宇佐美 真紀(うさみ まき)
スパイスとカスタード
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
小さな頃からずっと抱えてたチカくんへの気持ちが温められて孵るみたいに あたしチカくんに本当の恋をしたんだよ。
タマは10年間、片想いしてた幼なじみのチカくんとつきあえることに。ニヤけ顔が止まらないタマはHAPPYモード全開~~!!! と思いきや、チカくんの入ってる剣道部は恋愛禁止! もしつきあってることがみんなにバレたら「即刻別れる」とチカくんにいわれてしまいー・・・!? ツンデレメガネ男子と一途なあまかわ女子のドキドキいっぱいのナイショのおつきあいスタートです!!『ココロ・ボタン』『夕暮れライト』の宇佐美真紀、待望の新作コミックス第1巻、ついに登場!
簡潔完結感想文
- 幼なじみに告白したけれど玉砕、というのは表向きで2人は秘密の交際を始める。
- 玉砕設定だから合コンをセッティングされてしまい、当て馬と知り合うハメになる。
- 公けに出来なくても、少々頑張ることになっても、ずっと一緒にいたい気持ちは不滅。
ツンの皮をまとった君の恋心は 実は誰よりも甘いんだよ♡ の 1巻。
2020年前後から「溺愛ブーム」が起こっているらしい少女漫画界ですが、ともすると溺愛系は中身のない物語に なりかねない。読者が溺愛系を求めるのは理想の物語である少女漫画で余計なストレスを抱えたくないという現代人らしい清濁を併せて呑むことをしない心理からだろう。
これぞ溺愛系作品を まだ読んだことが無いので、飽くまで予想だけれど、このジャンルは味付けがワンパターンで飽きも早いだろうと予想される。特に私は物語には起伏が欲しい人なので、ただ ダラダラと続いているように見えてしまうかもしれない。
そんなフィクション作品中のストレスを回避したい読者に お薦めしたのが本書。本書は私が定義する「少女漫画4分類」の中で「Ⅲ類:男女交際型」としか言いようのない作品。1話から交際は始まっていて、やや恋愛スイーツ脳のヒロインと幼なじみでツンデレ メガネ男子による交際を描く。物語は表面上は、メガネ男子がヒロインの要望に応えないで冷たい言動を取るように見えるが、すぐにメガネ男子はヒロインのことが可愛くて仕方ないことが読み取れる。最初は拒絶した彼女の要望を ほとんど叶えてくれているし、実は彼女よりも恋人にドキドキしているのがメガネ男子の方ではないかという分かりやすい表情などが魅力的。
「スパイスとカスタード」という書名だけれど、実は最初からカスタード=糖度高めの物語で、可愛らしいとしか言いようのない物語はストレスなく楽しめる。ただベテラン作家になりつつある作者は ちゃんと物語にスパイスを用意して味に変化や締まりを用意している。結果的に全10巻の物語になった本書だけれど、甘さは残しつつ、様々な登場人物というスパイスによって ずっと本書は堪能できる作りになっている。その絶妙なスパイス加減が作者の手腕であろう。
スパイスとなるのはヒーロー側の部活動による男女交際厳禁の中での秘密と緊張感だろう。幼なじみ同士の恋愛というベタな設定ながら、これは教師と生徒のような、誰にもバレてはいけない恋愛となる。『1巻』のラストでは それが早くも第三者にバレそうになっており、次の巻を読みたくなる仕組みも良い意味で狡猾だ。
最初から どんなことがあっても2人は別れたりしないという安心感は溺愛系作品に通じるものがあり、そこに ちょっとした事件や恋愛模様を加えている。時代に即しているものの、作家としての矜持を失っていない感じがして とても好感が持てる。
そして宇佐美作品で私が好きなのはヒロイン像である。今回は恋愛スイーツ脳だし少々 頭の中身が足りないタイプ。本来なら私が嫌いなタイプのヒロインなのだが、作者が描くと どうしても可愛いと思ってしまうのが不思議だ。それは絵柄との相性もあるし、作者やヒロインの人徳としか思えない部分がある。
