水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第09巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
泉への気持ちにけじめを付け、気持ちを新たにした英二。そんな英二に、ふられてもなお頑張りたいとまっすぐな想いを伝える瑞穂。だが、厄介な男子生徒に狙われた小春を助けるために英二と小春の仲が急接近して…!?
簡潔完結感想文
- 学校イベントは分岐点。灰色の日々の象徴の学園祭から、虹色へ向かう球技大会。
- 英二の「呪い」は意外に早く解除される。犯人候補は3つ。オレか お前か 僕たちか。
- 英二も「惚れっぽくて単純」なのか、初恋を終わりと失恋の認知に手間取っただけか。
新しい着眼点で分析してみる 9巻。
この『9巻』で英二(えいじ)が どちらのヒロインを選ぶのかのルートが確定する。読者には やや唐突で登場人物たちの感情が掴みにくい箇所があると正直 思うけれど、これまでのことを分析してみると、このルートを進むのが自然であると納得できる。
今回、作中で英二は自分が考えてこなかった ある人への気持ちに向かい合っていくのだが、英二の盲点は作品自体の盲点でもある。序盤に英二が泉(いずみ)に恋していることが明らかになってから、読者の興味は英二と泉の初恋の顛末に偏っていった。最初に読者を襲った意外な事実(=泉への想い)で読者は英二と泉の関係性にしか注目しない。そこに盲点は生まれる。
※ネタバレになるので注意してほしいけれど、ルートが確定して改めて一から考えてみると確かに本書は ずっと英二と藤村(ふじむら)の交流を描いていると分かる。泉と直彦(なおひこ)に害を及ぼす存在として藤村が登場したのも悪役に近く、ヒロインから最も遠い存在であるのも上手い。そして藤村が英二にとって悪だからこそ彼らが一緒にいる動機が自然に出来ている。2人には悪役と監視者という関係性で説明できるから、それ以上の可能性を読者は考えなくなってしまう。
本書はミステリのような面白さが味わえる作品だから私の好みなのかなと思う部分がある。例えば『4巻』の学園祭での英二の暴走キスを目撃した藤村が、実は英二が そういう行動を取るように仕向けていた黒幕という考え方もミステリっぽいし、英二が表面上の親友3人の関係を壊す破壊神として認定した藤村が実はヒロインという真相もミステリの どんでん返しに近い感覚を味わえた。そして上述の通り、悪役の藤村が実は ずっと英二にとって身近なヒロインだったという伏線を巧みに隠しているのも作者の手腕が光っている。
また残されたヒロイン・池澤(いけざわ)ルートに行かないという材料も既に提示されている。学園祭を経た『6巻』で英二は親友も初恋の人も失い、ただでさえ灰色の日々が より色濃くなった。この どん底の日々で自分への好意を示してくれたのが池澤だ。弱っているところに愛が降り注げば大抵の男性は その人に甘えてしまいたくなる。
だけど英二は池澤に甘えたりしなかった。この時の英二には まだ初恋が終わっていなかったこともあるし、池澤に失礼な言い方になるが英二は彼女は好きなタイプではないのだろう。だから彼女の愛は どんな状況でも受け入れない。例え読書好きで同じ本に共振しても、それで英二の好みになる訳ではないらしい。
そして中学時代から好きになった人=好みのタイプという直感型の英二。彼が目的のためとはいえ偽装交際で藤村と一緒にいることを選んだのは、彼女のことを無自覚に気に入っていたからだろう。それを英二が分からないのは泉という存在が大きくて、自分の行動を自覚的に分析しなかったからである。常にトラブルを抱えているような藤村は英二の盲点に位置していて、恋愛の対象として見えなかった。しかし泉との関係が清算されたことで、英二の視界が開け、そこに藤村の姿が見えてくる。作品を分析していくと こういうトリックが働いていたのか、と分かる。
となると英二は無自覚とは言え同時進行で2つの恋愛を進めているように見える。不純に見える心の動きを弁明するとすれば、英二は とっくに泉への恋心は終わっていた という考えが出来るだろう。英二にとって大事なのは「過去」。直彦が義理を通さなかったことで宙ぶらりんになってしまった英二の告白。だから英二は直彦との対話で過去について語ったし、その後に泉に「好きだった」と過去形で告白することで全てに清算をしている。
この英二の終わらせるための恋心というのは現在の池澤に近いものがある。池澤は英二の新しい恋を見届けてから、自分の恋心に決着を付けたい。それまでは望みがなくても英二を想うことを止めない。後述するが、池澤にとって大事なのは、こじらせてテキトーに生きている英二じゃなくて本来の英二が誰かと恋をするのを知りたいという探求心のような気がする。
