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少女漫画と小説の感想ブログです

幸せとは オレの奏でる音が君の耳に届くこと、私の選んだ本が貴方の心に響くこと。

恋を知らない僕たちは 3 (マーガレットコミックスDIGITAL)
水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第03巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

直彦が泉と遠恋中だと知っても、アプローチしようとする小春。泉の幸せを願う英二は、小春の邪魔をするために、小春に「つき合おう」と提案する。そんな時、直彦のもとに突然、泉が現れて、6人の恋はさらに複雑に…?

簡潔完結感想文

  • 一番 会いたくて一番 会いたくない人との、2年前とは違う状況での再会。
  • 自分が好きな物を貴方にも好きになって欲しい=自分を好きになって欲しい??
  • 恋とは相手を知りたいと思う気持ち。その観察力が導く、隠しきれない恋心。

3巻恒例の三角関係どころか六角関係が成立しました、の 3巻。

『2巻』に引き続き、ラストで新たな恋心が発覚する。これで男女6人の全ての恋の矢印が成立した。恋愛漫画としては ここからが本番。
この作品では その人が認めない/隠そうとする恋心に、別の恋心が作用して、その人の心を推定していくのが面白い。例えば『2巻』では直彦(なおひこ)に恋をする藤村(ふじむら)が、自分の直彦への接近を徹底的に許さない英二(えいじ)の動機を考える。友情というには熱量の高すぎる英二の態度を考えた結果、藤村は意外な矢印を発見する。
そして今回は太一(たいち)が池澤(いけざわ)の恋心を見逃さない。悲しいのは太一が それを理解するのは池澤のことを ずっと見続けているからである。彼女の日常との些細な変化、視線に帯びる僅かな熱を見逃さずにいたから太一は本人が口では認めない気持ちに気づく。

あまり隙がなく傍証の乏しい池澤の恋心について、一冊の本が彼女の恋心の象徴となるという展開も素晴らしかった。池澤が間接的に贈った本が彼の心に響いたことを知った池澤が思わず人の目に留まる掲示物に名前を連名で書いてしまう。その衝動に恋のキラメキがあり、そして それが傍証となって太一の推理を補強するという流れが本当に大好きだ。

また感動したのは池澤の想いを知った太一の反応である。彼が願うのは池澤の幸せで、自分の都合の良い幸せではない。例えば太一が普通の人ならば、池澤の好きな人には恋人がおり、それは彼女の失恋を意味する。そこに付け込むことで自分の恋の成就の好機になるのでは、と考えるだろう。だが彼は聖人だから、他者の幸せを願わずにはいられない。私が幸せになってよ、と強く願うのは太一である。


んな太一の清らかさと対極にいるのが英二と藤村の(偽装)カップルである(苦笑) 彼らの態度はダークヒーロー・ダークヒロインと言って過言ではない。

作者が上手いのは、泉(いずみ)の物語への参戦(再登場)の前に、藤村を通して読者に英二の本当の心を知らせる構成。これによって英二の心がモノローグの中でストレートに言葉にされて、もう匂わせることはなくなる。そして、だからこそ切ない。これまでは英二の匂わせ発言は何のことを言っているか分からなくて苛々する部分もあったが、その苛々が一転して英二の痛みの理解に変換されていく。その鮮やかな反転に舌を巻いた。

2年前と同じ時期の同じ再会。だけど2年前と違い泉の視界に まず飛び込んでくるのは直彦。

英二の藤村への冷淡とも言える牽制も酷いが、藤村も なかなかに性格が悪く、しかも英二なんかよりも度胸があるからタチが悪い。直彦の彼女である泉が参戦しても、藤村は積極的な直彦との交流を止めない。それどころか自分たちカップルと直彦たちとのWデートを企画する。

普通に考えれば これは直彦との接点を得るために無理のない提案だろう。だが この企画を立てた時点で藤村は英二の気持ちを知っているのである。それはつまり自分の直彦のアプローチの他に、英二が気持ちを封印している仮面が崩壊して泉に想いを伝えることを期待しているのではないか。こうして英二の行動を間接的に誘導することによって、相手カップルの関係性に二方面からヒビを入れようとしている。

何という悪魔的な考えであろうか。まさにダークヒロイン。腹が黒い。もし本書が泉がヒロインで主人公の作品なら、ヒロインに意地悪を計画した時点で藤村の敗退、そして作品外への追放は決定されただろう。だが本書は群像劇。主人公も英二だから藤村の行動の結果は分からないのが良い。これまでも書いている通り、少女漫画のルールが適用されないのが本書である。女性ライバルの立ち位置で腹黒くても恋愛は成就するかもしれない。

そして英二は泉の登場でテンパっており、藤村の この自分への誘導には気づいていないだろう。藤村が偽装交際だから英二のことを よく知らないように、英二もまた藤村の狡賢さを知らないのである。「恋(人)を知らない僕たち」だから、相手の性格や行動を予測できない。そして そんな2人のチグハグさは違和感となって周囲に伝わっているようである。ダークヒーローとして周囲を欺く英二の嘘が いつ暴かれるのか。まるでサスペンスのような緊張感が生まれる。