敢えて分析するならば、宇佐美作品のヒロインは一生懸命というか見返りを求めない無私の精神が根底にあるように思う。例えば『1巻』で登場したヒロインの誕生回。ここでヒロインはメガネ男子からデートに誘われたりしないし、一緒に祝うことも出来ずいる。私が嫌いなタイプのヒロインは、ここで自分が特別扱いされないから不平不満を抱えるような人で、その人は自分がもてはやされることが好きで、彼氏とは その願望を叶える道具だと思っているのでは、と傲慢さを感じることがある。でも本書のヒロインは絶対的に違う。彼女の根底にあるのは「どんな状況であっても彼の隣にいられること」であり、それ以上の望み(ワガママ)は言わない。
少々 おバカなヒロインとして設定されているが、自分の最小限の幸福を理解できている彼女は とても賢いと思う。見返りなしに彼が好きでたまらない ということが伝わるから この恋を応援したいと思える。
里中 珠実(さとなか たまみ)は幼なじみの月森政親(つきもり まさちか)に告白することを友人たちに宣言する。
だが結果は玉砕。…というのは表向きで、6歳の時からタマはチカのことが大好きで、そして その気持ちは おそらくチカも同じだったのだろう。仕方ない という体(てい)を取りながら、チカはタマからの告白を喜んで受け入れる。
けれどチカが所属する剣道部の方針により、この交際は秘密厳守。第三者にバレたら そこで交際終了ですよ、とタマは宣告される。でも その制限を前にしてもタマの頭の中は幸福が勝る。だから にやけ顔が止められないし、笑いも止まらない。
そんな頭がお花畑の危機感のないタマをチカは制御する。でも一方でタマは ちゃんと わきまえている。一緒に帰れないことも不満に思わない。
そんなタマは次の日曜日で16歳の誕生日を迎える。実は計算高いタマは「彼女」としてチカに祝ってもらうために このタイミングで告白をしたのだった。
だがチカは部活優先で誕生日を祝えないと言われる。分かりやすく落ち込むタマを見て、チカは今後も悲しませるばかりの交際だとタマの決意を確かめるが、タマは落ち込みを隠して、チカとの交際継続を最優先にする。ここで不満を言わないのがタマの可愛くて強いところだ。チカもタマと別れたいから言うのではなく、悲しませたくないという彼の愛情があるからタマに改めて問うたのだ。
チカの実家はケーキ屋を営んでおり、タマは自分の誕生日ケーキを そこで予約済み。当日にケーキを受け取りに行くと、チカはタマのためにケーキを用意してくれていた。デコレーションはチカの手によるもので、それだけでタマは涙が出るほど嬉しい。
だから遅くなると言っていたチカが帰るまでケーキに手を付けないし、恥ずかしさが勝って逃げようとするチカにローソクを吹き消すまでは一緒に いてもらう。
こうやってチカは10年間、タマを餌付けしてきたのだろう。タマが美味しそうに自分が差しだすケーキを食す姿が、彼の幸福なんだろうと思う。分かりやすいキュンキュンというより、実に2人特有の温かな空気が最初から作品内に流れていて、ちょっと涙腺が弛む。良い作品だなぁ。
実際は交際が順調な2人なのに、タマがチカに失恋したと思っている友人たちは合コンをセッティングしてくれる。
タマの合コン参加情報を聞いたチカは気になって仕方がない。だから人に協力してもらってタマと話す機会を作るし、テスト勉強をするべきだと言って合コン参加を阻止しようとしている。だけど合コン参加の賛否を直接 問われると素直になれないツンデレ男子なのだ。
チカが止めてくれなかったことをタマは内心ショックを受ける。結局、参加しなかった合コンは中止となったが、その翌日 合コン参加予定者が わざわざタマを訪ねに学校にやって来た。どうやらタマの写真を見て彼女を気に入ったようで、その男性・沢渡 翼(さわたり つばさ)はタマにデートを申し込む。剣道部の部活中に その情報を聞いたチカは穏やかでは いられない。
翼はタマが合コンを中止にさせたという罪悪感を植えつけ、そこから断り辛さを引き出し、タマを連れ回す。翼は スイーツ店巡りを趣味にしており、スイーツを美味しそうに食すタマの写真を見て趣味が合うと思っていたらしい。それだけではなく翼はタマのことを もっと知りたいと今後の接触を図る。
けれどタマはキッパリと断る。真相が言えないため失恋した幼なじみに未練があるという形になっていて、翼は それでも構わないと恋愛面でもマイペースかつ強引な一面を見せてタマの答えを封じる。
