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少女漫画と小説の感想ブログです

クリスマス回の終了後で何が起こったか、白泉社だから「目隠し」されるが そういうこと⁉

目隠しの国 5 (白泉社文庫)
筑波 さくら(つくば さくら)
目隠しの国(めかくしのくに)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

触れた人の過去や未来が見えるかなでと並木とあろう。特殊な力を持つ故に誤解を受けがちな3人だったが、徐々に周囲と暖かな絆を結んでいく。そんな時、かなでが雪山で遭難したとのニュースが!

簡潔完結感想文

  • 風邪回での同衾は遠くない未来の2人の光景⁉ 描かれてないけど確かに見える『未来』。
  • 伯父さんは ドS。心理的に弱っている時、または故意に弱らせて甥っ子の危機を待つ。
  • 誰かと一緒にいる未来を望まれて人は生まれる。あろう は聖母から望まれて再降臨する。

えること、見えないことの線引きが素晴らしい 最終5巻。

終わってしまいました。
読切短編から5年もの連載となった本作品。
しかも何度も書くけれど、読切・短期連載が積もり積もっての5年間である。
その間、本書の空気を保ってくれた作者には感謝しなくてはならない。

途中で もっと描きたいから読者受けを狙って派手な路線に走ろうか、という邪心が出てきたかもしれない。
でも そういう誘惑に打ち克ったからこそ、本書の雰囲気は一定で 穏やかな気持ちになれる。

そして雰囲気だけではなく飽きさせない物語の工夫も随所に見られた。
最終巻でも能力に対する様々な反応が見られて、作者の聡明さに感心する部分が たくさんあった。

中でも面白く、そして悲しかったのは、子供の頃の あろう の記憶。
この時に彼の友達の家で起きた事は、本書の中でも新しいタイプの問題となっていた。

子供を通じて あろう の能力を知っていた友達の母親が、
その日、あろう に接触したことで、自分の秘密=過去を、
あろう に知られたのではないかと先走って、彼が未だ知らない真実を自白しまう。

自分が知らない、そして聞きたくなかった類の話を勝手に聞かされた あろう。
これは能力を通じて真実を知ってしまうよりも大きなストレスとなるだろう。

秘密を知られた犯人が探偵に勝手に自白し、口止めを要求することで新しい事件が起きる不幸の連鎖。

本書の感想文では よくミステリを引き合いに出すが、
ミステリで言えば、察知もしていない事件を犯人が自白してくるんだもの。
名探偵という評判、そして能力によって、探偵側が事件に巻き込まれている。

あろう には こういう災難もあるのか、と感心した。
そして その後の悲しい出来事と共に忘れられないシーンでもある。

逆に嬉しくなるのが、学校内での窃盗事件での場面。
能力がもたらす こういう喜びは あろう にとって初めてなのではないか。
交際相手の かなで だけでなく、優しい人たちが集う学校に巡り会えた感動が押し寄せる。
彼にとっては初めて 心から安心して過ごせる学校生活だろう。
青春の清々しさが倍増する。

そして仕込みが上手いことにも感心する。
『4巻』から暗躍する伯父。
その伯父の目的や動機を、華やかな行事の裏に潜ませている点が巧みである。

悪意とも言い切れない彼の思考が ちょっとずつ輪郭を成していく。
それは、目隠しをした状態で何かを触って、
触れば触るほど その感触・輪郭から それが何かが分かってくる経過に似ているのではないか。

こうして無能力者である読者に未来は徐々に予感されていく。
静かに あろう に迫ろうとしている影の存在が怖かった。


初は日常回。
ある日、言動がおかしい かなで。
そして やたらと何かが燃える臭いに敏感になっている。

学校付近で起きた火事をボヤの内に消し止めた彼女だが、
彼女の様子に異変を感じた あろう が、手をおでこに触れると高熱。

そこから風邪回となる。
あろう が看病をしに かなで を自宅まで送り届ける。
が、熱で様子のおかしい かなで によって、同じベッドに寝かされてしまう。
このところの あろう は伯父に続いて、よく同衾しているなぁ…。
風邪回で記憶の問題はあるが、本書の中で一番スキンシップしている回ではないでしょうか。
そう、遠くない日に正常な状態でも こんな日がくるという予感がする。

