
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
「死ぬ前に俺と恋愛しない?」byクズ教師 究極のつり橋効果LOVE!女子高生の扇言は、失恋を苦に自殺しようとしていたところを物理教師の灰葉 仁先生(通称・灰仁)に邪魔される。「死ぬ前に俺と恋愛しない?」と先生に告白(!)され焦る扇言と、事あるごとに扇言に声をかけたり家に来たりするようになった先生のキケンなラブストーリー!
簡潔完結感想文
- 教師モノで溺愛モノで会話劇で耽美的で退廃的なコメディ。こんなの少女漫画読者が絶対好きなヤツ!
- リビドーとデストルドーの天秤を僅かに前者に傾ける 迷惑をかけたくない彼への好意と彼からの迷惑行為。
- 格好悪いけど格好良い、格好のつかない灰葉の造詣が秀逸。内容もキャラもギリギリを突く勇気とセンス。
つり橋効果を狙うのも つり橋を歩く勇気と動機が必要、の 1巻。
いきなり余談からになるけれど、私の手元にある第15刷(すごい重版!)では《収録作品メモ》に「平成29年 花とゆめ16~18号、22号~24号掲載」と何度 指折り数えてみても連載6回分だ。だけど実際『1巻』に収録されているのは「episode.07」まで。コワッ!! 何これ、数えてみると実際の人数よりも1人多い類(たぐい)の心霊現象!? それとも どこかの号でエピソードが2つ収録されたってこと?? 謎すぎる。
さて本題。一番最初の設定資料では「元気に鬱ろう!! ネガティヴダイアロジックラブコメディ」と記されていたという そんな内容の話。「ダイアロジック」が少々伝わりづらい単語だけど要するに会話劇ということだろう。基本的に本書はヒロインとヒーローの会話劇。特に短期連載分である『1巻』は2人だけのシーンが85%ぐらい。その2人が丁々発止に遣り取りをする「ラブコディ」の中で いつの間にか恋に落ちる。JKは墜落した傷心を恋心で浮上させ、教師の上がった株は ちゃんと暴落している。その絶妙なバランスを保つ作者の感性に触れられたことが読書の幸福になった


感想文のために各話を要約してみると実は これといった内容がない(笑) だが それがいい。いつまでも読んでいられる心地良さがあって、私は一日一話の ご褒美みたいな位置付けにして大事に読んだ。初めは この内容でネタ切れが心配だったけれど、最終回まで高いクオリティを維持したのが信じられない。
本書の最大の特徴は「ネガティヴ」の部分。初回からヒロイン・扇言(みこと)が死のうとする場面から始まり、やがて教師ヒーローの灰葉(ハイバ)も同じ学校に通っていた頃、同じように死のうとしたことが判明する。自分が第三者によって生きながらえたから灰葉は目の前の扇言を生きさせようとする。現段階では詳しくは描かれないものの灰葉の動機は最初は恋や好意というよりも人生の先輩・教師としての指導だったように見える。
灰葉がイケメンにしか許されない距離感で扇言に近づいているけれど、それは灰葉が全力で扇言を生きさせようとする必死さと考えることも出来る。誰でも死を前にすれば普段は出来ないような大胆な言動が出来るように(想像)、灰葉は教師として同類として扇言のためなら自分のキャラを崩壊させることも厭わないのではないか。イケメンムーブもまた灰葉の嘘の一つとも考えられる。そして そう考えられる余地があるから灰葉を気持ち悪いとは思わずに済む(笑)
その灰葉の更生の指導法がユニーク。自虐や自嘲など自分が損する役回りになっても灰葉は扇言に言葉を届ける。それは責任感の強い扇言の性格を利用した灰葉の共感させるための手法であり軽蔑されるための手法でもある。灰葉が恥部や黒歴史を見せることに抵抗が無いのは、飾らない言葉しか死に魅入られた人には届かないと経験則で学んでいるからかもしれない。
