
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第13巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
大切な人が目の前から突然いなくなる――。その可能性に不安を覚えた扇言は、これまで躊躇していた選択肢を選ぶも、灰仁への想いを一馬に知られてしまう。「ある意味俺が一番めちゃくちゃにすると思うけど」運命の歯車がいま、音を立てて動き出すキケンなつり橋効果LOVE!
簡潔完結感想文
- 自分を巡る男たちの開戦を知らず、男同士の裸の付き合いを邪推する鈍感ヒロイン。
- 高校3年生は授業参観ラストイヤー。扇言の悔いの残らぬ学校生活のため灰葉が暗躍。
- 一馬の始動を理解しつつ直接的な抑止を自分に禁じている灰葉は内心 焦っているはず。
当て馬の行動開始は灰葉への死の宣告になり得る 13巻。
『13巻』は一馬(かずま)が灰葉(ハイバ)に宣戦布告をしてから実際に動くまでが描かれる。当て馬の行動だけ考えると動きが遅すぎる。そもそも一馬は『4巻』で淳人(あつと)が仮想当て馬として登場した時から扇言への好意を芽生えさせており、それを自覚するのが『12巻』だった。しかも『12巻』の感想で書いた通り一馬は なずな に誘導と扇動をされて ようやく動き始める体たらくである。
ただ聡明な作者のことを信奉している私は『13巻』の ゆっくりとした動きにも意図が見える気がした(錯覚かも)。それが灰葉の恐怖との戦いである。灰葉は一馬が扇言(みこと)を好きになっていることは承知だっただろうけど、自分たちの関係を知られた上に一馬が扇言への好意を口にしたことで丸裸になる。灰葉が一馬と銭湯に行ったのは、相手に合わせて自分を道化に出来る、一種の変装の名人である怪盗教師の自分を脱ぎ捨てて一馬に向き合おうとする真摯な態度に見えた。
灰葉は大人げなく自分の圧倒的な有利を示しつつも一馬の行動を制止しない。それは一馬という生徒の自由意思の尊重であり、扇言に選択肢を提示させるためである。繰り返し述べられているように灰葉が願うのは扇言の真の幸せだから彼女が自分以外の男性を選ぶことに耐え難きを耐える覚悟がある(耐えられるとは言っていない)。
それぞれの自由は奪わない姿勢だけど、自分の願望も確かにある灰葉だから扇言が一馬に告白されるまでの間、いや扇言が正式に一馬ではなく自分を選んでくれるまでは生き地獄だろう。ずっと灰葉の不眠は悪化しているかもしれない。


扇言の束縛を自分に禁じている灰葉だけど、自分という選択肢があることを示したい。そんな灰葉の自制と緊張とアピールの日々が『13巻』なのではないか。
例えば七夕の願い。灰葉は せめてもの願いを書いている。それは他人の目があるからという理由もあるが、自分の願いが扇言の選択に影響を与えない配慮にも見える。また苦手なグロ映画に耐性をつけようとするのも扇言への遠回しなアピールになっている。
そして名前呼びのエピソードは特に灰葉の自制心が問われたのではないか。灰葉の心境では一馬が動く前に ここで一気に関係性に けり をつかたい衝動と戦っていただろう。しかし その一線を安易に越えてしまったら自分たちは堂々としていることが出来ず、扇言は それを気に病み始めて、病んだ結果 様々な別れを選ぶ可能性だってある。
『12巻』が一馬の切なさと後ろに なずな の切なさが描き込まれていたように『13巻』は灰葉が教師だからこそ声に出せない悲鳴があるような気がした。
また『13巻』は大人組の切なさが描かれているように思った。これは前半で扇言の兄・詞(つかさ)が大暴れしているから そう見えるのか。詞と島袋(しまぶくろ)は変身ヒーローのような関係性で、詞は謎の覆面ヒーロー・島袋に変身している時しか扇言に接することが出来ない制限がある。
この、妹にとって自分が苦しみを連想させる兄でしかないという兄妹の関係は、本書の前に読んでいた リカチさん『明治緋色綺譚・明治メランコリア』の春時(はるとき)を思い出した。
詞・島袋は登場すると一気に作品をカオスにさせる破壊力がある。そこで大笑いさせておいて、今回 詞は、高校3年生の扇言にとって人生で今回が最後のチャンスとなる授業参観で、初めて扇言に会いに来る人だと声を上げて感動させるからズルい。自分の正体がバレてしまうリスクよりも妹の幸せを願うシスコンに涙が出ちゃうよ…。そして扇言のラストイヤーを幸福なものにしようとした灰葉の優しさも良い。
