
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第18巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
「ほんものの恋人にしてくれませんか…」秋深まる中、扇言は受験モード。いつも以上に愁いを帯びた扇言の、その本当の理由とは――…。一方、灰仁はSNSでなにやら不審なワードを検索していて…!?曖昧な関係に、2人だけの答えを――キケンなつり橋効果LOVE!
簡潔完結感想文
- 合法的な ほろ酔いで灰葉が望んだ自制心の強い扇言の乱れた姿が見られる。幼児化とも言う。
- 本書で初めての過去ではなく現在の死。灰葉は死の事前ケアも事後ケアも出来る有能な人。
- 大学受験は強いストレスで最も現実逃避を考える時期。扇言が表、灰葉が裏で問題に当たる。
死神がヒロインの前に その姿を現す 18巻。
『17巻』で気配が感じられた新キャラが扇言(みこと)の前に姿を現すまでに丸々1巻使った。この死神のような新キャラが最後のエピソードの中心となり、その人が姿を見せるまでの時間が平和で かけがえのない日常回だった というホラーやサスペンスの始まりのような印象を受けた。
いや この『18巻』でも非日常は登場している。※ネタバレ それが安路川(あじがわ)の祖母の死。何人も死を望む人や過去における死が登場している作品の中で初めての現在の死である。
この回で分かるのは灰葉(ハイバ)のケアの上手さ。彼自身は「先生」と違ってカウンセラーの資格は持っていないけれど間違いなく灰葉は その能力を引き継いでいる。もしかしたら物理の教師としての能力の他に青少年の心理や自殺問題、グリーフケアの知識を貪欲に取り込んでいるのではないか。部屋に自由に出入りできる扇言ならば自然体に見える廃人教師が実はプロの教師であることを既に知っているのかもしれない。灰葉が扇言に鍵を渡したのは、そういう自分の秘蜜を彼女に見せていいと考えたからかもしれない。
『18巻』で この死が描かれるのは これからのクライマックスの前に人の死を色濃く出すためと、今の扇言は死に魅了されないという現在地の確認のためにあるように思った。扇言は『14巻』で兄の死を灰葉が乗り越えさせてくれなければ今回の人の死に接したことで墜落願望が再燃したかもしれない。灰葉もまた『17巻』などで扇言が自分の中にある恐怖や弱さを認めてくれなければ ここまで他者のケアに専念できなかったかもしれない。作者が大局的に最終回から逆算して、そこまでに描くべきことを順々に描いてくれていることが嬉しい。


巻末の「特別授業」の記憶喪失でも思ったけれど、灰葉は根は真面目なのだけど わざとクズを演じている。記憶喪失で忘れ去られたのは「演技」の部分で、進んで善行を積むスタイルは本来の灰葉なのかもしれない、と思った。
そんな灰葉の真面目さは学校の生徒で自殺サイト利用者がいることが問題になったことで その生徒を特定しようとする動きにも見られる。本書では最初に扇言、続いて一馬(かずま)や淳人(あつと)など学校内外に関わらず死に魅入られてしまいそうな生徒を助けている。その実働部隊として扇言が動いているけれど、多くは灰葉のマッチングが背景にある。今回の最後の新キャラも扇言にわざと介入させているように見える。
この構成は長短どちらもある。利点は扇言が新キャラ(イケメン)に意味も無く介入し続ける お節介にならない点。少女漫画ヒロインは連載継続のために新キャラとの交流が義務付けられ、そのために他人のテリトリーに侵入する厚顔無恥さが発生する。しかし本書は交流は灰葉の仲介という理由があり、また灰葉が全てを見守っていることで扇言は目の前の人を大事にすることに専念できる。もし何か問題が起きた場合もヒロインの自業自得ではなく、灰葉が社会人として責任を負うという責任の所在が明確になる。今回の一馬の選挙騒動でもそうだったけれど、灰葉は自分で責任を取る覚悟がある。そこが格好良い。長編作品、特に白泉社作品の中盤で強気なヒロインが自分から他者の問題に巻き込まれに行く不毛さを上手に回避している。
欠点は扇言が灰葉の部下や手下に見えてしまう点だろう。上述の通り扇言の交流は全て灰葉のマッチングであるならば、彼女が切り拓く人生が少なすぎる。読者の中で灰葉に嫌悪感を覚えている人がいるとすれば、彼女の全てを管理する独占欲の強いグルーミング男に見えるだろう。その疑惑を消すために2人の対等な力関係を丁寧に描いていると思うけれど。