灰葉は自分が道化になっても目の前の生徒を救おうとするから彼の言うことの真偽が分からなくなる。1話目から扇言のことを綺麗だという灰葉だけど本音は分からない。そこに屋上から地面を見つめる扇言の視線を誘導し、自分を見つめさせるという目的があるから。そうして「つり橋効果」を狙って彼女の気持ちを生へと傾かせ、その後は扇言の死は自分の後追いに繋がると彼女の過剰な責任感を上手に利用する。こう書くと狡猾な大人のグルーミングにも感じられるけれど…。
そもそも扇言も自分の失恋で絶望から死を選ぶのではなく、相手への気遣いで死を選ぼうとするような人。もし自殺したら相手が どれだけ気に病み後悔するか、を考えられないのが未熟な部分ではある。死にたいというよりも生きづらい性格なのだろう。
そして作品は扇言の責任感を上手に利用して、教師である灰葉に迷惑を掛けたくないという思いを作品のストッパーにする。これで簡単に扇言は灰葉に想いを告げたり、性急な結果を望まない心理的な抑止が生まれる。これは結果を先送りにする白泉社作品と非常に相性が良く、2人の関係が進まない白泉社作品の不自然さを巧妙に除去している。白泉社で教師モノは あまり例が無いように見えるけれど、実は相性の良いジャンルかもしれない。御曹司や王子などに比べると公務員ヒーローは立場が地味すぎるというデメリットが大きいかもしれないが。


メタ的な視点をガンガン入れてくる作品のメタ視点で良かったと思うのは、作者が自分の世界観に陶酔していない点。
もし作者が自分のキャラクタを愛しすぎて彼らが死に魅入られていることが他の人よりも優れた感性があるから、みたいな視点が優越感が滲みだしていたら それは(私には)痛々しい作品に思えただろう。主役の2人にはトラウマ要素が用意されるけれど、それも互いを知っていく中で語り始める自分の過去の一つで全てではない という位置づけが良かった。トラウマは連載に強弱を出すために使われているけど、クライマックスに使われないというのも珍しい手法だった。死にたいとかトラウマとか そういう負の感情を、日常の中に顔を出す一つの要素であって彼らを飾る要素としていないのが本当に良かった。
灰葉の扇言への嘘という気遣いの多くが扇言に見抜かれる仕組みなのも良かった。格好つけて灰葉が自分の嘘をモノローグで明かしたり、人づてに灰葉の無理が扇言に伝わったりしたら全てがワザとらしく思えただろう。でも灰葉は格好がつかないで毎回 終わる。それは灰葉と扇言が年齢差関係なく同じぐらいの洞察力があるという証明になっているし、嘘を見抜くことが扇言の静かな胸キュンに変換されていく。毎回のように灰葉に幻滅するところもあるけれど、毎回ちゃんと好きだと思わせる。そして総合すると いつもプラスマイナスはプラスに働き、その積算が彼への確かな好意になっていく。その自然で永続的な好きの積もらせ方がとても心地よかった。
そして少女漫画なのに目が死んでいるキャラクタたちは目に留まりやすい。連載が継続するにつれて絵の丁寧さが崩れて、こんな顔だったっけとか思う場面もなくはなかったけれど、最初から絵が完成されているので長期連載であっても絵の変化が少ないように思えた。
授業中に一人で屋上からの飛び降りを決行しようとする落合 扇言(おちあい みこと)の横に物理科教師で副担任の灰葉 仁(ハイバ ジン)、通称・廃人(灰仁)が現れる。
ちょっとした言動で生徒の命の天秤が傾きかねない状況でも灰葉は扇言の怒りや悲しみのスイッチを押し続ける。どうやら扇言は初恋が勘違いの失恋に終わったようだ。それで扇言は自分の絶望ではなく相手が気まずい思いをさせていると感じて自死スイッチが発動。自己評価の低い扇言に対し灰葉は彼女の自己肯定感を引き出す。