気になるのは この後の詞が扇言と どんな顔して対面するか だ。現状では会わす顔がなくて顔から火が出そうな自分を見られないようにフルフェイスの西洋のカブトでも持ち出しそうな雰囲気が漂う。
扇言の恋心を一馬に知られた灰葉は銭湯で語らう。灰葉は裸NGなのかと思っていたけれど(『11巻』特別授業)、裸の付き合いをすることで情報(恋心)を開示し合うために必要だったのか。それに一馬は噂を広めたりしないだろう。
シリアスな展開になりそうなのに部外者が混入することでカオスが生まれている。そして一馬は他のキャラに先んじて灰葉と扇言周辺の情報を得て整理する。当て馬の後発不利を埋めるためだろうか。浴槽の中にいる灰葉は自分のスタンスを隠すことなく示し、一馬を牽制することも厭わない。でも一馬、そして扇言の恋心は本人だけのものだと思っている。そういう広大な愛を灰葉は持っている。
ラストで扇言の告白も、それに対する返事も それぞれ耳を塞がれることで帳消しになる。ヒロインの知らないところで三角関係が開戦するという少女漫画読者の大好物が提示された。ラストで扇言が無自覚ヒロインになるためか腐女子思考をしているけれど現実逃避ネガティブと腐女子は相性が良さそう、とか思うのは偏見だろうか。
陰キャが苦手なことに集団でのカラオケが挙げられる。いつものように委縮する扇言を先生が励まし、寛大な心で学生時代にしか出来ない体験に送り出す。けれど様々な要因と扇言の意思が重なって空に放たれたはずの鳥は鳥籠に戻ってくる。


授業参観の開催を知った扇言の詞(つかさ)が島袋(しまぶくろ)になって登場する。詞は扇言に遭遇したため思わず変身してしまったらしい。正体不明の、そして だからこそ学校社会の敵になりそうな島袋は灰葉に預けられるが、そこに千客万来となり世の中は再びカオスに包まれる。一馬が事実を知っていても事情を察するところが良い子だ。
詞は島袋として扇言の学校生活を垣間見られて授業を見ずに満足する。この姿では教室外から眺めても問題だし。
ずっと兄たちを優先して欲しくて授業参観を親に言い出せないままだった扇言は授業参観のラストイヤーの高校3年生を迎えた。その寂しさを察知した詞は島袋の範疇を超えて、扇言の父兄役での訪問だと立場を明らかにする。それで(その前から?)扇言は詞=島袋と気づいても黙認している現状が明らかになる。
灰葉の「JK」と呼ぶのは、親愛の情を隠して ぶっきら棒に呼ぶ「先生」の踏襲。しかし扇言は特別な存在である灰葉から「その他大勢」とモブ扱いされる呼称が寂しくて、他の人の愛称が羨ましい。この回で「先生」が亡くなっていることが確定する。『3巻』の灰葉のお墓参りは先生のためだったのだろう。
「先生」が灰葉を「少年」と呼び続けたのは、いつまでも見守るという意思表示だったと扇言は考える。成人しても手の掛かる存在だという含意もある「少年」と呼ばれ続けることで、自分は この人に愛情を注がれる対象なのだと灰葉は安心したのではないか。
理由は分かっても呼び名問題は扇言の胸のつかえになる。だから灰葉は扇言のために呼び方は公私両面の抑止力だと告げる。プライベートで扇言の呼び方を変えたら学校でポロリと言いそう。そのリスクを低めるための一線が呼称であり、また灰葉の中で扇言がJKという禁忌の存在から ただの愛する女性に変わることのないようにする一線でもあった。
なずな を通して一馬と3人で映画を見に行くことになった扇言。扇言は その事実を灰葉に隠すのではなく、見る映画がグロ映画だから灰葉の尾行中の観賞で彼のメンタルが削られることを心配して事実を隠す。
勿論この作品が それで終わるはずもなく灰葉は密かにグロ耐性を獲得する努力をしていた。ミステリやコントばりに序盤に伏線が張られた、誉め言葉として無駄に手の込んだ回である。これは将来的に価値観を擦り合わせようという灰葉の意思表示と長期努力の始まり。黒歴史で沁みついてしまったトラウマを克服しようとする愛である。
七夕回で一馬の人気を再演出してからの大きな動きがある。
一馬は扇言に好きな人がいること、その好きな人が誰なのか、その上 彼らの両想いまで知っているから踏み出せない。自分が動かないことが扇言の幸せだと考えられる優しく賢い人だから自分の想いを消滅させる方向に動く。
そんな一馬の尻を叩くのは なずな。でも『12巻』の感想文で書いたように一馬が動くことは なずな の利になる。一馬が上手くいっても いかなくても、なずな は次の動きが出来るのだ。
ちなみに灰葉の願いごとは巻末の「特別授業」で明かされる。
