
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第14巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
「俺、先輩が好きだよ」耳に届いたのは、一馬からの想い。戸惑い、返事に困る扇言――。そして、淳人から海に誘われ、思い出すのはかつて交わした、灰仁との約束。彼と人目の多い場所に行けるとは思えない扇言だが…?「もう一回見せて」夏は、なにかをおかしくさせる――。キケンなつり橋効果LOVE!
簡潔完結感想文
- かつて振られて死にたくなった扇言が、自分が振ることで新たな失恋を生むジレンマを抱える。
- 水着姿に上着を着る方が どエロいように、海やプールじゃなく室内で着る水着の方が どエロい。
- 現在の兄が示してくれた心配や愛情が、かつて「兄たち」が それを示していたことを証明する。
おっと ここでヒロインが「うつヌケ」だぁ~! の 14巻。
『14巻』で扇言(みこと)の自己肯定感を低くしていた過去の事象に一つの答えが得られる。その答えが正しいか証明する術はないけれど、その答えを扇言が信じられた時点で彼女は過去を清算する。
これは扇言の鬱が終わる「うつヌケ©田中圭一」状態になったことを意味する。『15巻』からの扇言はキャラ変して陽キャになっている可能性も否めない。「灰仁(はいじん) まだ鬱ってんの? アゲだよアゲ↑↑」「でも鬱すぎて滅!」とか言い出すことを私たち読者は覚悟するべきなのかもしれない(笑)
この絶対に証明できないことを証明できる方向に持っていく作品が素晴らしすぎる。『14巻』の灰葉は扇言が自分以外の男性と2人きりになれるように演技をしている。多少 強引に展開を進めるで扇言が話しづらくて逃げ回っている問題に直面させる。なんか教師っぽくって驚く。今回、扇言が「いつまでも大人の視線を絶やさない」ことが灰葉の長所だと分析していたけど、主要キャラで最年長のポジションを遺憾なく発揮している。
重要なのは視線を絶やさないことであって、口を出して介入し続ける、とは意味が違うこと。この距離感が灰葉と作者の素晴らしいところ。灰葉は、扇言が抱える一馬(かずま)、詞(つかさ)問題で仲介者として間に入ることも出来たけれど それをしない。それは詞と扇言の兄妹の会話で灰葉が わざと自分を排除させる方向に動いたことで分かる。一馬との交友においても灰葉はマッチングするだけで その後の彼らの関係性の深化と変化は生徒たちの自主性に任せている。灰葉は それぞれの聞き役にはなるが自分の存在や意見を出すことはない。それが大人の分別なのだろう。


扇言は灰葉の言動の真意に遅れて気づくけれど、私たち読者は作者が いつから この展開を考えていたのかが気になる。プール回(『3巻』)で扇言が小3で海に行った経験が用意されていて、その次回の墓参り回で死んだ兄が構想されている節がある。この2つを結びつけるエピソードは、本当に到来するか不明の作中での2回目の夏のために用意していたのだろうか。初読が面白くて読むたびに発見があって考察が出来る作品って完成度が高すぎる。
中でも扇言の兄妹問題の解決への布石に場を支配する指揮者(コンダクター)としての灰葉の凄みが出ている。それぞれに不器用な優しさを持ち相手への配慮によって身動きが取れなくなった兄妹(3人と言っていいだろう)を灰葉は強制的に対面させる。この時の灰葉の島袋(しまぶくろ)の使い方が秀逸。扇言と2人きりで海にいると思われないように防波堤として島袋を用意する。けれど今回の灰葉にとって重要なのは島袋の紙袋の方。そして島袋から紙袋という覆面をマイナスして扇言の前に兄・詞(つかさ)を出現させた。
扇言と もう一人の兄・扇月(みつき)の海でのエピソードは灰葉も この日 初めて知ったと思われるけれど、彼ら双子と交流のあった灰葉のことだから事前に知っていたのかもしれないし、知っていても おくびにも出さないはずだ。
灰葉のお陰で扇言は現在と過去、詞と扇月の2つを重ね合わせることが出来た。2つの記憶が導くのは妹を心配する兄が出す声の波形の合致。灰葉によって島袋から詞へと変身解除されても兄は扇言のピンチに駆けつける。妹を溺愛しているとカミングアウトした詞が出した声は過去に扇月が出した声と同種のもの。ならば扇月もまた その時には妹を心から心配していたという証明が成立し、それは扇言の過去の清算材料となり得る。大袈裟に言えば このことが分かった、少なくともそう思えただけで扇言は生きていて良かったと思うはずだ。それは灰葉が『1巻』1話で人生を終わらせなかったことで辿り着けた未来である。
この灰葉への感謝、彼に感謝する者だけが知る彼の長所が尊敬と愛情に変換されても不思議ではない。扇言の救済の全てが灰葉への愛情の再確認になっている点も感動する。
