
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第11巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
小枝理子たちの高校生バンド・MUSH&Co.が、ついにCDデビュー。だが、デビュー曲のデイリーランキングは21位。曲を提供したクリプレの心也と共に生放送歌番組「Mステ」に出演する理子は、口パクで歌うことになっていた。しかし、プロデューサー・高樹は、起死回生の秘策を理子に授ける。そして、生放送で事件は起こり、伝説となっていく!
簡潔完結感想文
- 純粋無垢なヒロインに近寄る資格があるのは芸能界の中にいながらピュアな黒髪男だけ!?
- このままでは業界で埋もれかねないバンドを一躍スターに仕立て上げる自作自演ハプニング。
- 悪役令嬢歌姫から悪意を向けられても、音を楽しむ才能を披露して戦わずして勝つヒロイン。
スクープ!! クリプレプロデューサーが業務妨害容疑!の 11巻。
作者は本当に人を惨(みじ)めにするのが上手い。特に本書では どの登場人物も それぞれ惨めな思いをしている。この『11巻』は長い長い準備を経て ようやく理子(りこ)の活躍となったけれど、最初に浮かんだ感想はネガティブなことを上手に描く作風についてだった。
秋(あき)や理子という輝く才能を描いているようで、実は茉莉(まり)や心也(しんや)など その才能に打ちのめされる側を丁寧に描いているように思う。やっぱり作者は いつだって傷ついているナイーブな「僕」または「私」が描きたいのだろう。
『11巻』は作者の考える第一のサビだろう。理子が生放送でハプニングにも動じず その歌声を世間に届けてバズる。その裏で理子の口パクを揶揄していた歌姫・茉莉やSNS上で理子の失墜を期待していた同級生・寺田(てらだ)が敗北感を覚える。この大逆転劇が爽快感になり、ここからMUSH&Co.の最初の飛躍が始まる。読者が待ち構えていた瞬間が やっと到来した…。


…それは本当だろうか。理子が本当にハプニングに対応したのなら この音楽番組の動画が拡散されることを我がことのように喜べただろう。でも理子はハプニングが起こることを事前に知っていた。このハプニングはプロデューサー・高樹(たかぎ)の自作自演。彼は法律に抵触する形でテレビ局に迷惑を掛け、そこで初動が奮わないMUSH&Co.のCDが売れるように仕組んだ。まさに悪魔に魂を売ってまでMUSH&Co.を売ろうとしている。ただ それは高樹なりの愛だとも言える。
以前も書いたけれど高樹ほど自分の手掛けるプロジェクトに愛が深い人もいないだろう。そして思うに高樹が救いたかったのは若い理子たちではなく、名誉を傷つけられるにはキャリアがありすぎる心也だったのではないか。
高樹は心也の楽曲にゴーサインを出した。音に厳しい高樹がそうしたのだから、出来の悪い曲ではないのは確か。それでも無名の新人が人気バンドのメンバーに楽曲提供されただけでは売れなかった。それは秋に善悪どちらの意味でもコンプレックス抱く心也を傷つける。心也が傷心することはCRUDE PLAYの活動にも影響が出ること、最悪の場合 心也のメンバー脱退というシナリオを危惧して高樹は動いたのではないか。高樹の考えは作者の描きたいことに通じる。私は結局、本書をCRUDE PLAYのための作品だと思っているから、この高樹の働きで実は崩壊危機にあったバンドの風向きが変わっている。
秋が作中で言っているように心也のプロデュースが芳しい結果を得られなければ理子の楽曲に秋が介入できる余地があった。でも それは心也のプライドの徹底的な破壊に繋がりかねない。広い視野を持つ高樹は微妙な関係にある交代メンバーの関係性のためにも、理子たちを成功に導く責務があったように思う。
もちろん その賭けに必要なのは理子の才能。彼女が初めて出演する音楽番組、それも生放送で歌いだせるだけの度胸と音を楽しむ才能が無ければ この賭けは成立しなかった。でも やっぱり高樹は理子やMUSH&Co.のためではなく、その先を見越して動いていたように思う。
そして理子は自分のワガママを通すために高樹の提案に乗っている。それが幼なじみの2人の男性を傷つけること、高樹に悪いことをさせることを知っても理子は生歌に こだわる。茉莉やアイドル・シバケンの言動にカチンときたからという動機が作られてるにせよ、理子は悪事に手を染めている。それなのに理子に罪悪感は発生せず、名声だけを手にしているから、その過程も含めてスッキリしない気持ちが残る。
それなのに茉莉や寺田の悪意は自分たちに返ってくるという、理子だけが聖女のような演出になっているから納得がいかない。理子が生歌にこだわるのは茉莉を見返したいという秋の元カノへの競争意識でもない。心也が感じているように、理子もまた大きすぎる才能で無自覚に相手を惨めにするタイプなのだろう。その点で理子と秋という現カップルは とても似ていて、とても迷惑な存在と言えよう。
