
鈴木 ジュリエッタ(すずき ジュリエッタ)
神様はじめました(かみさまはじめました)
第22巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
大国主の魂を奪った霧仁を見つけ出すため黄泉に向かった奈々生たち!しかし黄泉を荒らされて怒ったイザナミ様に黄泉の入り口を閉ざされてしまう…。イザナミのご機嫌取りに伺う奈々生たちと別行動をとった巴衛が、いち早く霧仁を発見して…!?別れに泣ける22巻!
簡潔完結感想文
- まわり道の中に問題解決の伏線や重要アイテムや人物との出会いがある。けど長い!
- ラストと番外編だけが巴衛のヒーローボーナスタイム。それ以外は彼は ほとんど狐。
- 個性豊かな日本の神々と対比すると没個性が甚だしい普通の聖女ヒロイン・奈々生。
もしかして過去編と同じぐらい長いの(絶望)?? の 22巻。
過去編が呪いを解き巴衛(ともえ)の生存を目的にしていたように、今回は奈々生(ななみ)の命の話。この2つのエピソードを経て、お互い生きているだけでいい、という愛情の基本を学んでいく話なのだろう。
でも巴衛の行動には呆れる。そもそも今回の巴衛の狐化は、巴衛と悪羅王(あくらおう)との現在の邂逅を描くためとはいえ、自業自得感が強くて深刻さがゼロ。そのスタートから奈々生の余命問題などにシフトして作品の予想外のシリアスさに面を食らう。巴衛のミスを戻そうと奈々生が文字通り必死に行動するけれど、過去編のような切実さや運命性が欠乏している。過去編の出来が良すぎたのか。
しかも今回のラストでも巴衛は自分の姿を取り戻す方法を その せっかちさでダメにしている。これらは全部 奈々生を愛するからこそ起きる事態なんだけど、こういう余裕の無さが奈々生の巴衛へへの信頼感の欠如に繋がっているのではとも思える。過去編と違って入口がライトだったから すぐに終わるのかと思っていたのに、『22巻』でも何も話は進んでおらず過去編と同じぐらい長そうな予感がして辟易している。この寄り道の間に、これから起こることの事前説明や解決策の手掛かりが提示されているのは分かるんだけど…。


今回も作品はRPG化していて、一人だけ はぐれて このエピソードのキーパーソンに遭遇する展開も既視感が満載。黄泉(よみ)のイザナミのイベントは特にアイテムを入手するための遠回りでしかない。最短ルートを取るのが物語の正解ではないけれど、中盤以降のエピソードは無駄に長いと思わざるを得ない。
また奈々生のキャラ変も気になる。日本の神様は個性的で、欠点も用意されているところが愛らしいのに奈々生だけ完璧な存在になりつつあるのだ。誰も見捨てない慈愛の神のような存在で、彼女だけが誰かの孤独を救えるという展開の連続にはウンザリする部分もある。
また過去編以降、お話がパターン化しているのも気になる。本書における妖怪(直近では沖縄のウナリ)や神々は孤独で、その心に寄り添うことで問題が解決する、という流れが多すぎる気がする。どれほど大きな問題を引き起こしても、奈々生たちの心の温かさに触れるとすぐに転向してしまう。
そのパターンは夜鳥(やとり)と一体となっている黒麿(くろまろ)にも適応され、博愛主義者の大国主(おおくにぬし)が精神世界(?)で黒麿を女性として愛することで事態の打開になる予感がする。ウナリに対する瑞希といい今回の黒麿といい、男性の愛に恵まれなかった存在がイケメンに あっという間に惚れて身も心も捧げようとするホストの良い鴨状態になっているのが気になる。奈々生もそうだけど相手が神でも妖怪でもイケメンに弱いのが女性、ということを繰り返し訴えているのか。愛が根幹にあるのは悪くないのだけど、即席すぎるような気がする。
巴衛のヒーローとしての行動が少なすぎるからか巻末で一気に その成分が補給されているのが笑える。↑で非難した巴衛のラストの行動も、どうにか巴衛を巴衛の姿に戻す作品上の苦肉の策だったのだろう。イケメンに癒されたいのは神々や妖怪だけでなく人間も同じなのだ。
黄泉国(よみのくに)への突入には霧仁(きりひと)が作ったような裏口ではなく正式なゲートを使用して、主要キャラと悪羅王討伐のため戦神(いくさがみ)たち戦闘要員が乗り込む。今回なぜか久々に登場した式神・マモル君は留守番。マモル君(表記が相変わらず安定しない)の浄化技が強力すぎて使用禁止状態なのか。
