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語り女たち (新潮文庫)

語り女たち (新潮文庫)

海辺の街に小部屋を借りて、潮騒の響く窓辺に寝椅子を引き寄せ横になり、訪れた女の話を聞く…。さまざまな女が男に自分の体験を語り始める。緑の虫を飲みこんだという女、不眠症の画家の展覧会での出来事、詩集で結ばれた熱い恋心、「ラスク様」がいた教室の風景。水虎の一族との恋愛…。微熱をはらんだその声に聴きいるうちに、からだごと異空間へ運ばれてしまう、色とりどりの17話。


あまり認知されていないかもしれないが、北村薫という作家はつくづく奇想の人だと痛感した。北村さんの奇想は、地球や宇宙などの大きな舞台としたSF小説などとは違い、北村さんを象徴する単語「日常」と地続きの世界にあるから、その発想が奇抜だとは気づきにくい。しかしよくよく考えてみると北村さんの、特に短編は真に変わっている作品が多い。ミステリ作品でもそうだが、北村作品は温和な世界に見えて実にトリッキーなのだ。本書は日常のB面とも言える、SF(少し不思議)な世界に没入できる作品である。
友人や知人に打ち明けるには抵抗があるけれど、後腐れのない、風変わりな話を切望する一期一会の人にならば話せる体験談が幾つも語られる。どの話もその人生で一番の体験だから興味を掻き立てられる。非現実的な逸話の数々にこれは小説であるという思いを持ちながら、現実の自分の記憶を刺激する、ノスタルジックな共感が生まれる。その小説の中に現実が溶けていく感覚が心地良かった。それはやはりこの「物語」が日常と地続きであるからであろう。
部屋を訪れる女たちが語る話には男性や親子を始めとして、人が人を愛する話が多かったように思う。その関係性は特殊であり、だから秘する関係になる。彼らの話は古今東西の物語の要素が現代に息づいている。優しくて怖くて美しい物語が人をいつまでも魅了し続ける。
解説にある様にその語りが現実か空想かを検証するのも面白いかも。

  • 「緑の虫」…日本の民話的な話。最後の一行で語りが空想から現実になった。
  • 「文字」…絶対にありそうなこの漢字。ネット検索したのは私だけではないはず。
  • 「わたしではない」…急に男女の話で、急にホラーっぽい。誰が壊れているのか。
  • 「違う話」…私の『語り女たち』が世界で一冊の本である可能性はゼロではない。
  • 「歩く駱駝」…同じ品を持っている人は一度その品をまじまじと見たであろう。
  • 「四角い世界」…感性が感性を刺激する。上書きされた物語は誰の物であろう。
  • 「闇缶詰」…闇鍋よりも手軽で、利き缶詰も面白い。でも『薄気味の悪い話』。
  • 「笑顔」…ないものあります、形なき物を形にします。のろけ話ではありません。
  • 「海のボサノヴァ」…表現者としての北村さんの姿勢や信念なのだろうか。
  • 「体」…私が猫を飼い始めた理由。女心をどうしてこう繊細に描けるのだろう。
  • 「眠れる森」…聞けば眠くなる話。どの話も本題に入る前が凝っている。
  • 「夏の日々」…ここから過去へ潜る様な話が多くなる。過ぎし日は優しく悲しい。
  • 「ラスク様」…元同級生たちの顔が浮かんできた。泣きたくなるような郷愁。
  • 「手品」…どや顔が嫌いなのか。でもこの女性の性格もかわいくない気がするぞ。
  • 「Ambarvalia アムバルワリア」…もし運命の人が自分以外の運命の人ともう出会っていたら? 本書の中でもかなり好き。この位の行動は純愛の範疇では。
  • 「水虎」…この短編も好み。恋する女は綺麗さ、そして語りたがりなんだぜ。
  • 「梅の木」…植物の子を宿した物語で始まり、植物の輪廻の物語で終わる。

語り女たちかたりめたち   読了日:2011年03月30日