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冬のオペラ (角川文庫)

冬のオペラ (角川文庫)

勤め先の二階にある「名探偵・巫弓彦」の事務所。わたし、姫宮あゆみが見かける巫は、ビア・ガーデンのボーイをしながら、コンビニエンス・ストアで働き、新聞配達をしていた。名探偵といえども、事件がないときには働かなければ、食べていけないらしい。そんな彼の記録者に志願したわたしだったが…。真実が見えてしまう名探偵・巫弓彦と記録者であるわたしが出逢う哀しい三つの事件。


この本を初めて読んでから4年半、久しぶりに読んだこの本は以前と印象が違っていた。北村さん独特の穏やかなムードで物語は進むのだと思っていたら、裏切られた。人物の描写が結構きついのだ。登場人物や動機などが人間の陰、物語に即すならば「鬼」の部分を持っている事が描かれているのだ。ただ換言すれば、それらを含めて「人間らしい」のではあるが…。唯一、超然としているのは名探偵・巫弓彦である。彼は当世風に言えばフリーターの名探偵というべきか。「三角の水」で語られる彼の名探偵の在り方は、なかなか面白い。またワトソン役のあゆみは暗い過去を持っている事が暗示されている。それを表に出さない事が彼女の強さだろう。この本でも、北村さんの文章は文の区切り方一つとっても、趣がある。特に「冬のオペラ」はよく練られていると思う。あゆみが京都で昼食を食べた料理屋での一件や、ラストの巫の台詞が出てくるタイミングはお見事である。また京都の風景描写も良かった。枯山水の世界を表すのは大変だ。それが出来る北村さんは日本語や文章に誠実である、と改めて思った。

  • 「三角の水」…大学の研究室のメンバーの中に企業のスパイがいるらしい。そんな中、研究論文が燃える事件が起きて近くにいた女性が疑われる…。名探偵登場とワトソンの就任の回。事件は言われてみれば単純で、トリックよりも先入観や常識の排除が肝。そして名探偵とは?という命題がある。利己主義が悲しい話。
  • 「蘭と韋駄天」…家から珍種の蘭が盗まれた女性は友人を疑う。が、彼女にはアリバイがあった。時間と場所を駆け抜けなければ彼女には犯行は不可能なのだ…。ミステリ的にはアリバイ崩しの話。これも読んでいて気持ちのいい話ではない。自己中心的な人たちの話だ。次の話へと繋がる部分が多い短篇。
  • 「冬のオペラ」…京都に一人旅に行ったあゆみは殺人事件に遭遇する。屋外に放り出された被害者の服や被害者が抱える2冊の本は何を意味するのか…?犯行の背後にある物語が悲しい一編。そこには人間の形をした「鬼」が存在し、鬼は鬼を呼び起こす。北村さんの作品を読むといつも何かに圧倒され、胸が締めつけられる。何か、とは目の前の壁であったり、流れてしまった物の大きさであったりである。それに気づく事は、痛みを伴うが、今を生きる事を知る事であると思う。

冬のオペラふゆのオペラ   読了日:2000年10月08日