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街の灯 (文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

士族出身の上流家庭・花村家にやってきた若い女性運転手。令嬢の「わたし」は「虚栄の市」のヒロインにちなんで、彼女をひそかに「ベッキーさん」と呼ぶ。そして不思議な事件が…。北村薫スペシャル・インタビューなども収録。


昭和7年。この時代に物語を設定したのが上手いと思う。「今」を「生きる」事を書いてきた北村作品において、読者からすれば「過去」の話を書くのは異質である(例外的に『リセット』には過去の話も出てくるが)。しかし英子たち登場人物にしてみれば、語られる事は紛れもない「今」である。が、私たち読者は作中に出てくる「天からの眼」の視点によって、彼らの不自由のない「今」が近い将来に脆く崩れ去るだろう、との予感と歴史上の事実を知っている。英子たちの世界の基盤となっている爵位や財閥、そして軍部などの描写は、読者に痛みを感じさせる。この華やかさと危うさの対比が物語に緊張感を持たせ、より一層の深みを与えていると思う。
このシリーズは探偵役の設定も変わっている。2人で1人の探偵のようなのだ(もちろんベッキーさんの比重の方が大きいが)。英子にも洞察力と優しさを持たせるのがいい。この2人の英知をもってして、時代という馬を乗りこなして欲しい。
余談ですが、巻末の「北村薫論」での『スキップ』を記憶障害、『ターン』臨死体験と考える説にビックリ。現実的解釈をほどこすとこうなるのか、と感心しました。

  • 「虚栄の市」…穴の中から発見された学生の死体。しかし被害者は当日、自分から穴掘りの道具を借りていた…。全ての登場人物が初顔合わせ。なので英子と英子の環境、そしてベッキーさんの魅力にページが多く割かれている。謎は後半に少しだけで、謎解きは謎解きではないのだが、この時代の背景を上手く使ったと感心。色々な物で、この時代の空気を感じるようになっている。上手いなー。
  • 「銀座八丁」…英子の兄・雅吉が友人に出題された暗号。3,4日毎に送られてくる品が待合わせ場所を示す物だというが…。当時の銀座の様子が眼に浮かぶようだった。参考文献の多さが、この世界をしっかりとかたどっているのだろう。北村さんブラボー。これも謎解きよりも読者の関心はベッキーさんの行動の方でしょう。私は最後の最後にベッキーさんの正体が分かればいいかな、と気長に待ちます。
  • 「街の灯」…軽井沢の別荘地で行われた少人数での映写会。その途中で、ある事が引き金となり人が死ぬ。だが英子はその死の不自然な点を指摘する…。謎自体は古き良きトリックといった感じ。ただ語るべきは、その動機や背景であろう。ああいう事を語らせるなんてスゴイ。他人のみならず自分も、そう思う所が潔く、怖い。映画「街の灯」の使い方も上手い。練られた構成に頭が上がりません。

街の灯まちのひ   読了日:2005年07月31日