
鈴木 ジュリエッタ(すずき ジュリエッタ)
神様はじめました(かみさまはじめました)
第23巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
「…どうして俺は、こんなに空しいのか」。悪羅王の体を取り戻すため、火の山に向かう霧仁たち。しかし周りを切り捨てながら前に進むたびに、自身が空っぽであることに気付いてしまい…。あと一歩で火の山に入る瞬間、目前に現れた人物とは!? 感動&別れ&大号泣の23巻!!
簡潔完結感想文
- 奈々生が巴衛を制御する唯一の存在なように、霧仁を止められる存在は もう一人の聖女。
- 聖女・奈々生に人の死を目撃させる訳にはいかないので待機命令。事後には命令無視。
- 霧仁(悪羅王)は巴衛に先駆けて人間になってた といえる結末。器が先か精神が先か。
健全な肉体に健全な精神は宿らない、の 23巻。
『23巻』で小難しく考えたのは人間性は どこから生まれるのか ということ。
その成り立ちを示す2つのルートが、巴衛(ともえ)と悪羅王(あくらおう)だったのではないかと思った。まず本ルートといえる巴衛は人間の奈々生(ななみ)または雪路(ゆきじ)を愛するようになって、彼女と同じ価値観で生きる手段である人間になろうとしている。巴衛の場合、その願いや精神が先に立ち、奈々生への愛情と理解を演繹して妖怪という異種族のまま人間そのものへの愛情を芽生えさせていく。
そして もう1つのルートが霧仁(きりひと)≒ 悪羅王なのではないかと『23巻』で思った。悪羅王は精神と肉体が分離し、その精神が冬山で死を迎えた霧仁の肉体に宿った。巴衛が人間化したくなった終盤の展開から考えると、悪羅王は最初から人間の肉体を持った妖怪という巴衛の目指す最終形態になっていた、といえる。
巴衛が妖怪のまま人間を愛したのに対し、悪羅王は人間という呪縛の中で人間を理解していく。悪羅王が霧仁という、見ず知らない精神に その肉体を与えて この世を去った お人好しであることも その後の悪羅王の精神に影響を与えたと考えられる。それは悪羅王の生まれや育ちと全く違う環境が与えられることで、悪羅王は これまでの長い時間の中で浴びたことのない愛情を浴びる。
悪羅王が触れるのは、巴衛の人間の女性への愛ではなく母性愛。霧仁であって霧仁でない悪羅王だけれど、自分に注がれる無償の愛に触れ続けることで少しずつ変化していた。巴衛ほど劇的で強烈な思いでなくても、悪羅王もまた母親を入口にした人間の強さ、愛情の大きさを理解する。
作中で悪羅王が言うように霧仁の身体は丈夫とはいえず、だからこそ母親や式神から心配を受ける。弱った自分だからこそ その情に触れて心が動かされる。元来 悪羅王は不老不死の肉体を持っていたから弱者に対する視点を持たなかった。自分の普通が普通でないことを意識できないから悪羅王は他者と自分の命を軽視し残虐非道で滅茶苦茶な行動に出ていた。その肉体のアドバンテージがリセットされることで悪羅王は新たな視点、そして人間性を獲得した。物語では悪羅王の肉体をゼロに戻すことが計画されているけれど、その精神は自分以外の者になることで先に生まれ直していたのかもしれない。
私は てっきり悪羅王に対しても奈々生が聖女になるのかと思っていたけれど、作品は巴衛にとっての奈々生であって、悪羅王には別の存在を用意していた。いつも通り奈々生が悪羅王に対して人情を説いて悪羅王が改心する流れだとばかり思っていたので、この展開は予想外で とても良かった。奈々生は飽くまでも悪羅王の心に変化をもたらす最初の触媒でしかないという位置づけだったことが見えた。
