- 作者: 戸松淳矩
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/06/10
- メディア: 文庫
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両国から本所、深川にかけて数多ある相撲部屋。そのとっぱずれに位置する大波部屋には中学時代の同級生が入門していて、身内みたいに贔屓にしているのも当然だが、そこを舞台に驚天動地の事件が相次ぎ、お陰で作文だって三枚以上書いたことがないというオレが、その顛末を書かされるハメになってしまった…!? 軽快なタッチで描く、戸松淳矩の記念すべき本格推理長編第一作。
「名探偵シリーズ」三部作の第一弾。別名「江戸っ子ミステリ」だろうか。「江戸っ子」を辞書で引くと『いなせで、さっぱりとした気風や、歯切れがよく、銭遣いがきれい』な反面、『浅慮で、けんかっぱやいところが特徴』とある。本書はそんな江戸っ子の気質を継ぐ高校生が書き手という事もあり、とにかく文章の歯切れが良い。作中の事件にあまり現実味がないからか、江戸っ子の集まる町だからか、事件が連続しても作中が湿っぽくならないのだ。皆言いたい事を言ってるから疑心暗鬼や陰険な雰囲気もない。まさにさっぱりとした気風だ。ただし「本格推理」とか狭義のミステリとかを念頭に置くと、謎解きで肩透かしを食らう。オチはちゃんと用意されているのだが、最後の10ページに駆け足で大雑把に真相が語られるだけ。あまり理詰めとは言い難い。まぁ(本書のような秘すべき)真相を長々と書き連ねるのは、江戸っ子としては野暮ってもんなのかもしれないが。
何と言っても序盤のスタートダッシュの疾走感が心地良い。マンション建設問題で揺れる下町にある弱小相撲部屋に大砲が落ちてきたかと思ったら、毒物混入事件が発生し、何者かが弓矢で人を射る。これがたった数十ページの中で立て続けに起こる。そんなお祭り騒ぎが一段落したかと思ったら、次は事件にある共通点が浮かび上がる。それが事件内容と酷似した連載時代小説。ミッシングリンクが繋がった瞬間に新たな謎に繋がる粋な構成。この怒涛の展開には読者も登場人物も事件に翻弄され忙しく駆け回るばかりだ。更にはこれまで死者の出なかった事件に対し、連載小説では大量の犠牲者が予告され…。
しかし全体的に「浅慮」といえば「浅慮」だ。確かに展開の速さに目を奪われるが、それは事件の本質から巧妙に目を逸らされているという事でもある。なかなか腰を落ち着かせて考えないし、推理という推理も少ない。皆(例え事件の被害者であっても)、余り深くは考え込まない体質なのだ。主人公が繰り出す唯一の推理は逆に真相に近すぎて、謎解きの面白さを奪っていた。考えれば分かってしまうぐらいの真相なのだ。更にはその事件の真相も机上ならぬ、紙上の空論というか。突拍子もない事件を一つの線上には結んではいるのだが、余りにも絵空事といえば絵空事になっている。人情ミステリとして幕を閉じ、終わり良ければオールOKとでも言うべく大団円風味だが、実際の事件はかなりの犯罪だ。驚愕するほどスケールが大きいようで小さい事件だが、その回りくどさが消化不良にも繋がった。
面白かったのは『銭遣いがきれい』な江戸っ子の気質を試すかのような中盤からの事件。ミステリには発想の転換は数あれど、こんな事件は初めて読んだ。こういう部分こそ中学生の時に読んだら忘れられないだろうな、と思った。
気になったのは名探偵(の助手)トリオだと思いきや、書き手である主人公だけが目立っている点。いや、主人公にしても影が薄い。事件が主役って事か…?