出発直前の巴衛の回想によって、過去編でも描かれなかった雪路(ゆきじ)の死因が描かれる。血だらけで絶命、という表現があったから予想はしていたけれど巴衛の お気に入りを悪羅王が探し出して壊したというのが真相。雪路は巴衛に感謝して最期に笑顔を見せる。
脳筋の戦神が黄泉を破壊し尽くしながら霧仁を炙り出そうとする。そのことに黄泉国の管理者・イザナミが怒り黄泉の蓋を閉じてしまい光が失われる。こうして霧仁の捜索は一層 困難になったが檻の完成にもなった。
かつてイザナミの部下に無礼を働いた巴衛は(『8巻』)イザナミの宮殿には向かわず単独で待機。そこで巴衛は霧仁を発見。巴衛は霧仁に牙を剥くが、同時に悪羅王が嫌っていた人間の姿になってまで生きていること事実と霧仁の澄んだ目を前に躊躇が生じる。そして霧仁も狐に対して好感を窺わせ、二大妖怪は歩み寄る気配を見せる。
悪羅王は突然変異で生まれた不老不死の妖怪。肉体は永遠に自己再生を繰り返すため死ねない。だからこそ悪羅王は自他の死を軽視する。それは他者への/他者からの愛情が認められない運命であった。巴衛との最強タッグに神々は手をこまねく事態となった。直情型の悪羅王と思慮深い巴衛、気が合わないけれどタッグとして最高の2人は確かに互いを認め合っていた。自分とは違う考え方であることを肯定する、それが2人の関係性なのだろう。
巴衛は それを確かめ合った上で霧仁を殺害しようとした。しかし そこに夜鳥(やとり)が遅れて到着し、巴衛の正体が発表される。その上 夜鳥は奈々生の余命が僅かであることを告げ、事実を認められない巴衛は夜鳥に襲い掛かり返り討ちに遭う。巴衛は崖下に転落し、そこで新たな出会いをする。


奈々生たちが足踏みするイザナミの宮殿での描写は必要なのだろうか。
イザナミは間もなく死が到来する奈々生に彼女の行く末を示す。死者は黄泉に行くが、そこは通過点に過ぎず、地底の湖に入ると人は個の境界線を失う。人は水に還り、その水が地上に新しい命を生む。その還元と循環が命の基本のようだ。
それでも巴衛を遺すことに涙する奈々生にイザナミは自分が巴衛を元の姿に戻すと提案する(どういう仕組みなのか)。けれど巴衛は人間という種族を愛していない。だから巴衛が心から人を愛した時に花が咲く球根を奈々生に渡す。その花を食べれば巴衛は元に戻れる。アバンチュールを楽しむ大国主に依頼するよりも もしかしたら早く結果が出る方法のようだ。
またミカゲは突然変異の悪羅王に進化の水を使って彼の進化を やり直させ、不老不死という特性を除去しようと考えていた。これは悪羅王の命を奪わないで彼に命の価値観を覚えさせる抜け道なのだろう。
長すぎるイザナミの遊びの途中で、いつの間にか奈々生は瑞希に過去で出会ったヨノモリ様の話をしたことになっている。その話を聞いた瑞希の反応が見たかったのに、こういう処理の仕方をされたのは残念だ。やがて瑞希も奈々生の命が僅かしかないことを知るが、やはりミカゲは事情を察していた雰囲気がある。
瑞希は奈々生を助けるために他者の命を奈々生に与えることさえ厭わない。だからイザナミに黄泉の門の鍵を貰い、それを使おうとする。その神使の暴走を止めるのは主であり母のような気持ちの奈々生。彼女が瑞希を追いかけたのは蛮行を止めるためでなく、瑞希を慰撫するため。こういう奈々生の聖女っぷりは少々辟易する。毎回 モブにヒーローを格好いいと言わせるような むずがゆさを覚える。
崖下に落ちた巴衛は少女・亜子(あこ)と出会う。黄泉の厳しい環境の中に亜子を放っておけない巴衛は一緒に行動する。そして小さな狐の身体に亜子を背負いながらイザナミの宮殿に到着する。
そこで黄泉国の蓋を開けた奈々生と再会。そこで巴衛は奈々生の口から彼女の命について聞き、イザナミの球根によって自分の身体が戻る説明を受ける。狐の身体になってしまった『20巻』の進化の水 一気飲みと同じく今回も巴衛は球根が花を咲かせる前に食してしまう。
それでも巴衛は元の姿に戻り、巴衛は奈々生が自分の身体のことを話さなかったことを責め続ける。大事なことを話さないで すれ違って愛を深めるパターンは作中で何回も読んだ。だから逆に2人の関係性が成熟していないようにも見えてしまう。巴衛は久々にヒーロー的な言動をしただけで、やっぱり狐に戻ってしまう。読者への巴衛成分の供給だったのだろう。
「神様はじめました 番外編」…
修学旅行で巴衛が、奈々生の自分と周囲への対応の違いを考えていたように、奈々生は自分とミカゲに対する巴衛の違いを考えていた。そんな嫉妬と甘々な お話。これも本編では お預けの2人のイチャイチャを描くための話に思える。
