水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第02巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
遠恋中の直彦は、泉との月イチのデートが流れてしまって落ち込む。太一は、片想い中の瑞穂につれなくされながらもアプローチ中。「もう誰も好きにならない」という英二はふたりを見てると気持ちが揺れ…それは何故かというと…?
簡潔完結感想文
- 友人の恋を応援したり、交際の破壊を目論む人を阻止したりする英二は「良い人」。
- 目の前を走る英二や、腕を掴む英二には本物の熱量がある。それを女性たちは察知。
- 涙を含めた落とし物を拾う男子 VS. 偽装交際男子。少女漫画的にヒーローはどっち!?
今回の男性主人公も告白までの道のりは長そうだ、の 2巻。
作者の前作『虹色デイズ』も男性主人公の作品で、彼は特に理由もなくダラダラと告白しない日々が続いていた。ようやく告白するのは映像化とタイミングを合わせるという商業主義的な理由で、それが前作での大きな不満点になった。
そして本書でも『2巻』のラストで男性主人公・英二(えいじ)が恋をしない理由が明らかになり、恋愛成就までの道のりの困難さを読者は理解することになる。どうやら水野作品の男性主人公は自分が動かない理由を探すタイプらしく、その共通点が分かった時、長期戦が確定していく。
同時に英二を主役とした物語的には ようやく『3巻』からが本当のスタートラインであることが分かり、更には英二の悩みを深くする動きも見えてきて、次巻が楽しみでならない。この辺が理由もなく物語が間延びしていた前作よりも改善している点で、そこに作者の徹底的に英二を苦しめようというサディスティックな部分が見え隠れする。
そして本書が面白いのは「本物」が持つ輝きをしっかり描いているからだろう。この『2巻』では3回 そんなシーンに遭遇することが出来て、どのシーンも忘れ難い印象を残している。
1つ目が自分の弱さを克服し、好きな人の前に立った太一(たいち)。彼は池澤(いけざわ)に恋をしながら、何となく事態が好転する甘えた考えを抱いていた。それは彼と池澤の距離が果てしなく遠いことを彼自身が一番 理解しているからで、だからこそ一足飛びに仲良くなるような甘い夢を見てしまう。それでも彼は自分の足で地面に立ち、自分の言葉で池澤への要望を話せた。その結果でも太一は、現状の池澤と英二の距離感ぐらいの近さになれたぐらいで、決して池澤にとって太一が特別になった訳ではない。客観的には小さな一歩だが それだけでも太一は舞い上がるほど嬉しいだろう。『1巻』0話の雪で転ぶ話ではないが、きっと今の太一なら雪に滑ることなく歩き続けられるはずだ。
2つ目と3つ目は どちらも英二である。太一の頑張りで池澤が太一に会いに来る場面で、太一に感化された英二は思わず池澤を迎えに走り出す。そんな彼の走る姿に池澤は目を奪われるのだが、そうなったのは英二が心から太一の幸福を願っているという本物の感情があった。英二は後に「充足感」という言葉を使っているが、心の底から湧き上がる感情に従って動くことが そこに繋がっているようだ。その充足感は当然 太一も感じていただろう。
3つ目は英二が藤村(ふじむら)の行動を阻止するために握った手の熱さにあると思う。藤村は自分を助けてくれ続ける直彦(なおひこ)への恋心を自覚し、彼へのアピールを開始しようとしていた。だが中学時代から見続けていた直彦と泉(いずみ)のカップルの交際が壊れることを望んでいない英二は藤村の邪魔をしようとする。
英二は そこから とんでもない提案をするのだが、その一連の行動に本物だけが持つ熱量を感じた。それは藤村も同じであろう。だから英二の提案を受け入れた。もちろん藤村には思惑があったからでもあるのだけど、英二の持つ熱量が藤村を動かしたのも事実だろう。そして その熱量の高さを藤村が忘れられないから、彼女は英二の心の絡まり方を正確に理解する。この過程が非常に面白かった。
「本気の想いは届く」というのは本書の一つのルールだろう。告白でも提案でも受け入れる/受け入れないに関わらず、本気であれば相手は無下に却下したりしない。それが本気になった人への礼儀である。
英二の場合、『2巻』で2回 本気になったが、それは一瞬の輝き。彼が物足りない日々から脱却するには自分の心と本気で向き合わなければならないだろう。その道のりが長くても、こじらせても、英二が輝きを放つまで見守りたいと思う。
