
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第10巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
小枝理子たちの高校生バンド・MUSH&Co.が、ついにCDデビュー。ひょんなことから曲を提供したクリプレの心也、彼氏の小笠原秋、バンドのメンバーたちと理子の自宅でバーベキューで祝うことに。だが、デビュー曲のデイリーランキングは21位。「Mステで仕掛けるしかないか」プロデューサー・高樹は理子たちのTV初出演を起爆剤にしようと考える。そして、Mステ生出演の日がやってきた!
簡潔完結感想文
- 億単位の年収で9歳年下のJKが自分を好きになると思っている恋愛不適合者の25歳男。
- 自分の悩みは吐露するが親友の悩みを察さない秋。そんな彼に苦言を呈す仲間じゃない心也。
- デビュー日より大事な音楽番組出演の日。一つ目のサビなんだろうけど、そこまでが冗長。
誰にも怒られたことのない25歳児の気づき、の 10巻。
作中の時間の流れが遅い。この『10巻』では3日しか経過していない。その3日の中に理子(りこ)たちMUSH&Co.のデビュー日があったり、初めての生放送の音楽番組出演があったりと充実した3日間なのは確かだ。でも そこまで辿り着くために何巻も消費しているし、音楽番組のシーンは次巻mで続く。
作者は この音楽番組が作品と言う一つの曲の最初のサビとして用意しているようだ。そこまでで10巻分使うとは周囲の手厚いサポートが無ければ絶対に出来ない贅沢な話の運び方である。恋愛的には盛り上がりに欠けて何が描きたいのか、どこを盛り上げようとしているのか読者は戸惑いを覚えるのに何だかんだで読んでしまうのは作者の筆力の高さだとは思うけれど。
一つ目のサビは鬱屈したエネルギーの解放に使われる。そして そのためには鬱屈を集積しなければならない。茉莉(まり)や寺田(てらだ)を「悪役令嬢」に仕立てるターンが非常に冗長。彼女たちが嫌な人間であるほど理子は自動的にシンデレラポジションに収まる。作中に悪意があれば それに対するヒロインは自然と良い人に見えてくるものなのだ。
もしかしたら それは秋という存在も同じ。その幼稚性から無自覚な俺様ヒーローになっている秋もまたシンデレラをイジメる「悪役令息」なのかもしれない。状況に振り回されている限りヒロインは応援してもらえる。
そして この『10巻』はヒロインのデビューの他に もう一つ大きな節目がある。それが秋(あき)の自覚。今回、秋は自分が天才であることを しっかりと自覚する。それは自分が人間として欠如している部分と引き換えに与えられた才能であることも理解しただろう。
そして秋に その自覚を促したのは心也(しんや)だった。秋と出会ってからの7年間、彼は秋の代役に徹し、CRUDE PLAYと適切な距離を維持し続けてきた。しかし今回、心也は自分が秋と同じ作曲家という土俵に立って見て秋の存在の大きさ、自分の彼への鬱屈した感情の大きさに向き合う。心也が秋に対して剥き出しの感情をぶつけることになるのは初めてで、それは この7年間の嫉妬の蓄積と我慢の限界を迎えたからだろう。
私は秋の才能の自覚よりも、作者は心也が秋に苦言を呈すという状況の方を描きたかったのだと思う。これまでの秋は勝手が許されていた。巻末の番外編「カレは餃子を愛しすぎてる」に描かれている通り、幼なじみの瞬(しゅん)は秋のCRUDE PLAY脱退に思うところがあったはずだけど、父親の期待を裏切った秋が落ち込んでいるのを見て、自分の気持ちを呑み込む。


それと同じようにナイーブな天才である秋に周囲は自分の意見を殺してきた。瞬は いつだって人間不適格の秋に優しい言葉で語りかけるし、心也も これまでは秋の性格の問題を指摘しなかった。そして高樹(たかぎ)は自分の作曲家としてのセンスを秋によって蹂躙されても、そのプライドが破砕されたことを彼の前では出さなかった。それは高樹もまた音楽の世界の住人で、秋の才能を世に出すことが自分のプライドよりも重要だと思い、その意思を徹底できるだけの強さがあるからだ。
そうやって伸び伸びと活動できる環境を整えてもらいながらも、秋は自分が被害者だという意識を忘れない。被害者意識が秋の音楽の源泉であり、そこが彼の傲慢の原罪でもある。それを初めて心也が指摘する。理子も含めて秋の性格的問題を初めて指摘できる存在、それが心也なのだ。これは作者が描きたい2人の男たちの相克の一つのサビと言えるだろう。
ここまで作中で最悪になっている秋の性格は これで少し改善されるのだろうか。私は秋は天才肌の人に見られる障害を抱えている人だと思っている。じゃなければ ここまで他者の気持ちを理解できないことに説明が付かない。自分の特性と向き合って秋が変わっていくかを今後は見ていきたい。
でも秋が人格破綻者だとすると、不思議なのは茉莉は秋のどこを好きになったのか、どんな交際をしてきたのかという点。この後も茉莉の複雑な事情が明らかになるけれど、そうであるならば いよいよ茉莉は秋に ここまで依存するような性格じゃないように思える。私の中で秋と茉莉の交際模様が全く描けないので、2人の関係は ただの設定に過ぎないように思えてしまう。茉莉が非常識な言動を繰り返す秋に呆れて、別れを切り出すという流れしか思い描けない。理子からの好意もいまいち分からないし、本書における女性からの好意は音楽的才能で万事 解決してしまうものなのだろうか、と思ってしまう。以前も書いたけれど、男女間の恋愛は男同士の関係の濃密さに比べると心理描写が浅い。
