を守れる立派な男性へと成長した。そして自分たちの手で交際を勝ち取り、友人・家族と交際の認知の輪が広がってきたが、いよいよ彼ら高校生の世界の全てである学校中に その交際が知れ渡ることになる。
少女漫画のクライマックスと言えば遠距離恋愛や別れの危機が多いが、本書は それを変則的に近距離での別離として描いた。作中で時間がスキップしているから気に留めないが、改めて考えると約半年に亘る別離期間で、相当 苦しい日々なはずなのだけれど、本書では苦みは極力 抑えられている。スパイス以上に苦みを効かせてしまうと全体の味に影響が出るからだろう。それに一番 苦しい時期を乗り越えられるだけのパワーや信頼感は2人に備わっているので、わざわざ ここをクローズアップする必要はない。
そして改めて正式交際となって糖分高めの内容を この終盤で もう一度 見られるということが異例だろう。そして2人が一緒にいる将来を見据えることが最後の展開にも繋がっていく。自然な話の運び方に脱帽してしまう。
前述の通り、『9巻』は時間がスキップされているため季節の進みが早くて『8巻』ラストが高2の夏休み中だったのが、『9巻』後半は高3の春になっている。そして高3は進路を決める時期である。
後半ではタマが様々な意見に触れて頭を悩ませているのだが、読了してから再読すると それは それぞれに考え方や価値観があるという前置きのように見える。この後、タマは独り立ちとも言えるし、チカに依存しているとも言える決断をするのだが、事前にタマを しっかり悩ませることによって彼女の決断が まるで「少女漫画ヒロイン」のように お花畑全開の軽薄な決断ではないように するためだろう。
最後まで作者はタマが想像以上に物事を深く考え、自分の考えを優先しない人だということを貫いている。結末的には少女漫画の お手本のような内容であっても、ちゃんと21世紀の女性らしく自立との兼ね合いを考えたりしてアップデートさせている。安心の結末だけど、そこに至る過程を しっかり描くと お花畑問題は解決できるという恒例になっている。甘々な物語だけれど、甘くするために ちゃんと製菓の技術の基礎があることが分かるから本書は どんな読者層の口にも合うようになっているのではないか。
夏休み中の合宿で剣道部顧問に交際がバレてしまって、そこから紆余曲折あってチカの大会での優勝を条件に交際を認めてもらうことになった2人。そこから あっという間に季節は流れ冬になる。
チカは目標を達成し個人優勝を果たし、これによって約束通り顧問から交際が認められる。『1巻』から続いていた秘密の交際が終わったのだが、チカは学校内では「節度を守った」交際をするために、交際をオープンにしない方針を打ち出す。タマが夢を見た一緒の登下校も お昼ご飯も実現しない。
しかし剣道部の男女交際解禁が思わぬ影響を及ぼす。チカが女子生徒から告白されたのだった。これまで剣道部員のチカとは絶対に交際できなかったが、一縷でも望みが出たことで彼に恋をしていた女子生徒が動き出した。チカは その告白から逃げるように去るのだが、途中で その場面を見ていたタマを見つけて、彼女の手を取る。そのまま学校内を歩くことで百聞は一見に如かずを実践し、自分たちの関係性を沈黙の内に公表する。
その反響は大きく、同じクラスでの交際は冷やかしの的となる。せっかく律(りつ)が「おめーの席ねーから」と お昼ご飯にタマをハブにしてチカとの一緒の昼食を実現させようとしてくれたのにタマは肝心な時に尻込みしてしまう。
チカを避けてしまったタマは覚悟を決め、その日の放課後 チカの部活が終わるまで外で待ち、彼と一緒に下校することを願い出る。こうして剣道部員の前でも交際をオープンにして、2人の交際は完全に秘密でなくなる。以前 家族への交際発表があったが(『5巻』)、今回は学校での公表を取り扱う1話となっている。
クリスマスは交際解禁前だったので、バレンタインが2人の正式交際後初のイベントとなる。その頃、チカの実家のケーキ屋の近くにライバル店が出店した というのが今後の展開の伏線になる。
