池山田剛(いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第18巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
最終話のSho-Comi掲載時では大反響を巻き起こした稀代の純愛ストーリー「好きです鈴木くん!!」忍とちひろもついに結ばれ、爽歌・輝・忍・ちひろ、4人の結婚式までを描いた号泣間違いなしの最終巻。様々な困難を乗り越えた、4人の運命の恋の結末を見届けて下さい!!
簡潔完結感想文
- 卒業旅行で一体 何を卒業するというのか。不安や恐怖を乗り越えて幸福へテイクオフ。
- 物語の都合上、消してしまった命に意味と救いをもたらすエンディング。命の等価交換。
- いつの間にかに作者のテーマになった生まれ変わりにヒロインが巻き込まれる危機一髪。
少女漫画界の一大叙事詩が幕を下ろす 最終18巻。
池山田作品らしく、低年齢向けのSho-Comiらしくラストは結婚や出産、そして次世代の予感で終わる。とても良かったのは最終回前に妊娠が発覚する爽歌(さやか)が2つの命を お腹に宿す意味。これは作中で物語の都合によって消えてしまった命の数と同じ。出産に際して母子に命の危機が訪れた時、その消えてしまった命が爽歌を「親」にするという展開は胸を打たれた。そして おそらく この出産シーンによって作者は失った命に対して供養できたのではないかと思う。これで全ての命に意味があることになり、彼ら=爽歌の両親が救われたような気持ちになった。
そして作者が爽歌に2つの命を宿したのには もう1つ意味があるだろう。身も蓋もない言い方をすれば次世代の人数調整である。ラストで作者は同じ年の主要な登場人物5人と年齢の違う1人を3組の夫婦にする。この3組の夫婦に子供が産まれることになっても通常は3人。これでは今の世代の4人の男女に比べて次世代が1人足りない。だから爽歌の子供を双子にすることで次世代を どうにか4人の男女とさせた。
物語的には爽歌と輝(ひかる)夫婦、そして ちひろ と忍(しのぶ)夫婦が それぞれ2人ずつ子供を産めば4人になるが、それでは次世代の縁が ただの同級生夫婦の子という属性だけで いまいち盛り上がらない。だから作者はメインの4人にエリカを加えたのだろう。これによって次世代の男女4人の子供たちが2組に分かれる。
ネタバレになるが、エリカの外見と特性を継いだ女の子と爽歌の特性と輝の外見を継ぐ男の子は、それぞれ母親の演技の才能を受け継いだと予想される。これで次世代も演技対決が出来て、しかも男女のため今度は戦友(ともだち と読む)ではなく同業者の恋人になる将来が拓かれる。そして爽歌の外見に輝の内面を継いだ女の子と ちひろ の外見と忍の内面の男の子は喧嘩しながらも仲を深めていくのだろう。
「4人」が出会うことで始まった物語は、次世代の「4人」の新しい物語と未来を予感させて終わる。この統一感は とても好ましく、両親のことを含めて爽歌が双子を出産することに意味が込められていると考えさせられた。
この程度の運命は私も好きだ。でも作者は いつの間にかに この作品に「生まれ変わり」「巡り合い」をテーマにしてしまったのが とても残念だった。
第3部から急に前世や転生の壮大な恋愛に開眼して心酔する。その影響で危うく爽歌は最終回で死亡するという とんでもないエンディングを迎えるところだった。編集部が暴走とも言える作者を止めてくれたみたいだけど、その行いに感謝したい。
本書が闘病モノだったり、もし爽歌の死が最初から予言されているものなら その結末も仕方がない。でも作者が急に自己陶酔し始めた壮大な運命に爽歌が伏線もなく呑み込まれたら読者は呆気にとられただろう。史上最悪のエンディングとして少女漫画史に刻まれたかもしれない。読者が読みたいのは大きな枠の物語ではなく、いつまでも相手を思い遣る中学時代と変わらない彼らの小さな恋なのだ。
時に下品に、時に笑いに走る作者が冷静に筆を進めていく様子が好きだったが、第3部は変な宗教にハマったかのように、考えが変わってしまっていたのが残念だ。本書は作者は さすがだなと思う部分と、首を傾げるような部分とで評価が相殺した印象だ。
そして この悲劇への傾倒が次回作まで継続しないように祈るばかりである。
卒業旅行でシンガポールに来た4人。修学旅行回の台湾(『9巻』)は現地取材した成果が これでもかと描かれていたけれど、今回は取材はないようで、淡々と進む。というか別にシンガポールである必要はない。これは ちひろ と忍の初体験を美しく描くための演出だろう。
宿泊先のホテルでの夜、溢れ出る性欲と愛情で独り善がりな行動に出てしまった忍は反省する。だが そんな忍を見て ちひろ は彼の不器用な愛情を感じて2人で愛し合うことを改めて誓う。
爽歌は卒業後、輝と それぞれの道に進むことに不安を抱えていた。彼女が悩みだしたらフォローするのが輝の役割。用意していたペアリングを差し出して、自分こそ芸能界という華やかな道を進む爽歌に対等な存在でいられるようバスケットボールのプロを目指すと宣言する。世界は違えど同じプロの道を歩むことで、爽歌と同じ厳しい現場で揉まれることを考えていた。そして世界の広さと厳しさを知った上で、お互いが相手に愛情を抱き続けていたら結婚しようと約束する。ペアリングは一人前になれた自分を自覚したら はめると約束する。輝が将来のことまで考えてくれていることを知り爽歌の心配は霧散していく。
