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詩歌の待ち伏せ 1 (文春文庫)

詩歌の待ち伏せ 1 (文春文庫)

“本の達人”北村薫さんが人生の折々の詩歌との出会いとその後のつきあいをていねいに描くエッセイ評論。三好達治石川啄木塚本邦雄佐佐木幸綱石垣りん松尾芭蕉、五島美代子、西條八十などの著名人とともに小学生や三歳の子供を含む無名の書き手も登場。博覧強記の著者のフレンドリーな個人文学館。


思い返してみました。私が最後に詩歌に触れたのはいつだろうか、と。少し情けなくなりました。私の詩歌アンテナは何も受信していない事に。比較という行為すらおこがましいですが、北村さんの精神と私の精神の果てしない距離を感じました。
本書は著者の北村薫さんが詩歌に「待ち伏せ」された体験談を基にその詩歌の解説や持論を展開したり、浮かんだ疑問を丁寧に紐解いていくエッセイです。しかし北村さんが詩歌に出会うのは何も書籍媒体だけではありません。味噌の袋、テストの出題、大学の講義机の落書き、デパートの書道教室の展示会などなど生活の中で、日常の中で「待ち伏せ」にあっているのです。
そこで情けないのが日常的な「待ち伏せ」を私が素通りしてしまっている事実です。詩歌との出会いが少なかった私には再会の機会もまた少なく、その負の連鎖が私と詩歌の関係をまた疎遠にします。一つの出会いが後々に人生をより豊かなものにしてくれるかもしれないのに、詩歌は私を待っていない。しかし、本書が新たな「待ち伏せ」のきっかけになるかもしれません。
そんな詩歌経験値ゼロの私には紹介される詩歌やエピソードも理解できる箇所と、難解を極める箇所がそれぞれに存在しました。そんな中でも特に印象に残っているのは「六」の佐佐木幸綱のセロリの短歌。同じ短歌でも視点や時間軸、物のイメージという光を当てる事によって違った輝き、またその裏に影が浮かび上がる面白さ。行間すらないのに見える世界の風景は無限にある。
また本書を通じて考えたのは詩歌は一瞬を詠むものであり、人生を詠むものであるという事でした。本書の中でも詩歌を通じて北村さんの想いは時間や立場を越えている。ある時は二人の娘の父であり、ある時は父母の子供であり、父母を亡くした大人でもある。詩歌に込められた永遠の時間を強く感じました。
私が本書で最も感銘を受けたのは詩歌よりも、北村薫という人の読書に対する姿勢とその精神です。特に「十一」のエピソードは北村さんの、文章と自分の感情との付き合い方が良く表れています。ある文章から著者の意図しない反応をした北村さん。個人的にはその文章に納得が出来ない。しかし北村さんは『問題は、こうして起こる読みに値打ちがあるかないか、なのです』『《言葉を読んで文章を読まない》類いのものだから、価値がない』と感情に流されず理性的に判断します。
この姿勢は私も倣いたい。特にこのサイトの様に感想を人様に公表する場面に置いて、常に心掛けていたい姿勢です。たった一つの瑕疵・個人的な拘泥に執着し、長所さえも否定するような真似はしないようにしよう、と肝に銘じました。

詩歌の待ち伏せ1しいかのまちぶせ   読了日:2008年03月23日