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1950年のバックトス (新潮文庫)

1950年のバックトス (新潮文庫)

一瞬が永遠なら、永遠もまた一瞬。過ぎて返らぬ思い出も、私の内に生きている。秘めた想いは、今も胸を熱くする。大切に抱えていた想いが、解き放たれるとき…。男と女、友と友、親と子、人と人を繋ぐ人生の一瞬。「万華鏡」「百物語」「包丁」「昔町」「洒落小町」「林檎の香」など、謎に満ちた心の軌跡をこまやかに辿る二十三篇。


一編が最短3ページ、最長でも20ページほどの短編が23編入った作品集。
相変わらず北村さんは「生きること」を描くのが上手い。人が生きるという事は、他の人との繋がりが出来るという事であり、人の生は時間の中に存在する。23の短編の中には23の関係と時間が存在する。友達・親子・夫婦・恋人、知り合ったばかりの人から何十年と連れ添ってきた人まで。心冷える話から温まる物語まで。とても短い物語ながら、その中には人の生きた時間と関係が確かに存在する。
大まかな傾向としては、だいたい発表年順に並んでいて前半は北村流ホラーが多い。「恐いもの」を直接書かない恐さが奇妙な余韻を残す。中盤は人生の一瞬を切り取った作品が多い。しかし一瞬だけ切り取っているようでで、その物語の前後がちゃんと読み込める。後半は大切な人の話。表題作の「1950年のバックトスも素晴らしいが、個人的な趣味で1編選ぶなら「林檎の香」が一番好み。
全23編なのであらすじを省略して感想のみを1,2行ずつ。それでも長くなりますが。

  • 「百物語」…今とは少しだけ作風が違う。今夜は眠れない、夜更けのカフカ
  • 「万華鏡」…隣の席に座った人を好きになるように、好きになるのだろうか。
  • 「雁の便り」…目には見えなくて一番恐いもの、それは人の心なのかもしれない。
  • 「包丁」…正直言うとよく分からない短編。付喪神の一歩手前か。
  • 「真夜中のダッフルコート」…本当の「日常の謎」の北村流解釈。衝撃のラスト。
  • 「昔町」…クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲(笑)
  • 「恐怖映画」…人の親になるって、新たな視点での発見の連続だと思う。
  • 「洒落小町」…男女の、夫婦の機微。駄洒落は幸せな生活の必需品なのかも。
  • 「凱旋」…思い込みが解けた時、新しい風が吹く。見える景色は一変する。
  • 「眼」…弱さを愛した女性の強さに触れた時。プライドを賭けた危険な演技。
  • 「秋」…この短編もよく分からない。ある愛のかたち、なのかしら。
  • 「手を冷やす」…全てが自分の後方に押し流されるような、そんな悲しい直感。
  • 「かるかや」…「織部の霊」に通じる連想の謎。掴めない感覚を掴めるのが凄い。
  • 「雪が降って来ました」…これも男女の機微。仲直りの仕方にも人間性が出る。
  • 「百合子姫・怪奇毒吐き女」…これ大好き。全6ページの中に彼の純情とコミカルな結末がある。恋は盲目、姉に幻滅。この恋の行方を是非とも知りたいなぁ。
  • 「ふっくらと」…遠く遠く離れていても、心はいつも近づけることが出来る。
  • 「大きなチョコレート」…最後の一文でこの夫婦の温かな関係性が分かる。
  • 「石段・大きな木の下で」…時計物語。夫は知らないんだろうな、妻の気遣い。
  • 「アモンチラードの指輪」…初出は結婚情報誌。結局、指輪買えよって話(笑)
  • 小正月」…母が病床で呟く「…なります」の謎。父母や祖父母にも当然ある過去の出来事。過去から途切れることなく続く現在(いま)を実感する瞬間。
  • 「1950年のバックトス」…私の未来にもこういう事があるのだろうか。あったらいいな、と願う。
  • 「林檎の香」…私が涙を流さんばかりに喜んだ内容。「運命の人」を探すカーナビの話は物凄く穂村弘さんっぽいなぁ。えっ、検索結果は該当人数ゼロ…!?
  • 「ほたてステーキと鰻」…あの長編の後日談。乾いた自分を潤すのは喪失の先の未来にある。日常の中のある瞬間の描写が本当に上手い。

1950年のバックトス1950ねんのバックトス   読了日:2007年09月18日