水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
中学2年の2学期。英二と直彦の学校に転校生がやってきた。それは、英二が小学校の時に仲良しだった泉。3人で過ごすうちに新たな関係が芽生え…。そして、時が経ち英二たちは高校生になり――。初めての感情があふれ出す、第1巻!
簡潔完結感想文
- 恐怖を乗り越えて一歩を踏み出した者は地に足がつくが、それ以外の者は雪で転ぶ。
- 好きという感情は呪いに近い。好意に背くのも従うのも自分次第で自分が苦しい。
- 2人の男性は それぞれ無意識に(自然に)女性を救い、少女漫画ヒーローの資格を得る。
恋の全体像が見えてこないことが面白い 1巻。
前作『虹色デイズ』に続く作者の連載作品。『虹色』が予想外に長期連載化していったのに対し、本書は最初から長編を前提にした構成となっていて、本当の長編作品と言えるだろう。
本書を高く評価するのは、私が『虹色』で感じていた不満が ことごとく改善されているからである。まさか作者は私の感想文を読んだ!? と時系列的にあり得ないことまで考えてしまうほど(私が『虹色』を読んだ時点で本書の連載は とっくに終わっていた)、欠点のない物語に なっていたように思う。これが作者の真の実力か。
ブラッシュアップされていたのは、
- 変なキャラ設定を個性とするのではなく、思考や恋愛観の違いを個性としている。
- 登場人物たちが最初から仲良かったり、仲良くなる過程を すっ飛ばすのではなく、時に衝突しながら親交を深めている。
- グループ単位で動くことを目標としておらず、6人が最後まで個として存在している。
- 告白のタイミングがメディアミックス戦略によって左右されていない(本書の実写映画化は2021年の完結から3年後である)。
- 誰と誰がカップルになるか最後まで分からない、良い意味での不安定さ。
作者によると本書は「男子高校生のモニョモニョした恋愛マンガ(女子も)」らしい。私は いまいち「モニョモニョ」の概念が分からないけれど、上述の通り 良い意味でジメジメ、そしてウジウジした作品だと思う。
今回、作者は それぞれの恋心の終着地点を ちゃんと用意しているが、彼らの「仲良し」の達成は決してゴールにしていないように思った。特に男女とも同性同士の3人は互いに利害関係があったりして一筋縄ではいかない。だから『虹色』と違い6人揃って行動する場面はない。だけど それぞれの恋と向き合う中で交流し、相手を知っていく。それを一律に友情と呼ぶには関係性に濃淡があるだろうけど、部活仲間のような苦楽を共にした連帯感が生まれているように見える。一方的に自分を押し付けたり、恋という一面的な問題だけで考えるのではなく、広い視野で世界を捉えている感じが好ましかった。
恋が始まったり終わったり、または開始と終了のフラグが乱立したりと『1巻』の中で忙しく話の種が蒔かれていく。ここから どんな恋が芽を出すのか楽しみな幕開けで、そして最後まで この男女6人の群像劇のカップリングが予想できないことが本書最大の魅力だと感じた。
だから未読の方はネタバレを上手に回避しつつ、ラストまで難なく辿り着いて欲しい。本書は読み返して楽しい作品タイプの作品なので、読むたびに発見があるだろう。つまり読んで損はない、ということだ。
また作者が この男女6人を全員を等しく愛し、それぞれの目標を きちんと達成させている点に好感を抱いた。本書は1人1人に思考があって、彼らがそれぞれの意思で動くことで物語にうねりが生まれている。そんなライブ感が良かった。こういう種類の連載作品をリアルタイムで追い続けるのは楽しかったことだろう。
6人を一斉に動かすことが可能になるのは作者の頭脳が大容量とマルチタスクのスペックを持ち合わせているからだろう。登場人物が多くてもエピソードごとに2~3人しか動かせていないのが群像劇の失敗例だと思うが、本書の場合、6人が本当に 良く動き回っている。あらすじ を書くことや状況説明が難しいぐらい刻一刻と事態が変化していくから本書は最後まで面白かった。
基本的には『虹色』と同じ複数人の男女の群像劇で、男性主人公で男子目線なのも同じ。しかし『虹色』が最初から輝く男子高校生の日常を描いた作品ならば、本書は青春が輝くまでを描いており、アプローチの仕方が全く違った。
また色々と事件が起きてもカラッとした湿度を保っていた『虹色』に比べて本書の湿度は高め。湿度の好みはそれぞれだと思うが、私は本書の湿度設定がとても心地よかった。上述の通り、容易にカップリングが分からないのが良い。今回の男性主人公はヒロイン候補の3人と等しく恋に落ちる可能性がある。こう書くと まるで少年誌のハーレム漫画のようであるが、本書は主人公がモテモテ作品ではない。むしろ主人公が、自分の不器用な恋愛感情を通して、周囲の長所や自分の性格の傾向を知っていく物語で、その果てに自分なりに恋を知っていくことが成長の到達点になっている。