それにしても英二は過去の傷をアピールする「匂わせ男子」で笑える。池澤の前では「昔とは違う」と過去をほのめかし、藤村の前では「しつこいくらい一途な男」であることを匂わせる。英二にとって彼女たちは周辺の人間で、それゆえの油断なのだろうが、女性の前で過去のトラウマを発表することで、彼女たちの気を惹こうというアピールにも感じる。
トラウマは少女漫画のヒーローの資格の一つである。男性側の心の悩みをどうにかしたいと思ってしまうのがヒロインの特性。英二は過去を匂わせることで池澤・藤村両名の関心を買おうとしているのか。
『1巻』でも書いたが この他にも本書には色々とフラグが用意されている。英二は池澤を落下物から守ったことでヒーローの資格を得たし、直彦は藤村の落とし物を拾うことで心優しきヒーローになる。この落とし物の中に、失恋で目から こぼれ落ちた涙も含まれているという解釈は自画自賛したい。更にネタバレになるが『2巻』では偽装交際もスタートする。これも少女漫画のカップル成立フラグである。
少女漫画的なルールを適用すると色々なカップリングが考えられるのだが、果たして どの組み合わせになるか分からない。そういう「お約束」との兼ね合いを考えながら読むのも本書の楽しい部分である。
英二は軽音楽部の太一との約束を果たすため、彼が出演する夏休み中のライブに池澤を誘う。だが主義主張がハッキリしている池澤は音楽のジャンルが好みではないと拒絶。
そもそも池澤に恋をしている太一だが、彼女に話し掛けることすら出来なくて、池澤の中にライブに行く理由がないほどに彼らの関係性は希釈なのである。だからこそ太一は接点を生むためにライブに誘いたい。でも面と向かうと緊張するから、誘ってみるという英二の申し出に乗っかったのだ。太一が池澤に惹かれるのは、文句も言わず委員の仕事をこなす その姿を見たからだった。だが池澤自身は それを美点と思っておらず、そこに自分の意思や優しさがないことを知っていた。そこで太一は自分とは違う物の見方をする池澤に ますます惹かれるのだが、自分との違いを考えると話題選びに悩み、どんどん話せなくなってしまった。そんな距離を少しでも縮めようとしたのが今回のライブだった。
純朴な太一の恋を知って英二は感化される。太一の恋バナは英二にも影響を与え、恋が持つ力について考え始める。
こうして太一のために動きたい英二で、何度も池澤を誘うのだが、それが恋のアプローチみたいになってしまい、事実、池澤は友達から英二に誘われる理由を勘違いされて、池澤も英二からの好意について考え始める。
だが、男同士の恋バナの最中、太一の恋心が池澤に直接 聞かれてしまう。太一が発言する前にチャイムが鳴り、この彼は逃げるように去る。話を了解した池澤だが、彼女の心は動かない。英二にライブに誘われた理由が友達の恋の応援と知っても、自分に応える気がないなら行かない。それが池澤なりの誠実な解答なのである。
そして始まる夏休み。迎える太一のライブ当日。英二は池澤を連れてこられなかったこと、一連の行動で太一を無駄に傷つけた気がすることを気に病んでいた。一緒にライブに参加する直彦は それでも英二が動こうとしたことは伝わって、そして自分も恋愛絡みで英二が動くことを応援していたと言ってくれる。
一方で太一は自分自身に落ち込んでいた。池澤との間に歴然とある距離、それを縮めようとしなかった自分。そんな自分を受け入れてもらいたいという都合の良い考え。だから土壇場で太一は英二に池澤に連絡をしたいと頼み込み、彼女と話す機会を得る。今の自分の気持ち、そして仲良くなりたい、話したいという単純な動機を彼女に伝える。
英二は、心の底に溜め込んだことを話す太一の姿を見て彼の中に勇気と輝きを見る。だから太一は気持ちに応えて欲しいというレベルではなく、本当に接点を持ちたかっただけで、ライブへ来る/来ないを好意への返答としないでほしいと頼む。池澤も太一の心に触れたのは初めてで、彼の口調に熱と真摯さを感じた。だから動く。太一の言葉は池澤に伝わり、彼女はライブ会場に向かうと言ってくれる。
しかし ここで疑問なのは英二の端末では無視・既読スルーの可能性が高いから、直彦の端末から太一は連絡すること。作中の描写や私の想像より直彦と池澤の距離が近すぎる気がしてならない。同じクラスだから連絡先を知っているのは まぁ良いとして、直彦が抵抗なく池澤に連絡しようと思えるほど心理的な距離が近いような描写はない。生真面目を体現するような池澤だから直彦でも連絡は躊躇するのではないか。
