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ひとがた流し (新潮文庫)

ひとがた流し (新潮文庫)

アナウンサーの千波、作家の牧子、元編集者で写真家の妻となった美々は、高校からの幼なじみ。牧子と美々は離婚を経験、それぞれ一人娘を持つ身だ。一方、千波は朝のニュース番組のメインキャスターに抜擢された矢先、不治の病を宣告される。それを契機に、三人それぞれの思いや願い、そして、ささやかな記憶の断片が想い起こされてゆく。「涙」なしには読み終えることのできない北村薫の代表作。


あらすじを全く知らずに読んだ私は、てっきり本書はミステリだと思っていた。が、違った。そして、その思わぬ展開に、とても驚かされる事になった。
本書に描かれているのは「確実で緩やかな死」である。驚いた。北村薫さんがこういう現実的な「痛み」で、人の「生」や「強さ」、「時間」というものを描くとは思わなかったからだ。「「時と人」三部作」のようにフィクションの中においての人間の強さや、ミステリでの殺人という人の悪意や弱さを介した命の奪い方は描いてきた。だが、本書は飽くまで通常の時間を生きている女性の、誰よりも強く生きようとした女性の、自然に訪れる、しかし早すぎる「生」の終わりの物語であった。
3人の女性の造形、そして、その周囲の人々それぞれに繋がる想いの描き方が素晴らしい。一つ一つの、一人一人が持っているエピソードが彼らが過ごした年月の重さを、その人の存在の重さを感じさせる。この重みがきっちり書かれているからこそ、後の展開に胸が締め付けられるほど苦しい。今まで共に重ねた年月、そして重ねられない年月…。存在と不在の対比が悲しいほどに美しい。
しみじみ、である。しみじみの延長線上に「落とすもの」があってもいいけど、それを前面に出すのはなんか違う(>あらすじ)。北村薫さんの作品は泣ける、泣けないの二元論じゃない。その優しい眼差しは何を書くのか、優しくも力強い文章は何を訴えるのかこそが問題だ。 相変わらず、文章に対する集中力が凄い。本の隅々まで北村さんの血管が行き渡っている。思いがけない一文にハッとさせらたり、強いメッセージを感じたりした。エピソードの積み重ね方・使い方が本当に秀逸。重ねられた音は物語の主旋律とはまた違う感動を何度も私にくれた。
あぁ、だからあの娘は「さき」なのか。あの料理が出てくるまで全く考えてなかった。「森博嗣」さんばりのトリックだ(笑) より一層、この作品が好きになった。
しかし、一つ不満なのは良秋の存在。北村さんはよく「運命の人」の存在を描く。人生を添い遂げる、たった一人の「運命の人」。それ自体は、運命の人探しに必死になっている私にも異存はない。だけど、この展開は少し急過ぎないだろうか? 彼女の人生に運命の人が現れたのは、個人としては嬉しい。だけど、読者としては、運命が「弱い」と思った。本書は飽くまで、現実の物語であるから、そこに違和感を覚えた。また、良秋の一日にして変わる態度も気に入らない。男性の女性に対する支配欲を見た気がした。私が千波を好きすぎるからだろうか…(笑)?

ひとがた流しひとがたながし   読了日:2006年10月14日