
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第11巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
扇言は灰仁の“遺書”で彼の過去を知る。惜しくなる、露命。死を意識することで、見えてくるのは未来――。進路希望に悩む扇言は、第一希望に「安楽死」と書かれた進路希望用紙を見つけ…?「老衰死こそハッピーエンドにふさわしいよな」生まれてきたことに引け目を感じていた2人の出会いは、偶然か必然か。キケンなつり橋効果LOVE!
簡潔完結感想文
- 過去編を乗り越えたことで始まる未来への道。その第一弾は扇言の誕生回で享年が延びる。
- 死ではなく生を選択したことの第二弾は進路問題。灰葉は墜落は止めたいが飛翔は止めない。
- 悲しいや苦しみ、後悔や痛みといった全ての過去の経験が将来のそれの軽減になる可能性がある。
過去から未来へ、墜落から飛翔へ、の 11巻。
担当者が言うように未来編。今回の やけにドラマチックな あらすじ を書いたのも同じ担当者だろうか。偶然の要素もあるだろうけれど全20巻の作品で折り返し地点を過ぎた『11巻』から未来への物語が始まるのが痺れる。冒頭の扇言の誕生回も未来の一環だろう。


また作品内の時空の歪みが正された『8巻』から新キャラの登場は偶数巻ではなく奇数巻のようだ。『9巻』の輝ける教育実習生に続いて この『11巻』で新キャラが登場する。
そして本書で好きなのは新キャラが それぞれ扇言(みこと)にとって意味があること。続々とキャラが増えていくのは白泉社作品、いや長編作品の延命方法として正当な手段だけど そうすることによって作品の質が低下したり歪んでしまう。連載継続のために生み出された新キャラとの関わりを強引に拙速に結ぼうとすると、ヒロインがウザく見える失敗が白泉社作品には多い。そして新キャラたちはヒロインの正しさや心の美しさを演出するためだけに消費されて1回きりの輝きを発して作品世界に埋もれていく。
それに対し本書は その時の扇言(みこと)が出会うことに意味を付与させている。今回の新キャラ・安路川(あじがわ)もそうで、過去を消化した扇言だから安路川に対して適切な言葉を掛けられるのだと分かる。もし扇言が過去に向き合えていない状態で安路川に出会ったら彼の心境に共鳴し、同じように落ち込み、自身も死に惹かれたのではないか。けれど今の扇言は生きる方向に視線が向いているから、共鳴しつつも自分の経験を踏まえた思いを安路川に伝えている。
扇言の成長や心境に合わせたキャラを用意できる作者が好きだし、この出会いのタイミングを握っているのは灰葉(ハイバ)ではないかと思う。作品初の新キャラ・一馬(かずま)の時から灰葉は扇言の友人候補に彼女を出会わせ続けた。自分と似た属性を抱える生徒の問題を把握している節のある灰葉だから、安楽死と書かれた無記名の用紙が誰のものか分かっていたのではないか。扇言の今の状態を信じて、本当は相手が男性であること、その男性と扇言の接触は嫌なことを呑み込んで、2人の邂逅を演出したのではないか。灰葉は、扇言がギリギリ解ける問題しか試験にしない。大きな挫折させず成長だけさせる教師としての能力の高さが垣間見られる気がした。
また扇言の墜落を阻止してきた灰葉が、彼女の飛翔は止めないというスタンスが良い。これまでも扇言には自分以外の男性と恋に落ちる選択肢を用意してきた年長の灰葉だけど、生き続けること≒将来を考え始めた扇言の選択肢を狭めたくない。息を吐くように嘘をつき、プロポーズをしてきた灰葉だけど、自分の願いに扇言を押し込めることは願っていない。割と年長者による巧みな誘導をしている灰葉が、彼女の恋心や意思を誘導しているように見えないように気を付けることが連載にあたって作者が注意を払っている点だろう。扇言はしっかりしているけれど一般的に この関係は18歳未満の人に30歳前後の人によるグルーミングに見えかねない。だから作者は何度も灰葉のスタンスを示す。お互いの同意のもとにある関係だと、誰が読んでも そう思えるように作者は安全運転を心がけている。
