アサダニッキ
青春しょんぼりクラブ(せいしゅんしょんぼりくらぶ)
第07巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
体育祭後も、隠岐島への想いが募るばかりのにま。隠岐島もチャラ男・日御崎とにまの関係がなんだか気になる様子。そんななか、日御崎の秘められた過去が明らかになり…! ? ドキドキの番外編<隠岐島中学時代編>も収録! 新世代ざんねんラブコメディー、友・情・上・等の第7巻! !
簡潔完結感想文
他人様の事情に土足で踏み込む青心研の復活、の 7巻。
これまでも何度か部長の依子(よりこ)が その活動内容に躊躇を見せていた青年心理研究会(通称・青心研)という部活。
彼らの活動は、学校の生徒たちのデータを勝手に収集し分析すること。
同意なしに個人情報を集めているのも同じで、
使いようによっては個人のプライバシーを侵害し、
そして弱みを握っての恐喝や脅迫にも繋がりかねない倫理的に問題がある部活である。
とは言ったものの、最近は青心研の活動は少なく、たまり場としての部室があるぐらい。
この『7巻』でも青心研としての活動はなく、各部員がそれぞれに動いているだけ。
それでいて今回の活動は、まことに青心研らしい内容である。
今回の目標は謎の人物、2年生・日御崎 世里(ひのみさき せり)の実像を探るというもの。
2学期になって にま に興味を示し、青心研への入部も希望する彼。
その彼から最近、僅かに感じられる「しょんぼり」の理由を にま が調査する。
だが彼を調査するはずが彼に翻弄される青心研メンバー。
これまでの探偵役・にまが日御崎から受けた心理的ダメージで動けなくなったため、新たな探偵役が動き出す…。
にまが好きな人に告白できるという、これまでとは異なる世界線に移行してから
どんどんと新しい展開が生まれてきているなぁ。
『7巻』の中で七変化の変装をしている 性別も超越する探偵の活躍を堪能あれ。
そういえば日御崎という存在は、
にまが隠岐島への告白という夏休みの「エンドレスエイト」、当て馬の円環から脱した後に現れている。
それまでの にま の経験則では、好きな人に告白する前に相手が自分以外の人と両想いになるのが既定路線。
人を好きになった途端、自分を絶望させる伏兵を生むのが彼女の当て馬体質。
だが、振られたとはいえ隠岐島には告白まで到達し、
そして その後も にまが恐れている隠岐島が好きになってしまう新たな人物は現れていない。
ここでも にま は これまでとは違う世界線に進んでいることが分かる。
そして その分岐した先にある2学期から登場したのが日御崎。
なら 考えようによっては 日御崎こそ、にま の告白によって召喚されし者なのではないか。
彼こそ この世界の新たなる人柱で、新たなる当て馬と考えることが出来る。
この考えを進めると行きつく未来は1つである。
つまり 日御崎が にまを好きになった時が、にま の幸福招来の瞬間ではないのか。
世界線が変わったために、当て馬バトンは にま から日御崎へと渡された。
当て馬の性別が変わり、そして にま の役割も変わった。
事実、日御崎の出現によって、隠岐島の心に変化が起きているように見える。
日御崎の当て馬能力が発動している証拠じゃないか。
なので 現時点で にま が目指すべきは、
一刻も早く日御崎に自分を好きになってもらうことかもしれない(笑)
また別の考え方をするのならば、
隠岐島に告白したことで、彼の前に現れた彼が好きになる人物というのは 振られた にま本人とも言える。
あぁ、何と言う叙述トリックだろうか。
灯台下暗し。
にま が告白することで初めて、隠岐島の心に「好き」の萌芽が現れたといえる。
隠岐島は にまを振ってから彼女の本気に気づき、そして彼女のことを真剣に考え始めている。
隠岐島の前に いつか現れるであろう、まだ見ぬライバルに戦々恐々とする にまだが、
本当のライバルは、隠岐島の中にいる自分なのかもしれない。
にまが日御崎の調査をするキッカケは、
香菜に執拗な嫌がらせをした2年生のテニス部員から依頼をされたから
彼女が高飛車に物を頼む様子は、かつての香菜と にま の姿に重なる。
超強気な女性に絡まれるのが にま の宿命なのだろうか。
彼女が にま を探偵役に選んだのは、日御崎にとって にまが特別だと見て取れたから。
その依頼を受けるために にまが出した条件は、香菜への接触禁止だった。
香菜への嫌がらせは本書の中でも陰湿さはトップ。
本書には運動部への偏見があるように思うが、作者は何か恨みでもあるのだろうか。
だが、日御崎を調査するはずが、かえって翻弄される青心研の女子部員。
日御崎を巡る印象が性善説の にま と、猜疑心の依子の間で違うため、ギクシャクする始末。
そんな中、日御崎の日常での違和感を見つけるのが彼が うろついている大きな病院。
にまが彼を病院で見かけたのは、生徒会長の妹のお見舞い。
盲腸で入院する妹のベッドには『3巻』の水族館内でゲットしたイルカの ぬいぐるみがある。