高熱の かなで の中にいたのは『1巻』の回想で登場した祖父。
記憶や愛情は継続しているので、
基本的な かなで の人格の上に、祖父が憑依している、と言ったところか。

かなで を真っ直ぐに育ててくれた人が かなで の中にいるのか、
それとも かなで が大事に祖父の人格を保管しているのか。
そういう意味では祖父は しっかりと孫の中で生きている。


いても日常回。
このところ学校で窃盗の被害が広がっていた。

かなで のクラスが狙われた日、あろう が教室に入っていったという目撃談が出る。
そして実際、かなで の机の上にメモを置くため、あろう は教室に入っていて…。

やがて その噂が学校内に広まるが、並木(なみき)は全面的に信頼してくれた。
事件現場である かなで の教室に あろう が入っても、生徒たちは おおよそ普段通り。

そこで あろう は、この教室での噂の収束を「見る」。
これは ちょっと感動しますね。
いつでも人の見たくない部分まで見れてしまうオープンな あろう の能力。
でも、普段は目に見えない信頼感が こうやって形になって見えたら あたたかい気持ちになるだろう。


この頃、かなで の親友・エリちゃんは あろう の不思議さに気づき始めていた。
かなで の時と同じく、エリちゃんは あろう の能力を知った後に、彼がそれを発動するのを目の当たりにする。

窃盗犯を厳しく問い詰める あろう を見て、エリちゃんに生まれたのは恐怖だろうか。
かなで とは違う、あろう の能力の強さに おののいたのかもしれない。
だから恋人の江沢(えざわ)くんに遠慮なく触れて、何も流れ込んでこない安心感を確かめる。

確かに あろう は今回、犯人に容赦がなかった。
自分が疑われた逆襲というよりも、反省しない類の人間だと見極めて、きつく お灸を据えたのか。

エリちゃんは あろう を拒絶しそうな雰囲気が作品内に蔓延する。


際に交通事故に巻き込まれそうになったエリちゃんは、あろう との接触を拒否する。
あろう は また人から拒絶され、そして遠巻きに恐れられてしまうのか…。

だがエリちゃんは あろう や彼の能力を拒絶したのではない。
自分が味わった恐怖を あろう に移したくないという彼女の気遣いだった。
こういう所まで考えが至ることが彼女の賢さを表している。
ここは もう、エリちゃん好き!と思うところですね。
そんな彼女の気遣いを知った かなで は、傷ついても触りたいと あろう の気持ちを代弁する。


そんな事情を知らないから落ち込んで家に帰る あろう。
彼に手を差し伸べるのは伯父の宗。
人をコントロールしようとする人は、その人の精神状態を的確に把握している。
彼は温かい手を差し伸べながら、分かり合えない現実を訥々と語る。

伯父が何を考えているのか。
彼の中に悪意はあるのか。
それは あろう には分からない。
何故なら あろう には伯父の『過去』は見えないから。
伯父は甥と同じ能力を持つからか能力は発動しない。
自分の身体で自分の過去が見えないように、同じ種類の人間は過去が見えないらしい。

過去=個人情報を全て吸い取るような名探偵・あろう にとって、
伯父は最大の理解者で、最大の敵対者と言った感じか。


リちゃんの誤解を少しでも早く解きたい かなで は あろう の家に向かうが彼は不在。
伯父によって適当な理由で連れ出されていた。

伯父は「触った人と物の近い『過去』」が見られる。
だが「限りない『過去』」が見られる あろう を彼は羨望していた。
自分が甥の能力に近づけるように、甥の能力が爆発的に高まった時のことを知ろうとする。
その力に浸ることが、彼の望みらしい。