それにしては目撃されてもおかしくない状況でもイチャつくのは、やっぱり危機感がないと気になってしまうけれど。互いに強く自制しちゃうと読者は満足できる場面が作れなくなる作品の都合も分かるのだけれど、それによって扇言の性格が破綻しているように見える。
4月29日は扇言の誕生日(感想掲載日とピッタリ!)。本書初の扇言の誕生回である。
翌日になって思い出した灰葉は誕生日を祝う。4月29日は祝日なので30日に学校で、という作品側の都合でもあるのだろう。ちなみに灰葉の誕生日は謎のまま。そこに言及すると灰葉の年齢問題にも触れざるを得なくなるのでノータッチを貫くか。
兄・扇月(みつき)の命日が4月のため扇言の誕生日は家族内でも祝われにくくなっている。そのため灰葉からの欲しいもののリクエストに扇言は戸惑う。学力や不労所得という言葉が並ぶ少女漫画である。
灰葉は自分のことを軽視しがちな扇言の誕生日に対する意識を変えてから、誕生会会場に誘導する。たい焼き屋夫婦の家には友人たちが集まっていた。もはや子ども食堂とかフリースクールのような状態だ。
自分への祝福を初めて素直に嬉しく思える誕生日。多くが友人がいない人たちの集まりなのでイベントに不慣れだから、なぜか参加者が死にそうになる惨状が生まれる。でも一番甘いのは灰葉との ひと時だった。
誕生日を迎え、扇言は歳を重ねることを考え始める。そして自分が年を取ることを考える時、自然と灰葉との人生も考える。今回も捕らわれるのは死なのだけど、扇言も灰葉も初めて目の前の魅惑的な死ではなく先にある死を望む。その境地は生きてきたからこそ辿り着くもの。絶対に そう思えないだろうと思っていたことを思う。それが生き続けた人だけが掴む境地。
生き続けることにした高校3年生は進路問題に直面する。この回で扇言自身の進路が大雑把に示される。
また扇言は学校内の生徒が進路希望調査の用紙に安楽死を望んでいることを知る。この問題に扇言が お節介で介入するのではなく、自分も用紙が もう一枚 必要で、そこから灰葉の誘導が始まっている流れが良い。こういう自然で無理のない流れを作れるのが作者の強み。ここを間違うと扇言が自分の絶対正義を振りかざすヒロインになってしまう。


用紙に安楽死と記入したのは安路川 晃(あじがわ あきら)だと彼が用紙を持つ扇言に声を掛けたことで判明する。ちなみに晃という名前は随分 後になって判明するし、そう呼ぶ人は少ない。
安路川は二人暮らしをする祖母に認知症の症状が出始め手が掛かるようになったため、その苛々から死んでくれと暴言を吐いてしまった。そんな自分を後悔して自分の死を願う自己消滅願望が扇言に共鳴し、そこに彼の優しさを見る。
扇言は過去に他者に死を望まれていた側。そして望んでいた方が自死を選んだ。その経験から安路川と兄・扇月が重なって見えるから彼が気にかかる。だから扇月は安路川に少し踏み込み、望まれた側の自分の変わらない相手への思慕を伝える。そして扇言が事実から積み上げた推論で祖母の思いを代弁し彼の罪悪感を軽減させる。灰葉は扇言が男子生徒と接触するのが嫌だから知っていて女子生徒だと誤誘導しようとしたのだろうか。
「特別授業ー11限目ー」…
いつものように描きおろしではなく雑誌掲載されたものなので少し長い。一馬は なずな にはヒーロー行動が自然に出来ている。年齢の割に引き締まった身体をしてそうな灰葉が これまで それを露出しなかったのには訳があったのか。
「episode.0」…
『1巻』で語られていた灰葉(高校生)と後の たい焼き屋夫婦となる高校生カップルの出会いの話。灰葉の初めての同年代の友人で、灰葉は騒がしい人々に巻き込まれているようで、自分を助けてくれる人々を願っているから死なないラインで未遂を繰り返しているのかもしれない。そして灰葉と扇言のepisode.0でもある。生き続けた灰葉が見たかった あの森で出会った少女の成長を見届ける人生が始まる。