私が少女漫画に望むことは甘々な恋愛や溺愛シーンではなくて、登場人物の成長である。どんなに素敵な男性ヒーローにヒロインが愛されても、ヒロインが成長した様子が見えないと嫌だ。誰かと恋をすることは勇気のいることで、その裏には恐怖がある。告白も勇気が必要だし、自分の好きになった素敵な人の隣に立つためには少なくとも相手と同じ程度の成長が不可欠である。本書では正しいことだけが正しいのではなく、時には間違ったり人を傷つけたりしながら、誰もが自分自身を見つめ直していく過程を詳細に描いている点が大変 良かった。
冒頭は「episode 0」から始まる。この話が番外になっているのは、この話が本編の主人公・相原 英二(あいはら えいじ)視点ではなく その親友・別所 直彦(べっしょ なおひこ)視点だからだろう。この短編の登場人物と設定を長編用に再構成したのが本編なのだろうか。そして ある程度「僕たち」の恋愛事情が分かってくる中盤で思い返すと、このエピソードが本編の外に、その最初に置かれていることが重要であることが分かる。この話は直彦と泉の恋物語であるが、間違いなく本編の「episode 0」でもある。
中学から直彦と仲良くなった英二は先輩という属性に弱いが、直接的な行動に出ないまま、その人に恋の兆しが見えると他の先輩に憧れる、ということを繰り返していた。この時、まだ恋を知らない直彦は、行動に移さない英二の気持ちが分からなかった。
そんな中学2年生の2学期、この学校に転校生がやって来る。転校生を英二と見に行く直彦は、その女子生徒が自分と目が合ったと思い、顔を赤くする。しかし目が合ったのは直彦ではなく英二。その転校生・汐崎 泉(しおさき いずみ)は英二と小学校の同級生だったのだ。でも この時の描写から、恋を知らないから直彦は自覚が遅くなったが、もしかしたら一目惚れである可能性も読み取れる。
転校したてということもあり一人で下校する泉に英二が声を掛け、直彦を含めて3人で下校する。特に直彦と泉は同じ町に住んでいるため、英二と別れた後は2人きりとなる。大人びてはいるが口下手の直彦は緊張するが、泉は屈託がなく緊張する直彦に上手に距離を縮めるコミュ力の高さを見せる。そして直彦のことも英二の友達だからか初日から名前で呼び、出会った その日から笑い合えるような関係を構築する。そんな泉の性格を分析し、そして惹かれていく直彦。だから次第に下校の時間が楽しみで、それを待ちわびるようになった。
季節は移ろい、寒さが増してくる頃、直彦の想いは募っていくが、それは同時に泉の中にいる英二の存在の大きさを感じることでもあり、焦りを覚えるようになった。下校の際には2対1で英二と別れる立場だが、結局 泉の人生において直彦は、2対1の存在で自分が途中から合流した身分なのである。その違和感を覚えるようになると泉の口からは英二の話題ばかり出ることが気にかかり、そして そんな自分は泉に恋をしていると自覚する。
こうして直彦は、英二が先輩に憧れながらも告白できないのと同じように、身動きが取れない恋があることを知る。告白することは、0か100かのどちらかを選ぶということ。そこに恐怖を覚えることを直彦は学んでいく。そして泉からの好意を受ける英二のことが親友から羨望の対象となる。
だから直彦は泉の中から英二を排除するために、自分が英二とは違うことを見せるために、彼女に告白し、彼女の頭を自分でいっぱいにしようと考える。
ここで恐怖に打ち克った強さが直彦の強み。そこから1週間、直彦は泉からOKの返事をもらう。そして その時になって初めて英二に自分の恋心を話し、英二は水臭いと怒りながらも笑って祝福してくれた。
不慣れながらも順調に交際を重ねていた2人だが転勤族の親の都合で中学卒業と同時に泉は この地から離れ、電車で3時間かかる遠距離での恋愛となってしまう。この初恋を守れるか、不安に負けないかが直彦の新たな試練となっていく。
この話で雪で転ぶという行為に何か法則性がありそうだけど、なんだろうか。自分の足で地を踏みしめている正直に生きる者は転ばず、自分の弱さを認められない者は転ぶということなのかな。そしてラストシーンで雪で転んだ英二の涙を映して話は終わる。その涙と、その意味に直彦は気がつかないのだった。
続く「episode 1」からは視点は英二に移る。季節はまた移ろい、英二と直彦が同じ高校に入って数か月が経過する。この期間中に英二は背が伸びて、学校内での人気がそれなりに高くなっているように見える。