ちなみに彼の職業は その能力を使用した探偵である。
やはり この能力の適職は探偵らしい。

2人が向かっているのは、あろう の母親が亡くなった時に住んでいた土地。
そう考えた あろう の父親と、かなで・並木は彼らを追う。

伯父は あろう に母が亡くなった時のことを追体験させることで、
自分の能力増強のヒントを得ようとした。
それによって あろう が苦しんだり悲しんだりしても気にしない。

一連の伯父の行動は、あろう のためを思って彼を遠ざけたエリちゃんの気遣いとは全く真逆の利己的な行動ですね。
こういう対比をすることで伯父の盲目さが際立つ手法が上手い。
伯父は自分だけが安らかに暮らせる国を作ろうとしている。

過去の悔恨に あろう が飲み込まれようとする直前、かなで が あろう を包み込む。
胸に飛び込んでいく構図もあって、かなで の背中に羽が見える気がする。
かつての父のように、今の あろう には、今の あろう を大好きだと言ってくれる人がいる。

いつだって彼女は自分を「今」にリセットしてくれる。

いつだって君が オレの名を呼んで、全身で受け止めてくれると、今を生きていることを実感する。

この あろう が連れてこられた家は、かつて親子が住んでいた家。
そして今は伯父が買い戻し、彼が住んでいる家でもある。

母が使っていた物や道具がそこかしこに 溢れている場所。
そんな場所に伯父は住んでいる。
それだけで彼が何を求め、どんな過去に 囚われているかが分かる。

ただ、伯父の話は『2巻』の保健医の話と共通点が多すぎる気がするなぁ。
妹の幻想によって過去の中に生きて、未来を見られない悲しい男。

伯父の場合は、それに加えて能力があるから、
いつまでも過去という甘い蜜を吸い続ける生き方が手に入りそうなのである。


ろう は全てを思い出し 回想は続く。
そこで彼は自分の能力が引き起した悲劇を思い出す。

これが上述した様々な意味でイレギュラーな能力にまつわる悲劇。

そのことは、道ですれ違うはずの母と すれ違わない未来を引き寄せた。
雨の中、身体の弱い母が帰ってこない。
だから あろう は自分の能力を母のためにフル活用しようとする。
これが叔父の望んでいた能力の増強シーンである。

その時に あろう は森に雨に大気に同化する。
この現象は『3巻』でも起きていたが、時系列的には これが あろう の初体験。

その時は母が息子の名を呼ぶことで、あろう は形を取り戻す。
そして最期に母は自分の死期を悟りながらも、息子に対して堂々と生き、彼に惜しみない愛を捧げ続けた。
とてもとても悲しい記憶だけど、同時に幸せな記憶でもある。

無限に力が発動した時の記憶が快復したことで、伯父はそのヒントを得る。
こうして あろう のトラウマは、自分自身で封印していた彼の「過去」は全て消化された。
ここから あろう は あろう らしさを完全に取り戻したようだ。


12月に突入し、あろう の誕生日が迫る。
彼へのプレゼントを考える かなで は並木のアドバイスもあり あろう との接触を断つ。

かなりの人数になった有志による誕生日会の後は、かなで との2人きりの誕生日回。

直接的な場面は全くないが、これは この後の肉体関係を示唆していると見ていいんですかね。
トラウマも克服しているし、2人の間に何の障害もない。
「どんとこい」と かなで も覚悟を決めてますしね。

2人がラブラブな裏で、並木が落ち込む様子があるのが良い。
彼は かなで に触れて、彼女に何が起きるのかを見てしまっていた。

あろう に対して小さな意地悪はするが、決して力ずくでは止めようとしない。
こういう時に孤独じゃないように彼の周囲には動物がいるのかもしれない。


いてはクリスマス回。
学校イベントのダンスパーティー

その裏で準備をする生徒会長と並木の様子も同時進行している。
ここは、決定的に望みがなくなった並木に、即 つがわせようという安易な魂胆ではなくて、
こういう未来も あり得ますよ、という暗示っぽくなっているのが良い。