悪羅王が人間性を理解する重要なシーンで奈々生が別行動するのは、あの場に奈々生がいると奈々生が全ての命を守るような正しいヒロインを演じてしまうからだろう。あそこは奈々生ではなく霧仁が動かなければいけない場面なので、奈々生は事が終わるまで物語に関与できなかった。良い意味で奈々生が物語から排除されているのが、終盤では見ない展開で新鮮だった。
また本来は舞台となる黄泉国(よみのくに)に その人が登場するような話の流れも本当に素晴らしい。それにより普通は通過点である黄泉国に滞在できる特殊な状況を生んでいるのも よく出来ている。
ラストで奈々生も精気を取り戻し復活、そして巴衛も元の姿になり神使のリミッターも久々に外され、これまでのエピソードを経て最強になった2人が最終決戦の地に降り立とうとしているクライマックスへの盛り上げ方も良かった。


巴衛が善人化するにあたって絶対悪の権化として悪羅王が創られたように見えたけれど、今回 悪羅王を漂白するために もう一人 絶対悪(けれど軽薄)は夜鳥(やとり)にバトンタッチされた。霧仁は母親に存在を求められ認められたけれど、夜鳥は未だに独り。その夜鳥に奈々生は聖女パワーを発揮するのだろうか。
そして夜鳥に共鳴し利用されているのが過去編でも出てきた神堕ち・黒麿(くろまろ)。夜鳥のパワーアップに利用される適当な人材として、新キャラだと読者が面食らうから、以前のエピソードから彼女が選出されたのだろう。黒麿もまた悪羅王と同じく自分の強すぎる力に振り回される存在と言え、強すぎて他者と釣り合わなかったり必要としなかった。そこを夜鳥に付け込まれて戦闘力として期待される。
しかし考えてみれば黒麿は失敗が死の呪いとなる契約で巴衛を死なせかけ、今回の霧仁への最後の一撃も夜鳥というよりは黒麿の攻撃といえる。異世界で名を轟かせた二大妖怪のどちらも死に追いやったのは世界中で黒麿だけだろう。最初は釣り合う男性がいなかったかもしれないけど、段々 愛情など相手に求めるものが多くなってモテないことを こじらせてしまった女性が この世界で最強の存在、という結論でいいのかしら…。その直前に登場したウナリとキャラが被っているのが残念だけど。
巴衛が食べてしまった球根は再びイザナミから支給される。奈々生との友情パワーなのだろうけれど、イザナミが ここまで協力的なのが よく分からない。初期は もう少し厳しい世界だったのに丸くなりすぎていないか。
そしてイザナミは巴衛が黄泉で出会った少女・亜子(あこ)が生死を さ迷う生霊だと断定。奈々生は地上まで引率すると伝えるが、亜子は黄泉に大切なものがあると その捜索を訴える。
悪羅王の生まれ直しに必要なアイテム「進化の水」はウナリと懇意になった瑞希が向かう。瑞希はウナリから譲渡された火の山の炎は無効化できる「龍神の羽衣」を奈々生に渡す。こうなると いよいよ瑞希がウナリと いきなり距離を詰めたのはアイテムゲットの準備でしかなかったように見える。
霧仁たちは火の山を作ったのが大国主(おおくにぬし)だから その魂を奪って道を開く手段にした。その大国主は瑞希と同じようにホスト的な立場でコンプレックスの塊である黒麿(くろまろ)の懐柔を試みる。過去編と同じく黒麿は誰かに必要とされたくて、残留思念を夜鳥(やとり)に利用され、彼と一体になっている。
悪羅王の身体のある火の山に向かう道中、霧仁は自分の抱える虚無感に一瞬 向き合うが、それを振り払い前進する。同じように巴衛も自分が思っているよりも お人好しで人間を愛し始めていることに気づかされながらも、変わらない存在もあると悪羅王を連想する。