何かの終わりは、何かの始まり。それは本書で繰り返し描かれてきたこと。これまで監視者と黒幕、失恋が確定している恋に悩む同病相憐れむ者同士だった2人が、新しい関係になろうとしている。ウジウジしてばかりに思える本書だけど、実は ちゃんと1巻の中で大きな動きがある。意外な真相や展開が用意されているから本書は ずっと面白い。
藤村の言葉を表層的に受け止めて苛々してしまう英二。そんな英二の気配を同じクラスの池澤は察し、何か英二の力になれることを探す。
この前後、藤村が何を考えているのかは太一との会話がヒントになっている。藤村がクラスメイトの杉(すぎ)に絡まれる、かなり分かりやすい彼女のピンチに英二が名乗りを上げないから苛立っているのだ。藤村は英二が自分のヒーローになってくれることを望んでいる。
だから下校時に英二が池澤と並んで歩いているのを見て藤村は腹を立てている。そこから目の前で言い争いをして喧嘩別れのようになった英二と藤村を見て、池澤が気を遣い、英二と時間をずらして下校すると言い出す。それに対し英二は一緒に帰ろうと池澤を誘う。池澤ルートの可能性も まだ十分あるのか、単純に池澤を悲しむ必要がないし 悲しませたくないからなのか、この時の英二の心の動きが いまいち分からない。
この2人での下校時の会話は藤村の話題中心。彼女にまつわるトラブルを聞き、池澤は今の英二を悩ますのが藤村だと知る。これはまるで中学時代の転校直後の、共通の話題だから英二の話をしていた泉と直彦のようである。そして そんな英二の話を事後の情報収集ではなく直接もっと聞きたいと池澤は思う。
今も池澤には英二が恋心ではなく優しさで一緒に帰ってくれているのは分かっている。自分が英二の好きになるタイプじゃないということも理解している。だから池澤は英二に次の恋をしてほしい。もしかしたら池澤は、泉に未練があった頃とは違う、次の恋をした英二に池澤は振られたいのかもしれない。高校からの同級生である後発のハンデを感じることのない、池澤と知り合ってからの英二が選ぶ恋は、池澤にとって完全な敗北となるのだろうか。泉とは違う種目の勝負だったが、今度は同じ種目で勝負が出来るということか。
そして池澤は以前に藤村に言っていた通り、英二と交際したいというよりも、自分の想いが英二に届くことを願っているような気がする。それは両想いを意味する訳じゃなくて、達成感を得られる時点まで頑張るという自己目標になっている気がする。
太一は そんな池澤の様子が今でも気にかかる。私設応援団を辞めても池澤が悲しまない未来を切に願う。
続いての大きな学校イベントは球技大会。学園祭では あれだけの波乱が起きたから今回も何が起きるか楽しみ半分 怖さ半分。まぁ 暴走キスのような手痛い失敗は今の英二はしないと思う。しないと思っていたのだが…。
球技大会の事前練習で自分の現状を直彦に相談する英二。少々 地雷の話題もあるが、この手の話題を相談できる関係になったことが嬉しい。そして直彦は英二の性格や不器用さを理解した上で、ひとつずつ考えればいいと達観した助言を送る。
ずっと英二は考え事をしていたためボールを顔面に受ける。そこで保健室に行き、鼻血が止まるまで時間を潰す。しかし そこには藤村が先客としていた。彼女は杉から逃れるために保健室を避難所としていた。
保健室での藤村との話題も英二の身の振り方問題となる。英二は池澤の想いにどう応えるのか、太一の想いをどう考えるのか、そして自分の気持ちはどこにあるのか。少なくともこの3点を考えなくてはならない。
周囲の気持ちばかり考えていた英二が、改めて自分のことを考えた時、英二は藤村との奇妙な関係について思考を巡らす。藤村は友達か知り合いか悪友か。今の彼らを繋ぐものに どう名付ければいいのか。
英二から見ると藤村の自分への態度は他の男子と随分 違う。それは藤村も同じ。何かと厳しい英二は自分を嫌いなのでは、と藤村は思っている。では英二は本当はどう思っているのか。最良の答えは「放っておけない」かもしれない。
そんな会話中に、勘違い男・杉が保健室に入ってくる。
彼から見つからないように、一つの布団で男女が一緒に入る、修学旅行のようなイベントが起きる。これもまた少女漫画の王道フラグである。そんな王道イベントだからか、英二は しおらしくなった藤村に優しく頭ポンをして、2人は目の前にいる相手を見つめる。その後に描かれるのは2人がキスをした事実だけ。果たして このキスは どちらの意思で、どちらが顔を近づけたかは描かれていない。
両者は戸惑い、藤村はスマホを置いたまま保健室を出て行く。