能力者は自分の未来は分からないらしいので、並木の未来は彼にも不確定なのだろう。
本書において、屈託のない笑顔を見せられる相手と言うのは貴重である。

あっ、そういえば ずっと並木がどうして お金を稼ぐのにパートナーが必要なのか疑問に思っていたが、
上述の あろう の伯父からすると、自分には能力は発動しないらしい。
だから並木には株取引の未来を知るために、自分の能力を知り、その人を通して見る未来のために必要なのか。

どうもパートナーが並木の能力にただ乗りしているだけのように思っていたが、
並木にとっても、多くを望まず、静かに暮らすような適切なパートナーの確保は それなりに難しい人選なのだろう。


るは叔父である。
あろうが大切な母を強く思って力が増大したように、伯父も大切なものを探す。
その答えは あろう。
だから大切な妹の忘れ形見である甥を亡くすかもしれない、という危機的状況が欲しい。
そのためには伯父は、あろうに手をかける事も厭わない。

あろう は もうこの世界で大事な存在を見つけてしまった。
それなのに自分は人や物の1週間前の記憶しか辿れない。
妹の おもかげ が消えていく現状に彼は絶望していた。

そんな中、スキー合宿に行っている かなで が山で遭難したという知らせが飛び込む。
少女漫画における自然界は本当に厳しい。
遭難確率80%ぐらいあるんじゃないか。

かなで の命の危機に あろう は走る。
まるで母を亡くしたあの日のように。
だからまた彼は溶ける。
雪に山に大気になって、大事な人の居場所を知るために…。


終回。
溶けた あろう が形成するために必要なのは、彼の気配を察知してくれる人の存在。

かつての海の時(『3巻』)と同じように、あろう に呼ばれたような気がした かなで は、虚空に向かって その名を呼ぶ。
そうして あろう は合宿地までの道を先導し、遭難者全員を無事に送り届ける。

どうも海の時といい、溶けていても戻れば すぐ帰り道が分かる仕組みらしい。
今回は大気や山に溶ければ、その地形を把握できるが、海の時なんて身体が戻ってすぐに陸上の道がどこにあるか把握していた。
謎の能力が出てくる本書の中でも更に謎の仕組みである。
(海の時も、大気を含めて全てに溶けていると考えられるが)

だが その日、伯父によって いたずらに披露させられていた あろう は、そこで力を使い果たす。
なんと自分の形を保てずに、彼は再び万物に溶けてしまったのだ。

そうして今度は あろう の捜索隊が かなで を中心に結成される。
この危機的状況は伯父が願っていた状況そのもの。
だが こうなっても彼の能力は増強されない。
あろう と自分の決定的な差は何なのか。

その答えを間接的に享受するのが かなで である。

かなで は これまで、あろう の過去の事、家の事に深く踏み入らなかった。
だが、あろう の現実の危機に際しては彼女は必死になって動く。
ここまで彼女が必死になって動くのは珍しい。
彼女にとって それほど あろう という人は大事なのだ。

あろう がヒーロー的行動をした後に、
最後は そんな あろう のために、かなで が彼を探し出す、という展開に2人の関係性が表れているような気がする。
どちらも守られているだけじゃないし、お互いのために必死になれる。

彼女は あろう の信念を、あろう と生きる未来を信じている。
だから能力を使わなくても、彼という存在を確信する。
そんな かなで だから大気中の あろう を発見できたのだろう。

自分と、自分から生まれてくるもの、その人との未来を切望することで、あろう は生まれた。
それが彼の母の願いだった。

そして今回。
周囲の人間、そして今は伯父もまた あろう のいる未来・世界を願った。
そうやって望まれることで、あろう は再び生まれるのである。

ラストは やや駆け足だが、伯父も過去に囚われることなく生きているようだ。
その表情は穏やかで、微笑んでいるように見える。

そして人は今を生き続ける。
一瞬 前を過去として、一瞬 後の まだ見ぬ未来へと、心から笑い合える人と共に。