戦神(いくさがみ)たちは火の山周辺に結界を張り、その破壊を感知して霧仁の居場所を特定しようとしていた。霧仁という名前に心が反応する亜子は奈々生たちと一緒に行動し、霧仁の存在を確かめる度、彼女の身体は大きくなる。


火の山に向かう霧仁に再び巴衛が立ちはだかる。しかし狐の姿では夜鳥に制圧されてしまい、霧仁は悪羅王の身体を奪還する寸前。そこに成長して霧仁の母の姿となった亜子が現れる。闖入者の存在に霧仁は驚きを隠せない。大願を成就させようという霧仁だが母を邪険に出来ず、言葉によって期間を命じるのが精一杯。その霧仁に冬山で遭難した時に駆けつけられなかった自分だから今度は火の山でも駆けつけるのだと亜子は母の愛を示す。どんな姿でも どんな場所でも母親は霧仁の味方でいる。
霧仁の躊躇を感じた夜鳥は母親の排除に動く。しかし霧仁は夜鳥の言動、そして母親が黄泉にいる現状から夜鳥が母親に手を掛けたと推理し、彼の存在を否定する。それに絶望し逆上した夜鳥は黄泉でも母親に手を掛けようと動く。その動作を感知して霧仁の人間の部分が咄嗟に反応する。
奈々生はミカゲに待機を命じられても結局 単独行動を始める(何度目だ…)。そこで霧仁の式神に出会い、霧仁の命が消えようとしている事実を知る。同時に命が消える式神の最期の願いを叶えるため、奈々生は霧仁のもとに向かう。
霧仁は夜鳥に貫かれ死を覚悟し、夜鳥は自分のしたことに衝撃を受ける。母親に膝枕をされながら霧仁は最期の言葉を述べる。泣き崩れる母親と、悪羅王の最期の行動に巴衛は愕然とする。そして精神世界で最強の二人は語り合う。霧仁は悪羅王の肉体を求めながら人間として不便な生活の中で学ぶことが多かったという。その中で生まれた大事なものを胸に抱えて悪羅王は この世界から去る。彼は奈々生から与えられた精気を この世に残した。かつての悪友の変化を巴衛は見届ける。それは巴衛自身が変われるかもしれない、変わりたいという気持ちを揺さぶる。だから巴衛が人間を愛した時に成長する球根は花を咲かせる。
夜鳥は霧仁の行動に失望し、再び逆上する。ラスボスの座が霧仁から委譲された形か。夜鳥の最終目的は悪羅王の側近になることではなく、彼と同化すること。だから悪羅王の肉体がある限り彼の野望は消えない。しかし それは肉体の奪取が目的ではない。自分の存在が消えても悪羅王の中にいることが無情の喜びらしい。
そうしてラスボスが本性と本願を現わして、いよいよ奈々生と巴衛のターンが始まる。奈々生は口では崇高な目的だと言いながらも悪羅王の人格を排除している夜鳥の目的は強さへの執着でしかないと薄っぺらさを指摘する。そして戦闘面では花を食べて本来の姿を取り戻した巴衛が活躍する。
最終決戦地は火の山。夜鳥は神々が集合する前に大国主の御霊を持って余人の入れない火の山に突入。それを奈々生の命で神使から妖怪に戻った巴衛が追う。巴衛の目的は悪羅王の身体を夜鳥に奪わせないこと。巴衛は悪羅王の魂に導かれるように、唯一無二の悪友の身体に一直線に向かう。しかし それも夜鳥の計算。
そこで悪羅王の肉体争奪戦が繰り広げられ、巴衛は夜鳥が雪路(ゆきじ)の運命を狂わせた張本人だと知り怒りをぶつける。認めていた悪羅王には憎しみを抱くことはなかったが、薄っぺらい夜鳥には容赦しない。
奈々生は霧仁から返還された精気を身体に戻し、火の山での異変を感じて羽衣を纏って天女として かの地に向かう。物語に終止符を打つ真打は遅れて登場するものなのだろう。