欲を言えば、輝は このペアリングの費用は自分で働いて欲しかった。推薦入試で合格した後にバイトしたんだ、の一言でいいから補足があれば良かった。振り返ってみれば男性陣だけが自分で働いて お金を稼いだことがないなぁ…。なのにシンガポールで遊ぶという羨ましい状況。プロになると言えばなれるし、輝の人生が随分イージーに思える。
卒業旅行から5年後、結婚の時を迎える。
結婚したのは ちひろ と忍。23歳となった彼らは ちひろ が母校の中学の英語教師、忍が実家の企業の後継者修行中。そして この結婚式で輝は左手のリングを見せる。バスケのプロリーグでエースとして活躍して自信がついたようだ。結婚への意思は女優として成長している爽歌も同じ。しかも何と彼らの方が結婚した ちひろ たちよりも先に懐妊が発覚。爽歌の仕事に多大な迷惑がかかるんじゃないのか。二股騒動で爽歌に冷ややかな視線を送った世間は23歳の妊娠を どう捉えるのか心配だ(みんな好意的らしいけれど)。
輝は妊娠発覚前から結婚の意思を見せていたものの、結局 順番が逆になってしまっている。爽歌の仕事のことを考えると2人にプロ意識が足りないんじゃないか。でもスキャンダル問題などを高校在学中に終わらせたように、描くなら早めに描いてしまおうという方針なのかもしれない。
作者が爽歌の妊娠・出産まで描いたのは、作中で親を亡くした爽歌が親になるエピソードを描きたかったからなのだろう。爽歌の お腹の中には2つの命が宿っている。そのため爽歌の身体に大きな負担がかかる。命の選択を迫られた時、輝は爽歌を優先するかもしれないと考え始める。だが爽歌は母親としての自覚が生まれており、自分の命に代えても産むことを決意していた。
予定よりも早く陣痛が始まり、爽歌は命懸けの出産に挑む。陣痛から長い時間が経過し、体力を削られた爽歌に命の選択が現実味を帯びる。爽歌の心の中では自分の命を投げ出して子供たちを守る決意をしており、実際 その命は消えかけていく。意識を失い旅立とうとする爽歌を止めたのは彼女の両親(父親って こんな顔だったか??)。
おそらく爽歌の子供が双子なのは、爽歌を守るために命を懸けた両親の命の数だからだろう。彼らは事故から8年が経過しても爽歌を守り続け、彼女を「親」にしてくれた。子供の誕生と共に両親の存在を感じて爽歌は涙する。爽歌が救われる場面であり、そして過酷な運命のために死亡させてしまった彼らへの作者からの救済だろう。
そして輝は そんな彼女の思いを掬い取るかのように、考えていた子供たちの名前を発表する。それは この子たちの祖父母の名前を一文字ずつ頂戴した素晴らしい名前。最終回でも輝の優しさに触れて爽歌は涙する。
出産から半年後、爽歌と輝は結婚式を挙げる。そこに20代となった千沙(ちさ)と礼央(れお)が登場する。千沙は歌手の夢をかなえ、礼央は背が伸びている。この結婚式では ちひろ の妊娠も発表される。現実は晩婚化と初産の高齢化が進んでいるが、少女漫画世界だけは1980年代と変わらないような女性の結婚と初産の平均年齢なんじゃないだろうか。
この結婚式で千沙が お祝いの曲を用意していた。それは爽歌と輝の出会いからの日々の歌。1ページ目の予言が最後には歌詞の一部になっているのが良い。この時の千沙は歌手というより吟遊詩人みたいだ。今回は結婚式のオリジナルソングだから身内に向けて交際の歴史を振り返るのは悪くない。問題は『17巻』の卒業式で これと同じ種類のことをした輝の自己満足の答辞である(まだ言う)。
その11年後、主要登場人物の子供たちが、男女のペアとして出会うことが語られる。この手法は1つ前の『うわさの翠くん!!』に続いて2作連続。いかにも低年齢の少女誌らしい、古臭さすら感じるエンディングである。あのエリカが そんなに早く結婚するとは思えない(「あとがき」に父親が誰か書いてあるが、まさか の あの人…)。
最後に中学生教師の ちひろ が この学校に生まれたジンクスの語り部になっている(異動はないのか??)。ちひろ は中学時代の忍への手酷い裏切りも正直に語るのだろうか。
「番外編」…
輝たちが高校3年生の文化祭(『17巻』)の別バージョン。輝たちが最終学年になった3年生時の新キャラとして出したはいいけど、本編で活躍の機会が無かった千沙と礼央の物語。千沙は「Sho-Comi」らしい精神年齢低めのヒロインで、輝たちも言及している通り中学時代の彼らのような印象を受けた。
「らぶりぃ♥番長 ~妄想♥乙女 2007~」…
空手日本一の父をもつ中学3年生の壱川 樹(いちかわ いつき)はチビッ子番長と呼ばれるほど小柄だが喧嘩が強い。壱川姓で空手というと『萌えカレ!!』の壱川 新(あらた)と ひかる の子供という裏設定なのか? そんな彼を見つめる女子中の3年生・鈴木(すずき)みお。みお は少女漫画志望で新たにモデルになって欲しいと懇願する。男の子のキャラを知りたいという気持ちと、樹に命を助けられ優しくされて彼の中に理想の男性像を見たからだった。
一緒に時間を過ごす内に彼らは互いを意識し始める。内気で守られるだけかと思った みお が実は積極的に樹との距離を縮めていくような行動力があるというギャップが良かった。そして みお にも悪漢を退治できるスキルがあるというのも面白い。この読切は『うわさの翠くん!!』の連載中に描かれたもので、この頃から作者はヒロインにも戦う力や精神力を持たせているように思えた。