こういうの小ネタは嬉しいですね。
外来だけでなく病棟をうろつく日御崎と にま との会話の中には、真実が混じっている。
嘘には何割か真実を混ぜるといいと言うが、日御崎は そうして話に信憑性を出している。
この場面は探偵と犯人の会話のようになっているなぁ。
だが依子の持つデータによって、彼の話の齟齬を見つけた にま。
彼を問い質す材料が見つかった時、日御崎は逃走を計るが、
隠岐島(とアニ研一同)の援護もあって、真実を話さざるを得なくなった。
なぜ彼が病院に日参するのか、という謎は ここで明らかになった。
にま探偵、お手柄である。
だが、そうして他人の事情に足を踏み込み続ける彼女に対し、日御崎は「大嫌い」と言い放つ。
でも本書における「嫌い」は興味の証であって、その後に仲良くなる伏線にすら思える。
もちろん これはメタ視点で客観的な結果論。
にま は相応に落ち込む。
しかし言われたのが依子じゃなくて良かった。
自分の過去が大きく関わる青心研の発足と その活動を
嫌いと一刀両断されたら彼女は青心研を畳んでしまうのではないか。
落ち込む にま の姿を見て、隠岐島は彼女の頭に手を伸ばす。
そして許可を取って、彼女の頭を撫でる。
にま の落ち込みを回復させ、胸キュンさせる隠岐島は まるでヒーローだ。
この時、自分に本物の好意を抱いている にま に対して触れることを選んだのが 隠岐島の一つの決断だったのではないか。
これまでのような身体の反射のような優しさではなく、
これまで受動態であった隠岐島が、自発的に動いた初のケースなのではないか。
彼の小さな一歩で、大きな変化だと思いたい。
こうして また通常の世界線とは違うイレギュラーな回が始まる。
日御崎の問題を解決するのは、にま ではなく隠岐島となった。
隠岐島の探偵業は、にま と方法が全然違うのも見どころ。
当人との直接対話、そして情を重視するのが にま の やり方だが、
この 真っ直ぐな やり方が、かつて同じ方法を採り失敗した日御崎の過去を想起させ、彼をイラつかせてしまった。
隠岐島は彼しか出来ない女装・変装を駆使して情報を集める。
まさかコスプレ衣装の数々に伏線があったとは…。
笑いの中にちゃんと布石を打っていく作者が大好きです。
そうして探偵・隠岐島は 日御崎の情報を短時間で集め、彼と対峙し、
いよいよ日御崎という人物の真相が明かされるに至った。
この問題は、きっと同性で、かつ似た者同士でなければ、解決できなかったと思われる。
自己評価が低く、自分からは波や風を起こさない凪の状態でいるのが2人の共通点。
それなのに彼らの周囲は常に騒がしく『6巻』みたいな騒動が起きたりする。
だから客観的に見れば、人に囲まれ、人望があるように見える彼らだが、
彼ら本人は台風の目であり、きっと怖いほどの静寂の中にいる。
自分から熱を発した時、その熱が伝播し、末端で 誰か火傷する人が出ることが彼らは怖いのかもしれない。
だから人から望まれる役を演じて、自己を埋没させる。
日御崎の動機の解明は、この探偵にしかトレース出来なかったのではないか。
だが犯人は自白した後、逃走する。
この失踪に関して、青心研で話し合いがもたれる。
ここでの簸川の意見は、誰しもが抱く日御崎像とはかけ離れているが、
実は誰よりも的確に彼の本質を捉えていることに注目。
「あまり要領のいいやつじゃ」ないし、「人づきあいに変に真面目」、それが彼の本質。
日御崎が物事に深く介入しないのは、介入した自分を上手くコントロール出来ないからであった。
青心研の誰よりも日御崎と接触機会が少なかった彼が、動かずして真相を見抜いていた。
探偵だと思われていた2人は実は助手で、究極の安楽椅子探偵が真打として登場。
簸川さん、あんた何者っすか⁉
ただ これは隠岐島の調査によって真実に近づいたからこそ ぶっちゃけられる真相である。
隠岐島が日御崎の実像に迫らなければ、簸川の説を聞いても依子のように的外れと思うだけであろう。
今回は隠岐島が真相究明に動いたこと自体が事件である。
失踪した日御崎が海をテーマにした店に引き寄せられるのも、彼の心が海に置いてけぼりだからだろうか。
青心研 探偵クラブはアフターフォローも万全で、
彼の心が前を向けるように、手紙の筆が少しでも進むように、
彼を海へ連れていく(強制連行。アニ研は青心研の下部組織なのか(笑) )。
こうして 真っ直ぐすぎるあまり、ねじ曲がってしまった日御崎の問題は解決することになった。
これによって 少女漫画における男性のトラウマが解消されたと言える。
もしかして、これが日御崎の恋愛解禁の合図となるのだろうか。
ただし 上述の通り、当て馬の覚醒は、隠岐島の恋愛と連動している。
日御崎のアプローチは三角関係の始まり、ではなくて、両想いの発動条件なのである。
「番外編」…
手芸部部長と隠岐島の中学時代の話。
現在の手芸部部長が おでこ丸出しなのは彼の助言を忠実に守ってるからなのか。
部長には今以上に もろかった中学時代の隠岐島を否定せずに、
彼を前に進めてくれたことに対して、ありがとうと言いたい。