私としては第三の男を含めた無意味な理子のモテっぷりなどが疑問で、理子に魅力を感じないし、彼女の心の動きが最初から追えないので、この自作自演ハプニングによる理子の評価の急上昇から一気に転落するのも一興だと思ってしまう。テレビ局で放送事故の原因を究明していく内に高樹の行動が発覚。そこから理子が高樹の行動を知っていたことまでバレて、生放送のシンデレラが一気に失墜するという展開にこそ胸がスッキリするように思える。そのぐらい理子は天然の聖女を装っていても、実は身勝手だと思った。
人気アイドルグループのメンバーらしい柴田 健吾(しばた けんご)ことシバケンは理子のことを最初から気に入る。だから好意に無自覚なまま彼女に声を掛け、不審がられると芸能の礼儀を説く。
この初対面で相手に声を掛ける、好意から生まれた行動を素直に認めずグダグダと言い訳を並べて女性を抑圧しようとするなど、まるっきり秋である。ただでさえ顔がソックリなのだから、違う方向性でキャラ付けして欲しいものだけど、結局 こういう人が作者の好みなのだろう。恋愛的な当て馬が性格的にもソックリで読者は どう楽しめばいいのか。幼なじみの祐一(ゆういち)の片想いも放置されている現状で、更に ここで よく知らないアイドルを急ごしらえされても読者は反応に困るだけ。
シバケンは秋と同じく良かれと思っての行動が上手くいかない不器用さも似ている。シバケンは理子に、秋と茉莉の接触現場から目を逸らすために色々画策したのに結局 失敗している。けれどシバケンをよく知るメンバーからは女性との接触や お節介が珍しく理子が愛されヒロインだという演出になる。


茉莉に喧嘩を売られたこともあり一層 理子は生歌への執着を見せる。MUSH&Co.の初動が思わしくないため高樹は生放送中のハプニングを装って理子の生歌で世間を揺るがそうとしていた(もちろん注目と売上の上昇を狙って)。
高樹は自分たちで用意した口パク音源を流さず、理子のアカペラと心也の伴奏で歌を披露しようと考える。しかし それではエアバンド状態の祐一(ゆういち)と蒼太(そうた)が全国放送で恥をかく。その点を彼らの了解を得て高樹は計画を実行する。
本番前、理子は計画を知らされて肝が据わる一方、茉莉は高樹のフォローなく孤独な状態で、理子に嫌味を言うのが精一杯。この時点で勝負は決まっていた。何でも思い通りにするような高樹だけど、さすがに生放送のテレビ局内での犯行には緊張していたのか。
高樹は本番前から副調整室に入り、MUSH&Co.の曲披露直前にコードを一本抜く。それだけで放送事故は完成する。そこで理子は高樹が見い出した才能を発揮。歌唱力だけでなく人前で歌う度胸がある理子は その才能を全国に届ける。口パク歌手の理子を嘲笑しようとした茉莉や寺田(てらだ)の悪役令嬢たちは純真なヒロインから己の汚い心を見せつけられた。
レコード会社社員・長浜(ながはま)は放送を見て、直感的に増産をかける。それは慎重派の長浜にしては珍しい行動。その長浜の行動を見て秋は理子がスターになっていくのだと感じる。心也のプロデュースが失敗すれば自分の楽曲を提供できるチャンスがあったが、曲が評価されれば自分の出る幕はない。
次は茉莉の番。秋の作った曲を歌う時点で勝負はついていると考えている茉莉だが、彼女の中の焦燥が歌を濁らせる。
貧しい家庭で男に縋って生きる母の姿を見てきた茉莉。男と共に住む場所を変える母は やがて娘を学校に通わせないまま放置する。その母親は若さのタイムリミットが迫る前に年金生活者と結婚。義父となった男から通学を打診され、茉莉は16歳で中学1年生と偽って復学する。4歳サバを読んでいることは高樹も秋も知らない。
25歳の歌姫として君臨する茉莉は29歳。自分の若さが消費されていくことへの焦燥は募る一方で、若さの中には自分の声帯の変化も含まれている。そんな中で秋は自分と別れ新しい恋人を作り、その恋人の女は高樹に才能を見込まれた。自分の「次」が控えていること、理子の人生は自分の境遇より遥かに恵まれていることに茉莉は嫉妬する。
歌で勝敗を付けようとして茉莉は楽曲の美しさを届けられない。口パクにすればよかったと高樹が呟いた言葉が茉莉の吹っ掛けた勝負の審判となる。
その茉莉の嫉妬に理子は気付かない。理子は茉莉からの仕打ちは恋愛的な側面での嫌味や、ただの新人潰しだと思っているだろう。自分の音楽的才能に無自覚なのは秋と同類。そう心也は分析する。
心也は秋に茉莉のフォローを促す。高樹や心也は高い位置から物が見えているため、いつも誰かの精神状態が分かる。秋は理子に了解を取って茉莉の楽屋を訪問する。理子は内心がどうであれ秋を送り出す。ここで行ってほしくないと縋るほど理子は弱くなく、そんな彼女の強がりを今の秋はちゃんと理解している。
「キミは知らない。」…
長年患っている瞬(しゅん)の長浜への恋心の話。フラグを立てる割に回収されない話。頭の大きさが取り上げられているけれど、作者の全員同じ輪郭の描き方じゃ その違いは全く伝わらない。
「Kissin’ Christmas それは高校時代の愚かな行いのひとつ」…
モテる瞬は向けられる恋心をスマートに かわす。