ちなみに初読で躓(つまづい)いたのは6人の名前。6人の距離感が それぞれ違うことは、呼び方が違いに表れていると思うが、名字呼びと名前呼びが混在しているので時々 誰が誰だか分からなくなった。特に女性陣。男性陣が ほぼ名前呼びだからか、↑の あらすじ などで女性陣も名前表記で統一しているんだろうけど、作中での登場頻度が低いから混乱する。泉が汐崎(しおさき)だったり、藤村が小春(こはる)、池澤が瑞穂(みずほ)だったりすると誰が誰だか分からなくなる。


休みが終わった新学期初日の朝、英二は小学校時代の泉との突然の別れを思い出していた。4年前の小6の夏休み明け、英二は泉が何も告げずに転校してしまったことを知り呆然となった。『1巻』0話で中学2年生で泉と再会した英二が とても驚いていたのは、突然 消えてしまったかのような泉が突然 現れたという青天の霹靂だったからなのだろう。

そして高1の夏休み明け、直彦が なんだか落ち着かない様子を見せる。そこに もたらされる女子の転校生の話題。それはまるで中2の夏休み明けの再現で、英二は ある予感に囚われる。その予感通り、この学校に転校してきたのは泉だった。中2の時と同じような位置に座る彼女を見つけ、英二は複雑な表情を見せる。なぜなら ずっと仮面で隠そうとしていた気持ちが、今度は隠せないかもしれないから。

だが高1の今、泉は直彦の彼女であって、名前を呼ぶのも、満面の笑みを見せて駆け寄るのも直彦の方が優先される。そこにまた胸は痛む。それでも ずっと変わらない泉の魅力を見つけてしまう英二。夏休みに一瞬 輝いた英二だが、また灰色の日常に戻っていく。
泉を発見する場面、意図的に0話と構図やコマ割りを同じにすることで、2年前とは違う関係性を残酷に対比させているのが上手い。泉の優先順位が違うと痛感した英二の絶望の表情が切ない。


のクラスは太一と藤村がいるクラス。直彦から泉の存在を聞かされていた太一は明るく迎え入れるが、藤村は突然、自分の好きな人の彼女が出現して混乱していた。あわよくば直彦が距離に負けることを願っていたのに、その距離がゼロになってしまえば望みは薄くなるだけ。

英二は直彦と泉から一緒に帰ることを提案され、逡巡を見せるが彼らに押し切られる。こうして久々に3人で並んで帰る。泉は今回の転校は父親の仕事の都合ではなく、祖父の入院が理由だった。転勤族の父親は、泉が半年間 暮らした電車で3時間の土地に残り、泉は母親と こちらで暮らすことになった。これで父親の転勤に振り回されることがなく、それは泉の転校ライフの終焉を意味していた。ここから泉はレギュラーメンバーということだ。

中学卒業後から2か月に1回は直彦に会いに こちらに来ていた頃の泉とも敢えて会わないようにしていた英二。しかし この日から泉が直彦と恋人でいる場面を見続ける宿命が生まれたと言える。実際、初日から彼らのキスシーンを目撃してしまい、精神的に しんどい日々が始まる。泉の転校の可能性がない今、この苦しみは少なくとも2年半続く。

この頃、メンタルをやられた英二は池澤にプライベートで色々あることを匂わす。さながら病みツイートといった感じか。英二は無意識なのだろうが、池澤は彼の匂わせ発言で英二のことを知りたいと思い、興味を持ち出している。


二と違って鋼のメンタルな藤村は1日で自分を立て直し、泉にお近づきの印のWデートを提案する。泉の転校によって、どう足掻いても辛いのなら、変に泉を避けたり嫌うより仲良くなろうとした。英二と同じく、恋人の泉でさえ直彦に近づく踏み台に利用するつもりらしい。確かに この行動は心が強くないと そんな考えには及ばないだろう。

英二は藤村からWデートの話を聞くが拒絶。だが結局、藤村主導で周囲から押し切られる形で その日の待ち合わせに遅れて参上する。これは『2巻』の池澤の状況に似ている。しかし青春の輝きはない。あくまで死んだ目で、痛み出す心を仮面で覆って1日を過ごしている。

あくまでも英二は藤村の暴走の制御が目的。そして藤村が このデートを通して直彦と泉の盤石な関係を見て傷つくことを期待している。

だが藤村は買い物途中に隙を見て直彦をどこかに連れ出す。その行動に怒りを覚える英二だが、それはつまり残された泉と英二が2人きりになることを意味していた。
泉は彼氏の異性との行動を気にしない。それは泉が藤村の気持ちや狙いを知らないから。でも藤村に警戒するべきだと泉に忠告するのは色々な意味で越権行為ではないかという葛藤が英二の中で生まれる。下手に泉を守ろうとすると本人や周囲に英二の泉に対する特別な気持ちが漏れ出そうなリスクを英二も承知しているのだろう。
だが、意外な形で英二の好意は溢れ出しそうになってしまう。