もしかしたら今回 明らかになる扇言の進路は その欠点からの脱却なのかもしれない。一度 扇言に距離を置くことで扇言自身に選択権があることを明確にしている。教師モノの難しさだけでなく この2人には大きな年齢差が合って関係性が支配に見えかねないから、その危惧を上手に回避している。二人乗りや飲酒など出来ないことの多くなった漫画世界でギリギリを責めている作者は炎上を巧みに避けている。まさか葬儀関連でも笑わしにかかるとは思わなかった。
灰葉が受験生の扇言に最後の新キャラとの出会いをさせるのは、扇言の成績を信用しているからだろう。もし扇言が本当に受験に必死ならば灰葉は一馬などを新しい助手に選出しただろう。扇言、更には一馬たちも卒業してしまったら灰葉は新しい「自殺サークル」を作るのだろうか。そして そこでまた年下のJKから好意を受ける という永遠のループも可能な気がする。そう考えると灰葉の狙った つり橋効果は強制恋愛の合図で、大人の男性の狡猾な恋愛(洗脳)テクニックと捉えられる危険がある。この問題は作品が抱える永遠のジレンマか。


一馬(かずま)がファンに担ぎ上げられ生徒会選挙の推薦枠で候補者になってしまう。なずな はレアリティUR(ウルトラレア)の選挙ポスターを作って死者に鞭打つ。でも一馬は無加工が一番 美形。灰葉は扇言だけじゃなく困っている生徒の面倒を見て、そこで起きた問題を自分が被るように仕向ける。損な性格をしているけれど そこを美徳に感じる人もいる。
コンプライアンス遵守が叫ばれる現代で少女漫画で合法的に酔えるのはブランデー入りの お菓子ぐらいになった。扇言は灰葉の偽装彼女になっている一升(いっしょう)の誕生日プレゼントに お菓子を渡した事実に落ち込む。一升は自分と違い灰葉の誕生日を把握していたということだ。
扇言の酔い方はネガティブと本音スイッチを入れるもの。平然としているように見える扇言も我慢と自制をしていると分かるエピソード。扇言の珍しい姿が見られるという飲酒回のノルマが果たされているものの灰葉は手の掛かる子供に目を光らせなければならないので大変。
生徒たちの間の自殺サイトの利用が職員会議で議題に上がる。これまで通り灰葉は死にたい生徒に目を光らせるため生徒の特定を目指すしているように思われる。ここで灰葉がSNSで飼い猫・モンローの発信をしていることが判明し、扇言との匂わせをしていることが発覚。匂わせをする側と された側の喜びを描いている。この騒動に扇言が関わり始める予感から物語は急展開を見せる。
安路川(あじがわ)の祖母が亡くなる。『16巻』で灰葉が手相を見ていたが寿命をピッタリ当てていたのか…。そして『16巻』の入院が読者に祖母の死の事前告知のような役目があったのか。
作中では過去の死は あったけれど現在の死は初めて。臨終や葬儀の場面でも笑いを取ろうとする作者のガッツに敬意を表したい。この厚かましさで2人は祖母と交流し続けたのだ。自分のせいで祖母との別れを台無しにした灰葉の行動は計算だった。この灰葉の行動がなければ安路川は祖母との別れに心残りが生まれたはず。灰葉は安路川と同時に、葬儀の際に心残りと疑問が残った扇言の心配をしていた。これで扇言は身近な人の死で過去や死に引きずられずに乗り越えるという経験を獲得した。
一心不乱に勉強に打ち込む受験生・扇言に どう声を掛けていいか悩む一馬たち。そこに次々に扇言に声を掛ける受験生の敵。その心遣いという名の雑音を扇言は自分で消しに動く。そこで扇言が遠方の大学を志望していることが初めて明かされ、勉強を続けることが大切な人たちとの距離に繋がると考えてしまい溜息をついていた。扇言の進路希望用紙を見れる状態に無かった灰葉は初耳の情報にショックを受ける。
そんな2人が情報を共有しようと歩道橋で語らっている時、目の前で女性が飛び降りを実行しようとする。その女性は多浪していて今年も受験が迫ってくることにナーバスになっていた。その話を聞いた灰葉は彼らしい論理で学校生徒ではない女性にアドバイスを送る。年下の死にたがりに灰葉は無敵。こうして彼女は一旦 思い止まる。それは遠方の大学進学をする予定の扇言への助言であり、自分の本音を吐露する前振りだった。そして『17巻』ラストで気配だけ感知できた新キャラが いよいよ登場する。
「特別授業」…
灰葉の記憶喪失ネタ。表面上は漂白されて まともになった人畜無害な灰葉というオチだけど、記憶喪失になって「クズ」の演技を忘れたとも考えられる。ずっと露悪的に振る舞っているのが灰葉だとも考えられる。