その後に藤村に会いに行くが すれ違い、英二は放課後になって再度 彼女の教室に向かう。だが彼女は もう学校を出たと泉から知らされる。英二が直接 出向くことに不自然さを感じた泉は英二を問い詰めると、英二の挙動は怪しくなる。英二は 匂わせ男子の片鱗が残っているようで泉に「呪いは解かれた」とヒントを残して立ち去る。だが泉に その話を聞いた直彦は、英二が藤村と呪いを解く=キスをしたことを知る。
英二は藤村のスマホを どうしようかと悩む。取りに来ないのは彼女が自分を避けているからと考え始めた頃、藤村が目の前に現れる。だが英二は すぐにはスマホを返さない。保健室での出来事を話したいから。だが その話題を出した時、藤村の頬は赤く染まっていたことに英二は驚く。
そこにクラスメイトが現れ、話題は中断。この作品は大事な話が出来ない運命にある。学校って そういう場所なのだろうけど、この手の展開が多すぎる気がしなくもない。
英二がクラスメイトと話している隙に藤村はスマホを奪還して去ってしまう。このクラスメイトの藤村の話題から英二は彼女が「かわいい」と表現されることに改めて驚く。英二の前にいる藤村は かわいい よりも表情に感情が出ている時が多く、彼女の容姿を気にしたことがなかった。でも保健室での藤村を見ていたら英二は優しくしてあげたい と思った。もしかしたら自分からキスをしたのかも、と思うぐらい英二は自分には動機があると考える。
そういえば英二は中学時代から好きなタイプがない。好きになった人が好きなタイプなのだ。内面から人を好きになるのが英二なのだろう。
スマホを取り戻した藤村は駅で池澤に会う。ここで池澤の英二の次の恋を応援するという姿勢を知って藤村は、自分のことしか考えないことに自己嫌悪に陥る。池澤が反対方向の電車に乗り込んだのを見てから、英二とキスをしたという爆弾発言をして、彼女と別れる。英二といい藤村といい匂わせ発言をして周囲に余計な気遣いをさせるんじゃないよ。
藤村の中では保健室でのキスは自分から動いたという認識だった。けれど英二への好意は藤村の中で直彦に続いて また横恋慕だと考えていた。池澤の好意を知りながら、英二にキスをした自分は邪魔者で 酷いことしか出来ない人間。せめて池澤にフェアであろうとキスの事実を彼女に告げたのだろうか。その割に追及されないタイミングを見計らっている気がするが。
この際の藤村の回想によると藤村が 最初に英二を意識したのは『7巻』のようだ。駅で泉に八つ当たりをしてしまった翌日の、英二の気遣いが藤村の心に留まった。確かに藤村は「惚れっぽくて単純」。これまで直彦が担ってきた役割を英二が担ったら すぐに彼に恋をしてしまったようだ。
ただし私の読み方で言うと本書は「本物」の感情しか相手に響かない。その証拠に藤村は先輩彼氏が優しくなったと感じても、心は逆に辛くなるだけだった。それは先輩の態度が表面上のものでしかないことが分かっているからなのだろう。反対に直彦に恋に落ちたのも、そして今回の英二も「本物」の優しさを藤村に向けてくれたから、彼女の心に火が ともったのだろう。
そんな状況の中、球技大会が始まる。
直彦は英二が、競技に出場している泉よりも、杉に絡まれている藤村を心配しているのを見て、英二が本当に初恋に けり を付けて、彼の心に別の女性が存在していることを実感する。英二の自覚よりも直彦の方が心の変化に先に気づいている。
前日から英二は藤村にキスについて謝罪を試みるが既読スルー。そして杉から救おうと彼女に連絡しても既読が つかない。
藤村は太一を頼って軽音部の部室に退避していた。そして事前に太一に英二にも居場所を言わないでと口止めしていた。彼女が英二を避けるのは、会ったら英二への想いを口にしそうだから。それぐらい藤村の中で想いは育っている。自分が横恋慕の邪魔者にならないためにも、英二や周辺に この気持ちは秘匿しなければ ならない。
だが その軽音部の部室に杉が現れる。ここは教室や体育館と違い周囲の目がないから これまで以上の大ピンチとなる。壁ドンして藤村の退避ルートを潰した杉は勝手に盛り上がり、キスを迫る。その性暴力の恐怖で藤村が助けを呼んだのは英二の名前だった。
その願いの通り、英二は危機一髪で現れ、藤村のピンチを救う。その直後、杉は球技大会の試合に出るため勝手に退散していく。英二が杉と喧嘩して撃退するという暴力場面は回避される。英二の方が弱そうだし…(笑)
こうして英二は名実ともに藤村のヒーローとなる。タイミングよく英二が現れたのは太一の協力があったかららしい。
そこで英二は藤村と改めてキスの話をする。謝罪する英二に対し、藤村は自分からの行動だと告げ、その動機は単純に顔が近かったからとして誤魔化す。その話を聞き、英二は自分の性格を思い返す。そして一つの結論を導き出すのだが…。
ただしキスに関しては答えが出ないことが答えになっているのではないか。2人の能動と受動が半々。それはつまり2人の想いと行動が一致した共犯の可能性を示していると思う。