自分もまた同じ場所から同じ行為をしようとしたこと、余裕ぶった態度の裏に扇言への関心があるとタバコの匂いに紛らせる。つり橋効果もあり扇言は恋に落ちる一歩を踏み出す。


失恋が公になった迷惑を気に病んだ扇言は電車にダイブしかねない。共感性が高いから死にたくなる扇言に灰葉は、扇言が実行したら自分の後追いをほのめかし彼女の責任感に訴える。
こうして扇言を巧みに駅から遠ざけて扇言は灰葉のペースに巻き込まれる。自殺阻止のためには嘘や自分が道化になることも行使する灰葉の人となりを知っていく。そして自分が灰葉の手の上で踊らされていることも。でも簡単に操作されるからこそ、扇言は恋に落ちていく。
短期連載初回最終回(変な言葉だ)は扇言の風邪回。1週間学校を休んでいる扇言を心配して灰葉が家庭訪問という口実で扇言の家に上がる。展開が早いのは短期連載だからだろう。
扇言は実家から遠い学校を志望したため親に無理言って実家を出て、兄と二人暮らしなのだけど兄は仕事でほとんど帰ってこないため実質一人暮らし状態。今回の扇言のネガティヴは そんな自分が学校を休み続け、授業に置いておかれることを気に病む負のサイクル。すぐに頑張ろうとするから完治しない。
部屋に上がったことで灰葉が扇言が失恋から立ち直り自分の方を向いていることを確認し、灰葉も自分が教師以上の感情を持って この部屋に上がっていると匂わせる。白泉社の短期連載最終回は両想いを予感させて終わる。そして この続き、ハッキリした両想いが読みたい、とアンケートによる長期連載開始を狙っている。
2回目の短期連載開始。この頃の扇言の悩みは灰葉。彼への好意と迷惑行為で頭がいっぱい。初回と同じく屋上に2人が並ぶことで(今回は2人とも柵の中)、初回の灰葉の発言が嘘ではなく過去の事実であることが読者に分かる。
そして今の扇言は灰葉がいるから生きていたいと思える。初恋の相手に恋の相手が出来ても死にたくならない扇言は その好意は早くも灰葉に溢れてしまうが、灰葉は扇言の反応を楽しむだけで その返答をしない。
主に2人劇だった作品に初めて男子クラスメイトが登場。この男子生徒を通して灰葉の嫉妬が描かれる読者の大好きな展開と見せかけて、灰葉が先回りして扇言を悲しみから救っている。扇言に自分の存在を忘れさせないためのアクセサリを贈って、簡単に心が揺るがないようにする。勘違いからの失恋は初恋と同じ道だから。ただ そのナイト的な働きの裏に、決して安くないアクサセリを贈っているのだから灰葉の本気度も低くない。少女漫画においてアクセサリは愛の象徴だから束縛したい/される2人の関係は この時点で決まっていると言える。
灰葉が不眠に悩む。連載的には最終回への引きを作るための回なのだけど、短期連載中ということもあって扇言が大胆な行動をしている。他の生徒たちが登場することによって灰葉は決して人気のない教師ではないけれど、彼が選ぶのは扇言=読者の分身という承認欲求が満たされる構造になっている。
お互いに自宅に入れなくなった2人は1室だけ空いているホテルに宿泊するか公園で凍死するかの2択となる(作中はクリスマスシーズン)。教師とホテルに行ったら灰葉に迷惑が掛かると思う扇言のために灰葉は2話に登場した たい焼き屋夫婦(カップル?)の家を頼る。この2人は灰葉とは10年以上の付き合いで灰葉との出会いも彼の自殺を無自覚に未遂に終わらせたからだった。
扇言が生きている限り続く罪悪感や失敗を灰葉はフォローする。または本人が反省しないように知らない振りをすることもある。