英二も 居ても立っても居られず、ライブ会場に向かう池澤を迎えに走る。現実的に見れば英二が動いてもライブ会場への距離は変わらないし、移動速度も池澤の脚力によるだろう。それでも英二は動きたい衝動に駆られる。
そして池澤と合流し、率先して池澤を太一の元に送り届けたいと思う。そんな純粋な応援の気持ちは英二を輝かせ、池澤は追いかける英二の背中が印象的に心に残る。
太一のバンドのライブが始まってから池澤が動いたこともあり、彼の演奏には間に合わなかった。だが2人はライブ会場で向かい合い、太一は池澤に次のライブに友達として来てほしいと言えなかったことを伝える。池澤もそれに応じ、太一が願った接点が出来る。このライブ後から太一は池澤と連絡を取るようになり、彼女が薦めた本を読むことで池澤に近づけている感覚を感じられている。
それは英二にも久々の充足感を抱かせた。そして太一には悪いが、物語的には太一の一連の行動は英二のためにある。太一のために動こうとする英二が何回か匂わせる過去との違い。その過去とは何か、そして直彦の際には感じなくて太一にはあった充足感の英二の中での違いは何か。そちらの方が大事なのである。
その英二の姿勢の変化に気づくのは池澤。彼女は英二の過去を知りたいと考えていた。だが池澤は英二に直接聞けない。彼女の性格からして知りたいことを単刀直入に聞き出すことなど簡単そうだが、何か心理的な躊躇があるようだ。
夏祭り情報を得て、英二は直彦と2人で向かう。
その夏祭りでの道中、池澤が直彦に「昔と違う」という英二の呟きを聞いたと知り、英二の顔は青ざめる。その発言の真意を直彦は知りたがったが、英二はお面で顔を隠し、忘れたと誤魔化して その場を やり過ごす。どうやら その言葉の真意は、直彦とケンカするような内容であるらしい。そして そこから英二の輝きだそうとしていた日常は また曇り出す。充足感が霧散するほど英二は「昔」に囚われているらしい。
ゴミを捨てに英二と離れた直彦は、スマホを落とした藤村に出会う。ジュース、パンときて次はスマホ。藤村が何かを落とせば直彦は駆けつける。そういえば藤村の失恋の時に落とした「涙」でも直彦が側にいた。
以前もそうだったが英二は直彦と藤村の接近を快く思っていない節がある。2人が一緒にいると知り、英二は彼らの間に割って入る。その上、直彦への好感度を口にする藤村を牽制し「邪魔」をするなと忠告する。英二に そう言われて逆に藤村は直彦への好意を鮮明に自覚する。そして そこに英二の許可が必要なのかと彼の言いなりにならないと態度を表明する。
それに対して英二は、自分が直彦と その恋人・泉の友達だから彼らの関係に波風を立てたくないと答える。特に泉の家庭の事情から月一で会っていた時間さえも奪われた2人の中は脆くなっており、英二は一層 直彦たちに近づく藤村を好ましく思わないのである。それは藤村の中に芽生えた恋心と、彼女の頑張るという気持ちの否定に繋がる。そこまで英二に入り込む権利はない。それを承知でも英二は直彦たちの恋を壊してもらいたくない。
だから藤村に交際を申し込み、彼女の行動を、彼女の一番近くで制御しようとする。当然 断るかと思われた藤村だが、英二に握られた手の熱に感化されたのか、藤村は提案を受け入れる。
こうして英二は、直彦と離れた僅かな時間で、藤村を恋人にして連れて帰って来た。ここから始まる奇妙な交際。英二は藤村のペースに乗せられつつ「交際」をスタートする。
その交際で明らかになるのは、藤村の意図。彼女は英二をダシにして直彦との接点を保持しようとしたのだ。直彦に近づける機会を得るため、正攻法ではなく変化球で挑んでいる。藤村は英二に自分への好意がないこと、あるのは敵意であることは承知している。だが英二も藤村を自分の彼女という名目で「束縛」出来る点にメリットがある。相互に一緒にいるメリットだけでカップルになった打算的な二人である。
なぜ英二が そこまで自分の行動を見張るのかを考えた藤村は英二の提案、そして彼が匂わせる発言から、英二の本当の気持ちに気づく。どちらかというと池澤の方が思考力に優れていそうだから彼女の方が英二の心に気づくのが早そうだが、実際は藤村が迷探偵となった。さて探偵・藤村は英二の欺瞞を指摘するのか、しないのか。最終ページの展開も含め、絶対に『3巻』が読みたくなる終わり方である。