
池山田 剛(いけやまだ ごう)
小林が可愛すぎてツライっ!!(こばやしがかわいすぎてツライっ!!)
第10巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
めごに、こばかわ史上最大の危機が迫る! 蒼・十、そして上杉、3人の王子様ががめごを救うべく立ち上がる!! そして・・・ついに明らかになる蒼の眼帯の秘密。激震・激動の第10巻!!
簡潔完結感想文
- 感動を演出する「奇跡の恋」という標語は誰基準の言葉なのか。過剰演出に辟易。
- 与えられたトラウマを克服する機会を与えてもらう。蒼って何もしてなくない??
- 異父兄妹に異母姉妹。乱れた親からの欠落した愛情を補完するのは我らが小林兄妹。
親を悪人にしがちな低年齢少女誌、の 10巻。
今更ながら、十(みつる)が最初に恋をしたのが紫乃(しの)だったのも梓(あずさ)が極端にツンデレだったのも、愛(めぐむ)と蒼(あおい)の恋愛と歩幅を乱すためだったのかと理解した。物語が常に盛り上がるように愛のターンで十には何も起きないようにして、逆に十のターンでは愛に恋愛イベントを起こさないようにしている。だからダブルヒロインやダブル主人公、そして『鈴木くん!!』のような2組のカップルを描く時は、恋愛の速度が変えている。本書の場合は初恋は別の人、素直になれない期間を使っていることに ようやく気づいた。
そして『1巻』の感想文でも書いたけど、本書は作者の過去作を合体させて発展させたような物語だと思う。前作『鈴木くん!!』の4人の群像劇に1人加えて5人にしていたり、過去作の『萌えカレ!!』の異母兄弟設定が蒼や紫乃たちに反映されている。ただし より話を複雑にすれば物語が面白くなるかは別だと強く思わされた。
『10巻』後半で出てくる相関図は、まるで兄弟間の恋愛モノのようである。蒼と紫乃が恋愛関係になり、実は血が繋がっていなかった!という真相に辿り着くための親たちの乱れた関係のように見えた。作中で小林(こばやし)兄妹が陽や聖の属性になっていく一方で、その相手となる人たちには陰や黒といった印象が強くなる。こういう人間関係で5人の群像劇の残りをまとめられても困惑するばかりだ。横の繋がりが示されたことで かえって世界が狭くなっていく印象を受けた。『鈴木くん!!』は4人が主役といえる作品だったのに、本書は小林兄妹と その関係者たちという格差があるように思えた。
そして『10巻』前半は愛と蒼の「半径50センチの恋」から始まった関係がゼロ距離になることを描いている。距離がゼロになるためには蒼が自分の心身の傷を愛に見せる必要があり、トラウマを克服することにより普遍的な両想いが成就する。


蒼のトラウマが消失していく場面は感動的なのだけど、蒼にとって愛が理想的に描かれすぎているし、クドすぎる演出にも辟易した。愛の天然最強の性格からすれば もっともっと早い段階でも蒼を受け入れたと思えるから、ここまで話を引き延ばしただけに感じられた。愛が一度でも蒼を拒絶してしまえば そこでゲームオーバーになってしまうのは分かるけれど、何があっても臆さない態度は現実味を奪っているように思えた。作品に蒼の過去をもたらす知永(ちはる)によって愛が ある程度 覚悟が固まっているという説明も出来るのだろうけど、私には愛が物分かりが良すぎる便利な聖女に見えてしまった。
そもそも愛は蒼に恋をしたら眼帯の存在が気になるはずなのに、そこに少しも頓着しないのが不自然だった。1回 愛が蒼の眼帯のことを聞いて、彼の拒否反応で もう二度と聞かないようにするなどの前置きが欲しかった。素顔を見ても一度も否定せず、ただただ全肯定する態度は妄信しすぎる危険な兆候にも感じられる。
いよいよ作中で十と愛の小林兄妹の地位のインフレが止まらない。作者の過去作でも ここまで極端に強いヒーロ・ヒロインは存在しなかったのではないか。特に裏付けもなく単純に強い彼らは作品のバランスブレイカーであると思ってしまった。
だから今後こじれた梓の心も簡単に解けていくと予想される。何が起きても負けない と思うのは最終盤だけでいいのに、本書の場合 中盤ぐらいから小林兄妹は無敵。乗り越えられないかもしれない困難を乗り越えていくのが少女漫画の醍醐味だと思うけれど、小林兄妹は無敵だから勝ちが確定している。そこにドキドキはない。作者にしては珍しく作中のインフレを制御できていないのが気になった。
また愛が最強の存在になるほど、蒼は何もしていないように見える。以前から男ヒロインの特徴を持っていた蒼だったけど、最後まで自分で一歩を踏み出すことなく、愛に全肯定されることで自分の傷を癒していく。蒼の方にも成長するエピソードがあれば良かった。