との話の流れから英二は藤村と交際に至った経緯を根掘り葉掘り聞かれる。そして告白の様子を聞きたがる彼女に対して英二は泉の手を取り、あの夏祭りの日の再現をする。それは気持ち以外は あの日の再現なのだが、再現は本当の気持ちがこもっているため、まるで英二の泉への告白のようになってしまう。英二は赤面し、泉は目を丸くする。英二は自分のことで精いっぱいで、泉も平然としているように見えるが、英二の放つ「本物の熱」を少し察している雰囲気も見える。この時の彼女の心境は今は泉にしか分からない。

藤村が直彦を連れ出したのは、1月ほど前の8月10日の英二の誕生日プレゼントを祝う品に助言をもらいたかったから(という名目)。そして これからも相談相手として直彦との接点を持とうとする。
プレゼント選びのために直彦が向かったのは書店。本好きの英二のためにプレゼントに本を薦める。だが実際 どの本にするかは本の知識のない2人には難しい。そこで直彦は本好きの池澤に助言をもらおうと連絡する。池澤への説明として「英二の彼女」という言葉を使うのだが、池澤には寝耳に水。
にしても『2巻』の感想文でも書いたが、直彦と池澤の距離が想像以上に近い。クラスメイトではあるものの、これまで2人きりで会話しているのを見たことがないのに。

英二の恋人情報に動揺する池澤は自分の心の動きに戸惑う。それでも自分の好みの本を直彦を通じて教える。果たして このプレゼントは藤村からの品なのか、池澤からの品なのか難しいところである。そして英二は贈られた本のジャンルに戸惑い直彦に誰のアイデアか聞こうとするが直彦は秘密にする。


澤はクラス内での会話で英二の彼女は藤村という女子生徒だということを知り、無意識に彼女のクラスに足を向けている自分に気づく。池澤は藤村と同じクラスの太一を通して藤村を紹介してもらう形となり、藤村に英二が早速 本を読んでいたという情報を伝える。それに対する藤村のリアクションは英二が「律儀」だというもの。その反応に理解が出来ない池澤だったが「うちらも色々あるから」が藤村の答え。英二といい藤村といい池澤に対しての匂わせが凄い。

池澤は、似たような台詞を言った恋人同士2人のことを我を忘れて推理を働かせる。彼らの関係性を知りたい 分かりたいという欲求だろう。でも考えれば考えるほど、池澤には英二は「毎日 適当に過ごしている」ように見える。その見解は正しくて、そう見られることは英二にとって嬉しいだろう。なぜなら そういう無気力こそ英二が演じている自分だから。

池澤にとって英二は性格も外見も好みの真ん中ではない。ただ同じ本に共感するぐらいセンスは似ている。池澤は間接的に自分が渡した本が英二の心に響いたことを知って喜びを覚える。英二が好むようなジャンルではないことを承知で、それでも自分の好きな本を彼に読んで欲しかったから、直彦への返信に その本を選んだ。それは遠回しな告白のような気がする。自分は こういう世界が好きで、貴方にも それを好きになって欲しい という本を通じた自己紹介 兼 ラブレターだ。池澤は そんな自分の想いが英二に確かに伝わっていることを嬉しく思う。それを恋と呼ぶのではないか。

本を面白いと感じた英二の気持ちは「本物」。彼の素顔に触れた時、池澤の心は波打つ。

2学期の学校イベントは学校祭。これまでは夏休み中のライブが大きなイベントだったが、今度は学園祭。太一がライブに出演すると何かが起こる仕組みなのだろうか。
その太一はライブのあった夏休みの あの日から池澤との距離を縮めるために、彼女が薦める本を読んでいるが、読書習慣がないため頭に入ってこない。同じ本を同じように面白いと思える英二と池澤とは感覚が違うという格差も示されている。図書室での掲示物で2人が同じ本を購入希望していたことから太一は その共通点すら羨ましく思っていた。

しかし池澤の行動には それ以上の想いがあることを太一は見抜く。池澤の視線の先に英二がいること、彼女の視線に熱がこもっていたことに気づくのは、太一がそれだけ池澤を見ているから。彼女が口で何と言おうとも、池澤の心の持ち様を太一は理解する。
太一が良いやつ過ぎるのは、そこで英二に対しての嫉妬や自分の悲しみに囚われないこと。太一がまず思うのは、恋人がいる英二を好きになる「池澤が かわいそう」ということだった。なんて深い愛なんだろうか。

『2巻』のラストでは藤村が英二の恋心に気づいたが、今回は太一が池澤の心に気づいている。こうして6人の複雑な恋の矢印が完成した。その全体像を見渡せるのは読者だけ。果たして この矢印の向きが変わることはあるのか。楽しみである。