直彦は遠距離恋愛ながら泉と順調に交際している。その一方で英二は高校生活を楽しみながら物足りなさを覚える。
そんな高校生活では、意外に本好きということもあり英二は図書委員会に所属している。そこで一緒なのが英二に厳しいクラスメイトの池澤(いけざわ)、そして他クラスの気のいい男子生徒・太一(たいち)も同じ図書委員で仲良くなった。そして太一は池澤に惚れているらしい。そんな浮かれた太一と英二は恋バナをするが、英二は自分のタイプを言わない。そこから恋をしていないことが虚無感に繋がっているのではないかと太一に分析される。
様々な方面で無気力なこともあり池澤に怒られ続ける英二だが、そんな彼女を頭上の荷物の落下から英二は守る。これにて少女漫画ヒーローの資格をゲット。そして そのお礼として池澤は突然降り出した雨の放課後、英二を所持していた折り畳み傘の中に入るかを尋ねる。英二は太一を念頭にして遠慮する姿勢を見せるが、池澤が貸しを返したいであろうことも察して一緒に一つの傘で下校する。これで相合傘もクリアである。
太一はそれを遠くから見てしまい、翌朝、英二を呼び出して羨ましがる。それでも太一が実際に行動しないのは、彼もまた告白する恐怖に負けているから。そんな太一の姿に英二は自分を重ねたようだ。そして自分が日々の中で感じる物足りなさの原因に薄々気づいている。
直彦と泉は月に1回、お互いの住む土地に会いに行っている。泉が直彦に会いに行くケースは、英二も近くにいるということになるのだが、英二は直彦に遠慮して泉に会おうとしない。
この頃、英二が池澤のヒーローのように接近している一方で、直彦は1人の女子生徒の行動が気にかかるようになる。いつも大量の持ち物を抱える彼女が落とした物を渡しに行ったことで交流が始まる。その生徒と同じクラスの太一によるとそれは藤村(ふじむら)と言う女子で、彼女は昼時になると大量に飲食料を買い込み、余ったらそれを周囲の人に配り歩くという行動を取っているらしい。
その後 再び藤村が落とした物を拾う直彦は、藤村が彼氏のために大量に飲食料を購入し、用意していることを知る。「偏食家」の彼氏が その日 何を欲しているか分からないので、藤村は全対応できるように全買いしていて、彼女が貢ぎ体質なことが判明する。それは藤村にとって はじめての彼氏で、彼の喜ぶことは何でもしようと言うスタンスからだった。初めてだから臆病になる。両想いになっても苦労は絶えないということか。
そんな藤村の恋愛スタイルを聞き終えて、話題は直彦のターンとなる。この時の会話で直彦が藤村の行動を理解できないように、藤村は直彦の遠距離恋愛が成立していることが理解できないようだ。そして苦労しかなさそうな遠恋をしている直彦が幸せそうに見えることが不思議でならない。
直彦は そこに藤村が誰かと比べて何かと比べて自分が満たされていると思いたい姿勢を見抜く。それを軽く指摘するような発言をすると藤村も心の底では分かっている節を見せる。こうして藤村の落とし物を2回拾うことで、直彦は藤村のヒーローの資格を手に入れたと言えよう。彼女を悩みから救っているのもヒーローの仕事だ。そういう直彦の朗らかさや優しさは藤村が求めるものなのではないか。
そして直彦と藤村の交流は続き、直彦が遠距離恋愛でかかる金銭のために始めたバイト先に藤村がいた。ちなみに藤村のバイトの目的は彼のために大量に購入する飲食料の代金をまかなうためである。
だが そんな藤村の頑張りを無駄にするように、彼氏が他の女性と一緒にいる場面を目撃される。その情報を聞いた藤村が彼氏を問い質すと彼は怒りだし、更には別れを切り出された。食に対するこだわりが強い偏食家ではなく、自分の気分次第で動く 単純にワガママな人間なのである。
それでも藤村は自分が彼を信じられなかったからだと自分を責める。そんな彼女のメンタルを心配し、直彦は藤村のためにバイトのシフトを調整してあげる。これもヒーローの働きだ。それは これまでの交際で藤村が彼氏(もう元カレか)に与えられることのなかった優しさ。彼に好かれたくて始めた行動は彼を調子に乗らせ、いつの間にかに不平等な関係性になっていた。藤村が彼氏に対して疑いを抱いたのは、直彦との会話が間接的な理由でもあった。難しい恋愛をしている中でも幸福な彼が自分の恋に疑問を抱いた。だから藤村は初めて彼氏に疑問を投げかけたのだ。
藤村の落とし物を拾うのが直彦の役割になりつつあるが、今回は彼女の「落涙」を優しく受け止めている。そんな風に自分に親切に声を掛け続けてくれる人がいたら、そりゃ好感も抱くよね、と藤村の心の動きは理解できる。
こうして直彦は藤村とのが近づく一方、頑張って距離を感じさせないように努めている泉との距離が生まれる。恋が生まれては壊れる、そんな予感を抱かせる『恋僕』の始まりである。果たして彼らの恋の行方は…。