翼との会話でタマはチカが合コン参加を止めてくれなかった事実を改めて痛感し落ち込むが、そこにチカが登場し、翼がタマを涙ぐませたと勘違いし怒りの表情を見せ、タマを奪い去る。そして誰かにタマを奪い去られそうになって初めて本音を漏らす。当て馬っぽい翼は よい恋のスパイスとしか言い様がない。
結局、勉強しなかったタマは試験結果は下から3番目。この自然な話の流れが とても上手で感心する。ちなみにチカは1位。秀才メガネなのである。入学して1か月、チカの魅力に周囲が気づき始めたのではないかとタマは落ち着かない。
そこで結果が出てからの勉強回を計画する。合コンといい勉強回といい お流れになった後に復活している感じだ。勉強する理由もあるし、チカと2人きりになれるとタマは俄然やる気でチカの自宅に乗り込む。家族にも特別な関係を知られたくないチカは警戒するが、タマの涙に弱い彼は結局 彼女の言いなりになっている。
タマにとってもチカの部屋は中1以来で観察に余念がない。受験(3か月前まで自宅のリビングで)も勉強を教えてもらっているから2人での勉強は経験済み。だからチカはタマのコントロール方法やモチベーションアップを心得ている様子。
でも今回は交際して初の勉強でタマは別の ご褒美を願う。それが手を繋ぐこと。ツンデレ男子は一旦 拒否するものの彼女に甘々男子でもあるから結局タマの言う通りにしてしまう。
勉強後、タマへの ご褒美スイーツをチカが取ってきている間にタマは彼のベッドでチカの成分を補給する。これぞ一番の栄養補給かもしれない。しかし その変態行為を見られタマは出禁となってしまう。交際自体は順調なのだが、暴走とツンデレで波乱が起きるのが2人の交際のカタチなのだろう。
タマが中1以降チカの部屋に入れなかったのは、2人が思春期に突入し、これまでのような幼なじみでは いられなくなったから。2人きりだと これまでのような親しさを出してくれるが、第三者の目があるとチカは途端に冷たくなってしまう。チカが恥ずかしさで反抗期のような態度になっているのも原因だろう。
高校の進路を考える頃にタマは母親の母校の女子高ではなく、チカと同じ学校に入って、彼との せめてもの接点を持とうとした。
そんな頃、タマの母親が体調不良で倒れる。丁度 母親の看病をすると知っていてタマの様子を見に来たチカに、タマは泣いて助けを求め、チカは冷静に対処してくれた。
母親が目を覚ますまで、疲労困憊の中でも ずっと隣にいてくれたチカの姿に接して「小さな頃から ずっと抱えてたチカくんへの気持ちが温められて孵(かえ)るみたいに あたしチカくんに本当の恋をしたんだよ」とタマは思い返している。この文章、タマの温かい恋心が伝わってくる感じがして素敵だなぁ。チカの温かさで恋が生まれる、かぁ。
こうしてタマは、少々背伸びしてチカと同じ高校への入学を目指すことにした。その話を聞いたチカはツンデレ全開。嬉しくて熱が上がってしまいそうになる。
しかし高校でチカが入部した剣道部は厳しい顧問のもと恋愛禁止令が絶対的な指針となっていたので現状となる。
体育祭が近づき、秀才メガネのチカはクラスの女子生徒の推薦によって仮装競走に出場することになる。
チカの仮装を見たいタマは衣装作りに気合いが入る。その気合いが空回りしてチカの肉体を採寸しようとして2人は倒れ込んでしまう。その身体的接触に誰よりも動揺しているのはチカ。だって好きな子との接触だもの。ドキドキしない訳がない。チカは冷静を装ってタマを帰宅させるが、その夜 2人は眠れない。
クラス内ではフラれた相手の衣装を作る健気な(もしくは都合のいい)女だと思われているが、タマは彼氏のために一針一針 想いを込めて、チカに似合う服を完成させていく。衣装を見たチカは文句を言うものの、彼女の頑張りや想いを知って、ちゃんと着てくれる。
チカの仮装はタキシード。メガネ男子らしいフォーマルな装いである。タマが思うチカの魅力を引き立てる衣装は女子生徒たちに人気でメガネを取られるなどイタズラとスキンシップまみれになる。タマも それに便乗しようとするが、人ごみに押し返されて怪我をしてしまう。メガネがなくて見えないはずのチカは それを気配だけで察し、タマを救護室に連れていく。
魅力MAXかつ優しいチカにタマは たまらず彼に抱きつく。救護中の仕方のない事態ということで2人は身体を密着させたまま しばし停止する。珍しくチカもタマの身体に手を触れて引き寄せるように抱きしめているのが印象的な場面なのだが…。