そして蒼が男ヒロインだと思うのは彼の美醜は愛に関係がないという点からも分かる。愛と蒼の性別を逆転してみれば一般的な少女漫画の構造が見えてくる。蒼は いわゆる地味で平凡な(もしかしたら容姿が劣っている)ヒロインで、ヒーローの愛と出会うことで心の美しさを評価され低い自己肯定感を覆してもらう。親や友人と上手く関係を築けなかったヒロインがヒーローの登場によって一変するという古典的なシンデレラストーリーとなっている。自分の境遇に苦しんでいた蒼は愛という王子様によって無条件に救われる、そういう話にも見える。せめてもう少しだけ蒼に勇気を与えてくれればと思った。
遂に愛が蒼の眼帯の下の素顔を見る。それを見たのは輩(やから)たちも同じ。彼らは蒼の素顔を「化物(ばけもの)」と揶揄するが、その言葉を聞いて蒼がショックを受けるのを見て愛は言葉を訂正させようとする。その愛の執念に輩は彼女を突き飛ばし、それが蒼の逆鱗に触れる。倒れた愛に手を差しのべようとする蒼だったが拒絶が怖くて触れられない。そんな逡巡する蒼に愛の方から手が差し伸べられる。作中最強の聖女は彼の全ての痛みに共鳴し、彼から離れない、彼が離れないように言葉と行動を駆使して愛情を示す。
愛(めぐむ)の大きな愛に触れた蒼はトラウマと、女性に触れると起こる発作を克服する。ずっと触れられなかった蒼のソーシャルディスタンスはゼロになる。
拉致事件は解決し、気を失った愛は病院に運ばれる。目を覚ました愛の前には蒼がいるのだが、彼は過去の経験があるから愛(めぐむ)の愛が同情だと疑うような発言をする。これに愛は怒りを示す。彼女が蒼に対して ここまで強い怒りを示すのは作中で最初で最後ではないか。蒼の発言は自分と一緒にいることで これから愛を悲しませるという優しい配慮によるもの。その根底にあるのは愛への強い思慕なのである。それを蒼が認めることで2人は心身ともに その距離をゼロにする。
その後、愛は蒼の家で身体の傷を見せてもらう。これは火傷の痕。子供の頃、母親の外出中に出火し、住んでいたマンションが半焼。父親は逃げ遅れて亡くなり、蒼は紫乃を守って火傷を負った。紫乃が蒼のケガに責任を負うのは こういう事情らしい。もともと精神的に弱かった母親は、紫乃の聴覚障害に加えて夫を亡くし息子に傷が残ったことで心が壊れてしまった。息子の存在を否定・拒絶し、二度と触れることはなかった。
母親に捨てられる形となった蒼は叔父に引き取られ育てられた。それが今の同居人である。現在の蒼の唯一の親族である叔父と初対面を果たす愛だったが、遭遇したのが傷を見せるため半裸になった蒼とキスをする直前だったため心証が最悪となる。だが そんな叔父に蒼は愛を将来 家族になる人だと紹介する。叔父は怒りを見せるが、蒼が愛を家まで送った後、甥が一人前の男性になったことを慈愛を滲ませる。
蒼のトラウマが終わった後は、梓(あずさ)の問題に移行する。素直になれない梓と、これまでの関係性から なかなか距離を縮められない十の恋仲に加えて、これまでも親との不和が匂わされてきた梓の家庭問題に着手する。
梓の父親は彼女が通う学校の理事長、そして母親はPTA会長であり教育評論家としてメディアに出演している。世間的には理想の家族のようだが、梓は親たちに反感を持っている。それは両親が それぞれに愛人を持っていることを知っているから。池山田作品は輩(やから)が登場する特徴の他にも、未成年がマスコミに追われるという展開も散見される。
そして両親のスキャンダルで梓が社会的地位を失うことで、彼女に従っていた生徒たちが反旗を翻す。かつて紫乃をイジメていた梓が今度はイジメられる側に回るのは当然の報いか。イジメられる梓の前に紫乃、そして愛が彼女を守るために行動する。


しかし梓にとって紫乃に守られることは屈辱で彼女に食って掛かる。そこにスキャンダルを知った十と蒼が登場。十は被害者に見える紫乃を助けるが、それが梓を悲しませる。走り去る梓を十が追おうとするが、蒼は その前に紫乃と梓が血の繋がった姉妹であることを教える。
蒼と紫乃は異父兄妹という間柄だが、梓と紫乃は異母姉妹という間柄。紫乃は実父である理事長に誘われて この学校に入学した。「高校生になる時」と紫乃は語っているけれど、『1巻』だと紫乃は2学期から転入してきた設定だったと思うのだけど…。
紫乃の実の両親は家の事情で結婚を反対され、お互いに別の相手と結婚して子供を設けた(蒼)。それでも関係を続けて生まれたのが紫乃なのだ。紫乃と梓は同級生なのだから理事長は同時期に2人の女性と関係を持っていたということか。
その理事長は、自分が思い続けた女性を母親に持つ紫乃を優遇することが梓を深く傷つけていた。そして紫乃は それを知りながら実父に愛される喜びを手放せなかったのだった。蒼の話と総合すると幼い頃に父親を火事で亡くしている紫乃だから、父親と呼べる人から愛情を受ける喜びに浸るのも無理はない。
十は梓の孤独を初めて理解し、自分が彼女に愛情を注ぐことを決意する。
