水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第07巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
泉と直彦に自分の気持ちを言うことを決意した英二。直彦を前に、英二が語る過去とは…。小春は元彼との関係にギクシャクしながらも前に進もうとするが、泉にイライラをぶつけてしまい…!? 一方、瑞穂も太一に話があると切り出して…?
簡潔完結感想文
- 圧倒的ヒロイン・泉を前にすれば腹黒の黒幕も悪役令嬢に没落してヒロイン失格。
- 少女漫画なんで男性のトラウマ脱却にページを割くし、壁ドンで恋が始まる。
- ずっと友達でいる予感がする人との3年目の初めての伝える本当の言葉・想い。
放課後、学校で開催された暗黒女子会・暗黒男子会、の 7巻。
いよいよ少女漫画の定番である男性のトラウマに着手した本書。一般的な少女漫画なら男性を助けるのはヒロインの役割だが、本書の主人公
・英二(えいじ)にとってのヒロインは行方不明なので独力で立ち直るしかない。むしろ圧倒的なヒロイン力を保持している泉(いずみ)が英二にすることと言えば、恋愛的な引導を渡し、気兼ねない関係の「友達エンド」を英二に義務付けるだけである。
この日、教室では英二と直彦(なおひこ)の男子会が開かれ、知り合って3年以上経過してからの「本物」の交流があった。そして どうやら学校の片隅では泉・藤村(ふじむら)・池澤(いけざわ)の女子会も開催中。どちらも楽しくなさそうな会話をしているのが気になる。前作『虹色デイズ』では初対面でも良好な関係が築かれて、全てが虹色に輝いていたというのに、本書は ずっと薄曇りである。まとまった雨も降らないから その後の虹さえ出ていない状態だ。
おそらく英二たち中学時代の同級生3人において大事なのは「今」よりも過去に対する見解の統一なのではないだろうか。そこから一歩も動けなくなってしまった英二が一歩を踏み出すためにも、彼らは時間を巻き戻す。
『1巻』0話が直彦の視点、『5巻』後半が泉、そして今回 英二の視点が過去を回想することによって、3人それぞれの初恋が描かれる。
『7巻』終了時点で直彦は自分と他2人の回想を聞いて完全体となった。その上で英二が泉に告白することを許可する。英二が直彦に ずっと言えなかったように、直彦にも英二に対して抱える思いや言えなかったことがあった。これまでは互いに一緒にいて楽で、ずっと一緒にいると思っていたが、その中にある相手への羨望や劣等感、そして敗北感が彼らの関係を ややこしくしてしまった。
しかし英二が本音を話す勇気を持ったことで、2人は名実ともに親友となる。真の友情が結ばれるまでが『7巻』の到達点である。3人が目指すのは中学時代に泉が転校してきた2学期の初めから彼らが それぞれに初恋に悩む冬までの あの純粋に楽しかった日々だろう。もちろん泉と直彦の恋愛は継続するのだが、英二が彼らを心から祝福できるようになれば、かつての日々のような笑い合える関係が戻る。
泉が直感したように そのために英二に必要なのは新しい恋だろう。友情の再構築が終われば、続いてクリアすべきイベントは初恋の崩壊。そして そこから一歩を踏み出すことである。英二の灰色の日々は もう出口が見えている。
さて英二が ずっと心に引っ掛かっていた、なぜ直彦は泉への告白の前に自分に恋心を打ち明けて、義理を通さなかった問題であるが、これは鈍感さと余裕の無さの違いだろう。泉を含めて3人に罪があるとすれば、初恋特有の視野の狭さが挙げられる。その人に夢中になっているから自分の周辺の人の気持ちまで考えが回らない。だから自分が誰かに想われているとか、友達と同じ人を好きになるとか その可能性を全く考えない。
それでも直彦ではなく英二だけ告白の前に周辺環境を整えようとしたのは、彼にとって泉への想いは「2回目の初恋」だからではないか。小学校時代、泉が転校して遅まきながら自分の初恋に気づいた英二。その泉が中学時代に再び戻って来たことは僥倖でセカンドチャンスとなる。だから英二は慎重に動いた。