9歳の年齢差があっても恋愛初心者のような2人は交際相手との距離感が分からない。秋は自分がフラれないように年収で釣ろうとしている。これは金額に秋の自負やプライドがあるようにも聞こえるし、何より理子が お金で意見を変えるような人間だと踏んでいることが失礼だ。そういう秋の天然爆弾を本人は いつになったら気が付くのだろうか。
理子はデビューとスタッフの心遣いを受けた喜びを秋と共有したいと思っていた。けれど その共有と表裏一体の嫉妬がある。
でも その気持ちは秋も同じ。理子を取り巻く現状は秋が最も望んでいなかったもの。そのまま秋は理子との出会いがヤケであったことを暴露してしまう。最初に自分の罪があるのに理子の些細な言動で同罪だとしようとする秋の幼稚さには溜息が出る。その後の露悪的に振る舞っているような秋の発言も何を狙ったのか理解できない。
自分の野性を見せたかったのかと思ったら、後に この発言が口説き文句だということが判明。天才の発想は凡人には理解できないということなのか。瞬のフォローがあって初めて秋は人として機能している。茉莉の時も こうやって逐一悩み相談していたのだろうか。そして このように瞬の悩みを無視し続けていたのだろうか。父親が社長を務める会社の跡取り問題に加え、秋は自分の関心事がCRUDE PLAYから理子に移っていることも瞬の悩みになっていることに秋は気付かない。


理子に すがりついたと思ったら、今度はプロ意識を説くような男に理子は幻滅して当然だ。さっさと初恋とか初めての交際とかの幻想から逃れられれば いいと思う。
これらは生放送の音楽番組出演前の理子のメンタルをグチャグチャにするためのシーンなんだろうけれど、秋の行動が本当に意味不明。10巻も彼を見続けていて恋人として良いところが何もない。憧れない恋愛を ずっと描かれても困る。
そして もう一つ音楽番組出演の前に立ちはだかる問題が寺田(てらだ)。心也に会うためなら何でもしようとしているが、心也に会ったところで勝ち筋が見えない。会えば彼の方から自分を見初めてくれると思っているのだろうか。
そこに心也が登場する。偶然にも寺田の願いはノーリスクで成就した。けれど思いがけない出会いに寺田は委縮。そこに心也の目的が理子のデビュー祝いだと知って憎悪を燃やす。
デビュー祝いに心也は抱えきれないほどの花束を持ってきた。それは秋が瞬に助言されても恥ずかしさで買えなかった物。自分のキャラとか自意識とかを優先する時点で秋は冷静で理子に夢中じゃない。それでも夢中だという表現方法が花束なのに、その意図を理解できない。文脈が読めない頭の悪い人間である。
秋は心也に何度目かの先を越された行動でスネる。そういう秋の幼稚さをかわいいと表現してくれる理子に秋は感謝しなければならない。私は完全に幻滅している。
一同は理子の父親が主催するバーベキューに参加。芸能人3人が路上でバーベキューをすることはプロ意識が欠けていないのか秋に聞きたい。そこで理子が心也と彼氏らしき謎の男性と親しくしているのを見た寺田は秋の姿を撮影する。
MUSH&Co.のデビュー曲の初動は思わしくない。高樹は それを憂い、茉莉は それにほくそ笑む。
心也も順位を知って腐っていた。そこに秋が自分の領域である理子に色目を使っているから腹が立つ。だから秋が高樹のゴーストライターとして仕事をしながら、高樹の音楽を無自覚に否定していることを初めて指摘する。
秋が腐って仕事をすることでプロデューサーではなく音楽家としての高樹の切り刻んだ。そこには自分以外の音への敬意がまるでない。その傲慢さを心也は責める。けれど秋は自分の過失に気づかされながら同時に新たな曲を この世に誕生させていた。反省すべき時に新しい音楽が生まれてしまう。それが自分の天賦の才能なのだと秋は自覚する。
生放送の音楽番組出演にレコード会社社員・長浜(ながはま)は神経質になる。長浜は高樹の事務所の人じゃなくさせたいのだろうけど、実質マネージャーみたいな立ち位置になっているのがチグハグ。以前の理子の深夜放送見学(『 巻』)ではマネージャーらしき人がいたのだけど、どうも長浜の兼務に見える。
理子は このテレビ出演でアイドルグループ・快刀乱麻(かいとうらんま)の柴田 健吾(しばた けんご)、通称・シバケンと知り合う。描き分けに難がある作者による新キャラで、秋と同じ黒髪だから この後 何度 混同することになるか分からない人である。本当に作者に(作画的に)群像劇は厳しい。そして その立ち位置も よく分からない人。心也ではなく、正式に恋愛的三角関係を成立させたかったのかもしれないけど、この後の物語は理子を軽視していると思われかねない展開になるから別にいなくてもいい。新イケメンを投入して読者を繋ぎ止めたかったのだろうか。
秋は茉莉の曲の作曲者としてスタジオに顔を出す。ただ それは建前で理子に会いに来た。それは理子を喜ばす一方で茉莉を傷つける現実。秋は本当に どれだけの人を傷つけるのだろうか。関係者の前で身体の後ろで手を繋ぐ この2人の秘密をシバケンが察知する。これで当て馬になったということなのか。