交際がオープンになったのでタマは誰に見られても構わない正式なデートがしたい。そのプランを練っていた時、チカの方から誘いがあり遊園地デートが実現する。当日、多少の照れがありながらもデートをリードするチカ。タマにとっては彼とデートっぽい場所や時間を過ごすことで感無量。
その後もチカが考えてくれたデートプランはタマの考えたものと全く同じ。その疑問をタマが口にすると、それはタマの好みや思考をチカがトレースしたから。チカは一緒に過ごせなかったクリスマスから ずっとタマとのデートを考えていたのだ。交際が中断していたから再会後に2人は新鮮な気持ちで相手に向き合っている。
これまでは2人きりじゃないけど出掛けていた記憶があるのは翼の存在が大きかったのだろう。後述の律といいキャラたちが それぞれ良い働きをしていて無駄がないのも本書が好きな部分である。
そして あっという間に高校3年生直前の春休みとなり最終章が幕を開ける。
タマの志望進路は専門学校。簿記の資格を取って、一緒にチカとケーキ屋を経営したいというのが彼女の考え。タマの結婚を前提にした考えにチカは照れる。チカの方は店を継ぐか未定。そして その お店は徐々に近くの新しい店舗に客を奪われている状況だそうだ。チカの「店だって つぶれるかもしれないしっ」という言葉が不吉だ。
そんな時、互いの家族が所用で泊りがけで出掛けることになり、2人きりの一夜が訪れる。これまでと違ってチカも一緒に料理を作って食べようと前向きな検討をしてくれる。お泊りが見込まれるためタマは その先の展開まで考えているので入浴や下着など準備を怠らない。
そして束の間の同棲気分を味わうタマ。夜には自然と良いムードが流れ、チカが入浴して その時を迎えることになる。これまで以上に際どく長いチカのサービスショットがあるのだが、それは彼に儀式が必要だからである。そうして心身ともに整ったチカだったが、リビングに戻るとタマは爆睡。チカも落胆するものの、これから長い時間 タマとは一緒にいるつもりだから焦りはしない。朝チュンでタマが目を覚ますと、チカは違う布団で寝ていた。未遂に落胆するタマだったが、一緒に朝を迎えることは性行為を除いた同棲や新婚のようで やっぱり嬉しい。
そして新学期・新年度。タマは手芸部の新入部員獲得のために燃える。
進路を見据える3年生になっても明るいタマだったが彼女の進路調査票を見た律は、タマの見通しの甘さを叱る。律はタマの生き方はチカに依存していると一喝する。落ち込んだタマは手芸部で悠月(ゆづき)と えみる に意見を聞くが、歯に衣着せぬ発言の えみる はタマは周囲を巻き込んで引っ張っていくイメージなのにチカに依存していると発言する。
ここで律が手厳しい意見を述べるのは、タマのためでもあるが、タマの人生設計が自分の母親のように思えてしまったからなのだろう。律の母親は男なしでは生きられず、娘を半分 放置して その半身をずっと男に 寄りかかっている。そんな母親への嫌悪がタマへの強い当たりになっていると思われる。
確かにタマは自分がチカのお店で役に立つイメージを描いているものの、その関係が破綻した時などを考えていない。これが20世紀の少女漫画ならば許されたのだろうが、21世紀の2020年前後の作品としては女性の真の自立とは ならないのだろうか。
落ち込むタマに声を掛けたのは翼。彼は将来を考えていないようで考えている。そしてタマの将来像も2人が納得しているのなら第三者が その価値観を とやかく言うべきではないとう考えを示す。翼は世の中に蔓延(はびこ)る根性論を嫌い、コスパやタイパを重視するのも効率的な生き方で、最短距離を進むタマを肯定的に捉える。
こうして違う価値観に触れてタマは更に悩む。自分の周囲の3人の意見はタマを よく理解してくれている人たちの意見だから気持ちを揺さぶられる。
チカに そのことを話すと彼自身も悩んでおり、ケーキ屋を継ぐのも大学を卒業した後かもしれないという。そうするとタマはチカと同時に二人三脚で人生を歩む訳ではなく、彼女は やはり一人で自分の人生を歩む必要があるようだ。
もしかしたら自分が抱く将来像がチカの重荷になっているかもしれない、それが依存の始まりだということにタマは気付いて再び思い悩む。そしてチカにも まだタマには言えていない家庭内の悩みがあった…。