そして英二が直彦への根回しを考えられたのは、彼が嘘つきだからだろう。最初から直彦に好きなタイプを嘘ついている引け目があったから、彼を驚かさないためにも事前説明の重要性に思いついた。長期間、温度変化がありなあがらも温めてきた初恋だから大事にしたかったし、直彦に対する罪悪感が英二の視点を後ろに引かせた。本来、大きな視点で世界を見るのは直彦側なのだが、彼の初恋は急激に熱せられていたし、泉と英二の関係への焦燥もあって その視点が機能しない。
だから直彦の告白は破れかぶれの一手とも言える。反対に英二は恋愛と友情のバランスを考えていた。それなのに英二の方が敗者になることに彼が理不尽さを感じても不思議ではない。
また、もしかしたら英二の余裕は泉に一番 近い男が自分という自負があったのだろうか。自分の告白を泉が不快に思わない訳がない、という勝者の余裕が見え隠れする。実際、色々と周囲を見渡している英二だが泉に振られる未来は予測していない。それは英二が泉の恋愛力を見誤ったという面もある。英二の中の泉は小学生時代とあまり変わらず、恋なんて知らないから、自分の告白に対して戸惑うだけと予測していたのかもしれない。
そして高校生になった現在の会話で、英二は直彦が自分を脅威に思っていたことを初めて知る。それは直彦が英二に言えなかったことだろう。誰もが自分の中の黒い感情なんて人前で吐き出したくない。この直彦の「かっこつけた」部分は英二にとって意外で、そして嬉しいことなのではないか。あの直彦に自分が認められていた、あの直彦も余裕がない。そういう素顔が見えたことで彼らの友情は一層「本物」になっていく。
英二の長い長い一日は続くようで、次に本音を言うのは泉となる、はずだ。
それぞれ玉砕するための告白を提案する英二。だが泉に既に想いが伝わっている状態の英二と、言わなければ直彦に知られないままの自分とは立場が違うと藤村は反論する。そして藤村にとっては今の彼氏と別れ、直彦に振られに行くダブルパンチとなり、愛を渇望する藤村が、全ての愛を一度 消失しなくてはならない。
だから藤村は、英二が口では藤村の痛みの理解者である振りをしながら、欲しいのは共犯者または同病相憐れむ存在なのではと考える。だから彼女は頑なになり、今の彼氏のもとに戻ろうとする。しかし その直後に直彦が顔を出す。大袈裟に言えば会えない運命の彼が目の前にいて、彼が自分を探してくれた事実に藤村の心は浮き立つ。
藤村が去った後、英二は自分の中で声を上げる頑張りたい気持ちに応えるため、直彦に話し合いの機会を設けたいと告げる。その英二に温かい眼差しを見せる直彦が良い。直彦は この瞬間を焦らさずに待っていたのだ。
彼氏のもとに向かう藤村は英二との会話を反芻し、そして一瞬 会えた直彦の本物の優しさを惹かれる自分に気づく。そんな心理状態で、彼氏の家の最寄り駅で一番 会いたくない泉に会ってしまう。直彦の彼女というだけでなく、藤村が一番 欲している100%の愛を与えられている泉に対して藤村は どうしても劣等感を覚えてしまう。しかも彼女は無意識に愛される余裕を醸し出している。
この時の2人は少女漫画の圧倒的ヒロインと意地悪なライバルである。藤村の彼氏の噂を心配する泉の態度を、彼女は偽善的に感じてしまい、泉に対する全てのコンプレックスを苛立ちに変換して泉に ぶつけてしまう。ここでも泉は圧倒的ヒロイン属性を見せて泣いたりせず、自分の気持ちを含めた正論で藤村との本物の関係を構築できるように努めるという。その正しさは、羞恥を覚えた学園祭の直彦の言動に似ているのではないか。
こうして絶対的カップルに2度 敗北感を抱くことになった藤村は、何かがしたいという泉に直彦をちょーだいと願い出る。泉にとって唐突な そして聞き入れられる訳のない話で戸惑うが、藤村もまた自分の行動に戸惑っているように見える。そして そんな自分から逃げるように藤村は彼氏のもとに走る。直彦と泉は正しすぎて、人に劣等感や敗北感を与えてしまう節がある。
