
椎名 軽穂(しいな かるほ)
君に届け 番外編~運命の人~(きみにとどけ ばんがいへん~うんめいのひと~)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
高校を卒業した爽子たち。くるみの前に“運命の人”が――!? 高校卒業後、同じ大学に進学したくるみと爽子。気乗りしない合コンに爽子を誘って参加したくるみですがそこでおかしな男に絡まれてしまいます。そんなピンチを救ってくれたのは「えーじお兄ちゃん」。どうやら爽子のイトコらしいのですが…。
簡潔完結感想文
- 過去2作品の女性ライバルと当て馬の出会い。赤星の作中で3年、現実で13年ぶりの片想い。
- 恋愛の実践経験の差が余裕の差。でも恋愛遍歴は始まりの理由にも こじれ の理由にもなる。
- 三度 2人だけで会って、三度 助けられて、心の在り方を見抜かれて初めて梅は正直になる。
当て馬の成仏は番外編ぐらいが丁度いい 1巻。
何度もピンチを救う本書のヒーロー・赤星(あかほし)が本当に救ったのは爽子(さわこ)と梅(うめ)の友情の崩壊かもしれない。そのぐらい梅の依存は強い。爽子は実はキャパシティが大きいから梅の依存に気づきつつも自分からは彼女を否定しない。だけど依存するけれど反発もして欲しいだろう梅は いつか本当に爽子に嫌がらせを始めてしまうかもしれない。折角 高校時代にマイナスから構築した友情なのに梅は爽子を大事にする余り大事にして欲しくて、大事にされているか確かめるために爽子を傷つける可能性があった。そして嫌われるようなことをしながら梅は本当に爽子に嫌われたら何もかも失い、本当に自分を嫌いになるだろう。
新生活から間もないから順調に見える女性2人の関係は実は将来的な破綻を内包していた。梅が体重を預けすぎて爽子が倒れてしまう前に赤星が登場したのは僥倖だった。赤星のいない世界を想像したら そんな妄想が広がった。


作者の過去作『CRAZY FOR YOU』の読了直後に本書に手を付けたのは全くの偶然。全3巻で感想文対象外だから放置したままでいたけれど作者の過去作と一緒に感想文を書いてみようと思った。でも読んだらびっくり『CRAZY FOR YOU(以下・CRAZY)』の当て馬・赤星がヒーローになる作品だった。実は気づいたのは『2巻』で作者の説明があってから…。初読の時、感想文を書くまでは記憶が定着していないことを痛感させられた出来事だった。
『君に届け』を未読で本書に手を出す人は まずいないと思うけれど『CRAZY』と併せて読んでいる人には各作品の人気キャラの幸せを見届けられて喜びが倍増するだろう。
本書のヒロインは『君に届け』の女性ライバル役の胡桃沢 梅(くるみざわ うめ)。梅は爽子に悪意や害意を向けた自分の過去を背負いながら爽子に依存しているというのが物語開幕時の状態。本書を通して梅は自分の過去や こじらせた性格、そして赤星は自分の過去の片想いを完全に払拭する。
それぞれの作品内では梅の次の恋を描く余裕はなく、また赤星は当て馬として心変わりが許されない状態にあったと言える。両者とも作中で次の恋をしたら非難轟々だっただろう。私は赤星は とんちゃん と恋するかと思ったぐらいだったけれど、梅の方はフリーになった健人(けんと)ぐらいしか相手候補がいないけれど、健人と付き合ったら内輪カップルの究極形だと思われただろう。あやね と健人のエピソードを否定しかねないし。
だから本編の外の まさしく番外編で仕切り直すのが正解だったのだろう。私は連続して読んだから違和感がなかったけれど、『CRAZY』のリアルタイム読者にとっては現実時間で13年振りの復活には驚いただろう(ちなみに作中の赤星は3年が経過しているだけ)。番外編で思わぬキャラや初登場の人とカップルになっている当て馬のエピソードは読んだことあったけれど、長編2作品の余り者(オイ!)が結ばれるのは他に思いつかない。2作品長編を成功させる作家さんが そもそも少ない。自作のコラボ漫画でファンを喜ばせる仕掛けは あったりするけれど、全3巻とはいえ一つの作品にしてしまう(結果的になったようだけど)非常に稀有な例となった。
赤星は梅の性格が自分よりも他者を優先する ≒ 自分を軽視すると考え、そんな梅の爽子への「CRAZY FOR YOU」な疑似恋愛状態からの脱却を目指す。この恋愛スタート時の状況が『CRAZY』における たとえ自分以外の女性と交際することになってもユキの幸せを優先する幸(さち)と同じで、赤星の好きなタイプでありリベンジになっているのが大変良く出来ていると思った。
大学に進学した梅は爽子にベッタリ。これが恋愛や男女関係なく自分が心を許した人への梅の要求のようだ。梅が自分でもウザいと思うほど爽子に体重を預け、それを許してもらうことで彼女の中の自分の位置を確認し続ける。そんな依存体質を自覚しながら こうすることしか出来ない梅に赤星は少しずつ体重を自分の方に預けさせる。それを一気にではなく少しずつ本人に葛藤させるのが赤星の手法。ちょっと言い方は悪くなるけれど釣りのようである。誘導して喰いつかせて引き上げる、この駆け引きや手応えが赤星は好きなのだろうか。
もちろん どちらの作品(特に『CRAZY』)を未読でも一つの作品として読めるけれど、それぞれが抱える問題が分かっていた方が良いのは確か。梅の葛藤や自己嫌悪は やっぱり『君に届け』の流れを知ってこそ深く理解できるだろう。暗く重い部分を物語の外側に置けるのが番外編の良いところかもしれない。本書は とことん恋の素晴らしさを堪能できる。
長編ではなく飽くまで番外編という位置づけだからか過去2作品では見られない手法が採られているように思えた。それが分かりやすいヒーロー行動。『1巻』で赤星は梅のことを三度ピンチから救う。それは一般的に少女漫画でヒーローの権利を獲得する合図であるけれど、椎名作品では初めて見たかもしれない。
また三度もピンチが訪れるのは問題行動をする悪役とも言えるキャラが登場するから。このピンチによって『君に届け』の悪役令嬢とも言える梅が悪役に絡まれることで梅が自分の罪を想起し苛(さいな)まれるのも上手く出来ている。爽子に許されたから罪がなくなる訳ではないという梅と作品の姿勢が良い。
『君に届け』に比べると『CRAZY』の読者は少ないけれど、本書で初めて赤星の存在を知った読者の多くは『CRAZY』を手に取るだろう。大ヒット作の後に自作のコラボ作品を創るのは過去作の良い宣伝になる。
地元から離れた同じ大学・同じ学部に進学し、それぞれ一人暮らしを始めた黒沼 爽子(くろぬま さわこ)と胡桃沢 梅(くるみざわ うめ)。爽子の部屋から近いところに住む梅は毎日のように爽子の家に入り浸っている。
梅は朝から晩まで爽子と一緒。この2人は高校時代に同じクラスになっていないし恋愛を巡るライバル関係から友人になるのも遅かった。それを取り返すかのように大学生となった梅は、千鶴(ちづる)や あやね がいない状況で爽子を独占する。
そんな2人に合コンの話が舞い込み、梅は新しい恋に出会うためと言いつつ自分が爽子を困らせたくて巻き込む。困らせることで爽子が自分に優しいことを確認したい。それは梅の こじらせた愛情。
爽子は恋人・風早(かぜはや)に了承を得て参加するが、正面に座った勘違い男にロックオンされウザ絡みされる。それを梅が助けようとして相手はエスカレート。そのピンチを救ったのが同じ店にいた爽子のイトコ・赤星 栄治(あかほし えいじ)だった。これだと爽子のヒーローになりそうだけど、血縁と爽子には全30巻分の特定の相手がいるので、赤星は梅のヒーロー枠となる。
梅が爽子の家での栄治との食事会に参加する日、合コン男が爽子の家を探っているのを発見する。梅は自力で諦めさせようとし、仕上げが赤星となる。合コン当日も梅がまず ちゃんと友人の爽子を守っているのが良い。
この2人の女性への迷惑行為がきっかけで自然に梅と栄治は連絡先を交換する。食事会でも自然と恋愛関係の話になり、梅は自分の長い片想いと それに付随する爽子への嫌がらせを包み隠さず話す。元・恋のライバルが今は友情で結ばれている話を聞いた赤星は自分の高校時代である『CRAZY』における幸(さち)と朱美(あけみ)の関係を連想したか。