一馬の時も詞の時も灰葉は一芝居打ったと言える。これだけ一緒にいる扇言にも見抜かれない灰葉の高い演技力が発揮されている。私だったら こんな小芝居 恥ずかしくなっちゃうだろう。他者に演技が見抜かれないのは、普段の どこまでが本気なのか分からない言動があるから。その姿勢もまた「先生」から教えられたことのように思う。
一馬から告白された扇言は、彼が急に異性に変貌したことに戸惑う。そのまま5日間 一馬と喋れない状態だと匿名の友人のこととして灰葉に相談する。灰葉が本当は嫌だけれど一馬との関係修復のため尽力していた。仁(じん)だけに。
扇言は どうやっても一馬の想いに応えられず、自分は彼の幸せを願っているはずなのに叶えてあげられない そのジレンマに苦しんでいた。ただし一馬は今がスタートラインで、灰葉とは違うスタンスで扇言の抱える卑屈さを軽減する。それが一馬の長所。
ちゃんと告白を受け止めてから扇言は灰葉が全てを知って選択肢を狭めるようなことをしなかったことを知る。自分は恋人ではないから扇言を束縛する権利を持っていないとする灰葉の距離感に寂しさを覚えながら、振る立場も振られる立場も自分を責めてしまう扇言のメンタルを心配してくれる彼の長所を改めて知る。
夏休みに海の家でバイトをするという淳人(あつと)に誘われ、扇言は灰葉と一緒に行くことを持ち掛ける(淳人はまだ灰葉と扇言が兄妹だと思っているため)。扇言は『3巻』のプール回での海水浴の約束を覚えていて灰葉と一緒に行きたいが、灰葉のマイナス要素(かなづち・裸NG)が多いため強く誘えない。この回は合わない意見を擦り合わせるようなエピソードになっている。ちなみに一馬との銭湯回(『13巻』)にも言及されており、浴槽や湯気があるからOKだったと言っている。また そこでの感想で書いたように一馬への信頼もあるだろう。
灰葉の部屋で水着に着替える扇言は、灰葉が「上着 着てる方が どエロ」いと言うのと同じで、浜辺やプールよりもインモラルな雰囲気が漂う。こういう展開になるのは本書の海回が2人でキャッキャ ウフフな展開にならないのと、他の男性たちよりも前に扇言の水着姿を灰葉が独占するためだろう。
曇天の海回は泳がない(泳げない)し水着NGという縛りまで発生する。2人きりのデートではないという体裁のために灰葉は島袋(しまぶくろ)=扇月の兄・詞(つかさ)を手配していた。
海を見て扇言は沖に流されてしまった妹を助けたのは もう一人の兄・扇月(みつき)だったことを思い出す。疎まれているとばかり思っていた扇月の行動理由が扇言には分からない。


淳人のバイトに日程を合わせたと言っていた扇言だったが、本当は天気の悪い日を選んだ。そうすれば灰葉を窮地に陥らせるリスクが低減できるから。そんな扇言の気遣いを知って灰葉は島袋から紙袋を奪取して一緒に浜辺を歩く。島袋の正体バレのピンチだが、描写はないけれど扇言は見て見ぬふりをしたと思われる。
降り出した雨に紙袋が破れそうな状態の灰葉と手を繋いでいるところを同級生に目撃された扇言が大ピンチ。
そこに淳人と一緒に海の家でバイトしている一馬が救世主として現れる。一馬は状況から色々と察してくれた。紙袋の中の人が詞ではなく灰葉だと分かった上で、何だかんだ世話になっている灰葉への借りを返した。そして灰葉が扇言と2人でいることに自分の失恋を予感する。
この海回では淳人と一馬の島袋に対する認識の違いが ちゃんと描かれているのも良い。一馬の察した上で黙っているスマートさに彼の成長と優しさが見えた。
遅れて もう一人 救世主が現れる。それが灰葉から妹のピンチを知らされ島袋の仮面を捨てた兄・詞。兄「たち」は自分のピンチに助けてくれることを灰葉は実証した。
そこから灰葉を挟んだ兄妹の会話が始まる。詞は自分が島袋という人格を作って騙したことを恥じているが、扇言は『11巻』の誕生回の時点から島袋の正体に気づき始めていた。この誕生回で詞はケーキを2つ贈っていたが、それ以外の お年玉やホワイトデーも2つ。それは双子の片割れ・扇月の分だった。
最初は灰葉を通して会話をしていた兄妹だが、灰葉が会話の邪魔だと分かると兄妹で容赦なく排除にかかる。そう思わせて排除させるまでが灰葉のシナリオだろう。
扇月と同じ顔をした詞は自分の存在が妹に罪悪感を覚えさせ続けると考え接触を控えていた。だが その行動が自分は兄たちに疎まれていると思わせてしまった。
そこで詞は扇言への溺愛を解禁する。そもそも扇月の妹への感情は、詞の妹への溺愛に嫉妬したからだった。詞は片割れの気持ちを推測と願望だと認めた上で妹に伝える。それは扇月の詞とは時間差で訪れた妹への愛情。詞への独占欲に支配されていたから妹に無慈悲なことが出来たが、その自分の無慈悲な行動で扇月は妹への評価と態度が変わる。そして妹を大切に思うほど、その妹を危険に追いやった自分が許せなくなった。
扇月がいない今は真実か永遠に分からない。けれど扇言の中で2人の兄が自分の名前を必死に叫んだ声は重なる。詞の溺愛が本物ならば扇月も同じだと思える。扇言が流す涙に詞もまた救われただろう。こうして扇言は過去から解放される。