それでも英二と泉との2つの会話は確かに藤村に影響を与え、今の彼氏を前にして第三者的視点から彼を分析する。その後 その分析は自分自身にも及び、彼の表面的な優しさに ずっと ほだされてしまう自分のループに疲弊していく。
翌朝、藤村は下駄箱で英二の登校を待っていた。彼氏に別れを切り出したこと、そして泉に酷いことを言ったと泣きながら英二に話し出す。この時、藤村が八方塞がりになったとはいえ英二に相談を持ち掛けている点が今までとは違う気がする。自分の弱いところや醜いところを言い合えるのは英二と気の置けない関係を構築できているから。泉が望む藤村との関係性を先に英二が獲得しているように見える。
今の藤村の泉への複雑な気持ちは英二にも理解できる。中学時代から直彦が ずっとそうだったから。そして そこからの脱却のために泉・直彦との対話が必要なのだ。でも藤村は英二とは別の考えで暴言を吐いた泉には謝るが、直彦には告白しないと言う。今はボロボロのメンタルだから彼を心の支えにしたい。それを失いたくない。ただし英二には、そこが袋小路の入口だということが分かる。その迷路を経験した者として言いたいこともあるが、気持ちを押し付けない。
池澤は英二に振られても あまり変わらない。2人で図書室に歩いている際、藤村が男子生徒から壁ドンされるのを目撃する。どうやら彼氏と別れた情報を聞きつけた男子生徒が、藤村に迫っているらしい。色々あるとはいえ藤村は男関係を切らさない人である。
そこから英二と池澤は壁ドンの話になり、経験のない池澤は壁ドンを所望する。だが英二は やんわり拒否。2人の間の空気は やはり以前と同じという訳にはいかない。ただ池澤的にはノーカウントかもしれないが、実質的な壁ドンは『1巻』で落下物から池澤を守る英二と似たような体勢になっていた。そして その単純な身体的接近が池澤の恋心の始まりとも言えるだろう。
この日、池澤は太一(たいち)と話をする。彼の友人・野島(のじま)に言われたこともあり、太一の自主的な応援団の任を解く。そこで太一は池澤が告白して振られたことを知る。それでも池澤は彼女にとってブラックボックスとなっている英二の過去に触れるまでは英二への気持ちを継続するという。正直な声明だが太一にとっては辛いだろう。ここから しばらく画面上から太一の表情が一切消えるが、それでも彼は最後まで池澤の心配をする優しさに胸が痛くなる。
直彦に時間が出来て急遽 英二との話し合いの場が設けられる。彼の待つ教室までの道のり、逃げ出しそうになりながら英二は直彦と向き合う。突然の話し合いでも逃げないのが今の彼の強さなのだろう。
英二には悩むぐらい直彦に話していないことが たくさんある。おそらく中学時代の核心を避けたいからだろうが、まず英二は藤村との偽装交際を自白する。そして池澤から告白されたことも言う。これは言うべきことなのか?と思うが、直彦と疎遠になって以降の近況を隠さないのも英二が目指す関係性なのかもしれない。また直彦は藤村との偽装交際の目的を探ろうとしない。藤村の恋心を秘匿したまま説明するのも難しいだろうし、直彦が知りたいのは そこじゃないんだろうけど、不必要なカミングアウトから英二の話は始まる。
そこを経由して英二は直彦に抱き続けていたコンプレックスを話す。そして自分の我慢が3人の関係性を壊したこと、その動機に泉への好意があることを伝える。特に直彦が泉の彼氏になってから、直彦と一緒にいることに辛(つら)さが加味されてしまった。
直彦は英二の心が壊れるまで黙っていたことを疑問に思うが、それは英二にとって直彦が大事な人だからだろう。2人の関係は嘘の上で成立していた。それを正常化させようと英二が義理を通し、環境を整えようとした矢先、直彦が先手を打ってしまった。この辺は『5巻』の泉の回想にある通り。