連休になると大学に進学してから初めて爽子は風早に会いに家を空けるという。初めての別離に梅は揺らぐ。依存しすぎだと自覚しながら依存する梅。それを知った赤星は梅に、どこまでも許容すると約束して交際を提案する。
唐突な提案を梅は拒絶。『CRAZY』読者からすると赤星が3年ぶりぐらいに自分から動いたことに驚くのだろう。そして『CRAZY』の頃から赤星は人を外に誘い出すことが得意と言える。梅も赤星のペースに巻き込まれ、実戦経験の差だと梅は思う。だけど赤星の行動は真摯で、軽いものではない。なのに梅側が認めない。それは自分が好意を抱くのが早すぎるという戸惑いからでもある。そんな自分の気持ちを梅は夢という無意識の中に認める。
赤星は梅への攻勢を止めない。もちろん梅が絶対的に拒絶をしていないことを見据えての行動だけど。だから頻繁に連絡を入れる。それは梅が少しずつ体重を預けるようにする訓練のように思える。
いよいよ連休となり爽子が帰省。梅は単独で恋愛に向き合わなければならない。当然、一緒にいる時間が長くなるほど相手のことを知っていく。でも赤星が素敵なら素敵なほど梅は自分に釣り合わないと思う。顔は可愛いけれど心が可愛くない自分は、心が可愛いひとに叶わない。そして優しい人は自分の欠点を見抜く。でも赤星は梅の自分の欠点を自分で非難している状態を見抜く。それは梅の鉄壁を壊すのに十分な言葉だった。
この日の帰りには梅は赤星と別れ難くなっている。ただ赤星が梅を振り向かせようとするのは性(さが)。梅の爽子に「CRAZY FOR YOU」な部分を壊したい。それは幸と同じ性質。具体的な個人名などは出ていないが梅は赤星に過去の恋愛での痛みがあることを確認する。これは いずれ解決しなければならない問題だろう。


一度は別れたものの、合コン男が再び近所に出没して梅は初めて赤星に連絡を取る。ここでも自分の身の安全を軽視する梅。それは上手く人に助けを求められない梅の性格の問題でもあった。
三度目の救出となったけれど、今回の梅は赤星を試す立場で登場を期待した。そんな自分に梅は苦しんでいた。でも それを乗り越えた今の自分を、素直な気持ちを赤星に伝える。それが梅の変化となる。