ここから英二側の泉との出会いとの回想が語られる。恋心を明確に自覚したのは泉が目の前からいなくなってから。そして英二は恋心をこじらせて、泉のことをずっと考えていながら、友達たちから好きなタイプを問われた際に、泉と違うタイプを設定した。だが その場にいた直彦は初恋を知らずに好きなタイプが分からない、とキッパリと言い切った。ここで英二は周囲の雰囲気を合わせてノリで答えた自分との差を思い知る。本当は英二も好きなタイプがなく、直彦と同じ感覚。だから2人は距離を縮めて仲良くなり「好きな人が出来たら報告する」と直彦は言ってくれた。だが英二の年上好き設定だけが独り歩きし、英二の方は直彦に本当に好きな人の話を出来ない状況となっていく。1回 嘘をついてしまうと、それを続ける方が苦しい、という実例だ。直彦と好きな人を報告し合うのは約束でもないし義務でもない。だけど英二は変に真面目で頑なな所があるから、この言葉が彼の行動の規範になってしまう。高校から知り合った池澤には想像がつかないだろうが、英二の本質は いい加減ではない。それは無気力な彼の自己プロデュースみたいなもので、本来的には英二は真面目な人間だろう。今後、恋の楽しみを知った英二は、もしかしたら図書委員の仕事も張り切って やり出すのかもしれない。
だが、中2の夏休み明け、泉と再会する。本当に好きな人だけど、それを伝えると これまでの直彦の前ではしゃいでいたことが嘘になってしまうジレンマが生まれる。だから英二は恋心を封印して、単純に直彦と泉の距離が縮まることを期待する。こうして3人は気の合う友人となり、英二にとって最高の関係性となった。
だが気づかないようにしていた泉への恋心が自分の中で募っていく。そうすると下校が一緒の方向で彼女と過ごす直彦が羨ましくなる。焦燥や、泉の転校による過去の失敗があるから英二は泉への告白への道筋を考え始める。
かつては男の子のようだった泉も少しずつ異性の芸能人に興味を持ち始めたことを知り、今なら彼女への告白が正しく伝わると思いはじめた。でも英二の中では直彦も大事で、まず彼に義理を通したい。その機会を伺っていた時に直彦から交際の報告が舞い込んできた。それを英二が裏切りだと感じても無理はない。でも英二は笑って直彦を祝福し、そこからまた嘘を重ねていく。
それからは地獄の日々で英二は悲哀を表情に出さないように努め、一方で その心は こじれていく。英二の無理に直彦は全く気付かなかった。基本的に良い人だが鈍感な面もあるのだろう。
英二にとって突然の告白だったが、直彦は英二のことを考える余裕すらなかった。返事を期待していなかったし、泉を奪われる前に奪いたいという少し乱暴な気持ちがあったのかもしれない。
そして英二もまた泉の気持ちに鈍感で、彼女の中に芽生えていた直彦への特別な感情を見抜けなかった。あれだけ彼女を見つめていても内なる変化は分からなかったのだ。
英二は直彦に失望されたくない。好きなタイプを嘘をついていたことから始まり、こじれてしまった自分も見せたくない。それは英二の欠点「かっこつけたがり」の部分であると直彦は指摘する。
一方で直彦は素直に謝罪する。自分の焦燥が英二を長く苦しめたことを。そういう直彦の実直で誠実な部分が英二にコンプレックスを与えるのだろう。もちろん、そういう直彦だから ずっと一緒にいたい。
最後に英二は現在でも直彦に義理を通す。それは泉への告白。過去に果たせなかったことを果たして自分は前に進める予感がある。だから結果が分かっていても告白したい。そして英二が望むのは以前のような3人の関係。嘘のなかった輝いていた日々の中に自分を置きたい。
学園祭の時のように英二が暴走しないように、そして しっかりと前を向けるように直彦は「呪い」をかける。その準備が整った直後に直彦は泉を召喚しに行く。こういう大胆さと行動力を持ち合わせている性格も英二が直彦に勝てないと思う点だろう。でも きっと英二の中では以前よりもコンプレックスより直彦への尊敬や好感の度合いが高いはずだ。なぜなら彼は自慢の親友なのだから。