
最富 キョウスケ(もとみ キョウスケ)
電撃デイジー(でんげきデイジー)
第14巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
さまざまな障害を乗り越えて信頼と絆を深めてきた照と黒崎。この巻では照の兄・奏一朗が照とチーム紅林のみんなに遺したメッセージが明らかになり、黒崎の父の死、照の兄や緑川教授の残した謎があきらかになりいよいよ物語は佳境へ・・・!!第65話 緑川教授の「遺言」~第69話 胎動までを収録。
簡潔完結感想文
- 今明かされる真の「Mの遺言」!…と言われましても最初から興味が無さすぎて困る。
- もはや本書のメインは事件だから その最後のチャンスに すれ違いからの両想いを達成。
- 総務省へのネガティブキャンペーンかと思うぐらい総務省機関の人々が無能に描かれる。
選ばれし人は普通の人が送る平穏な日常が手に入らない、の 14巻。
以前も、事件がメインの本書は少年漫画の名探偵モノと構造が似ていると書いたけれど、今回は最後の事件を前にして恋愛イベントが発生する。どうもクライマックスからの逆算で このタイミングにしか2人が両想いになるチャンスがないから両想いにした、という構成的な問題のように思えた。未達成だった『7巻』の続きのように観覧車の実現で両想いを達成したのは良かったけれども。
両想いの前に起こる溺愛・黒崎(クロサキ)との初めての意見の違いや すれ違いもまた逆算ありきのイベントに思えた。最低からの最高という落差を生むためのイベントとも考えられる。最初で最後の2人の喧嘩を両想いの前の最後のチャンスで描きたかったのだろうけど、意見の違いはアキラや事件に対して出会って人間的に合わないとか理解できないとかではない。やや人工的な衝突だから私には なぜ照(てる)が あんなに落ち込んでいるのかが理解と共感が出来なかった。ただ隙間の埋め方に彼ららしい手段が採られたのは とても良かった。カップルが一度ケンカして その仲直り方法が描かれると これから先も同じように元に戻れるという確信が持てて読者も安心できる。


特に面白かったのは照が簡単に聖母にならない点。照にとって今回の事件の救出対象であるアキラはトラウマの元凶。だから苦手意識や憎しみは簡単に消えず照だけがアキラの救出に心から賛同できないという人道主義ヒロインらしくない、実にリアルな心の動きが新鮮だった。それでいてアキラの過去を知ってしまったから彼に同情する気持ちも否定できない。その葛藤の中にいる照の描写が大変良かった。
一方で黒崎は どん底で真っ暗な時期を過ごしたことがあるからアキラを自分と重ねてしまうのも自然な心境に思えた。こういう時に男性の方が強く救済への協力の姿勢を見せるのは なかなかない。一般的にはヒロインが底なしの優しさを見せて、ヒーローが それも彼女の長所だとして渋々 賛同するという流れが多い。そうした方が読者が自分を重ねるヒロインが美しく見えるだろうに、ちゃんと それぞれの心情を深く理解した上で安易な構造に走らないのが素晴らしい。
また本書は何重にも常識的で何重にも線引きがされている特徴がある。分かりやすいところで言えば黒崎が これまで照と両片想いを継続し続けたのも校務員という自分の立場や年齢差、未成年への配慮があるからだろう。
それと同じように本書の大人たちは未成年者の照を危険に巻き込まないように努めている。読者の視点からすると当然のように照は最終決戦に行くものだと考えてしまうけれど、作者は大人側の視点も持っていて、彼女を作戦から外す。ここも上述の黒い感情を捨てられない照と同様にハッとさせられた部分だった。この動きがないまま照が最終決戦に望んでいたら私のような人間は語気を強めて批判しただろう。
そんな照を どうにか事件に巻き込ませようと言うのがラストの展開だろう。ネタが被ったとしても(3回目)こうやらないと照を自然に参加させられない。
黒い感情を持っているヒロインらしからぬ照だけど、アキラに続いてアントラからも個人的な興味を持たれる。ちょっと目を離すと悪役(または悪の手先)と2人きりになるのがヒロインの宿命なのだろう。アキラに屈しなかったようにアントラに簡単に支配・洗脳されないことで照は彼らの執着になる。当て馬のいない作品だけど敵はいて、その敵を確実に魅了するのがヒロイン・照である。
また「Mの遺言」を巡るアキラへのミスリードも面白かった。ただ真の「Mの遺言」はアキラの背景を含めて荒唐無稽と言えるもので全く興味が湧かない。アキラを不幸にするためにあるとしか思えない研究プロジェクトの描写が雑過ぎて読んでいられない。情報化社会の最終兵器みたいな存在を どうして手放すのか全く分からない。子供騙しだと思うけど、こういう細かいことを気にせず物語に没入できる力が若さなのだろうとも思う。
あと総務省関連の人々が ことごとく無能。彼らが出てくる=事件が失敗に終わるというフラグが完成している。データ一つ ちゃんと扱えないし、人も死に過ぎている。まぁ死者に関しては敵側(ぼんやりとした概念)が万能すぎる面もある。「Mの遺言」作戦が無事に終わっても個々の事件、例えば黒崎の父親の死の方法や犯人は出てこないだろう。
物語の規模を大きくしすぎた結果、明確に解決しない部分も多く残ってしまうことになる。
チハルはアントラの意向に沿って動きながらもアントラのアキラへの非情さに疑問を持つ。だから何だかんだ言いながらアキラの心身をケアしている。少なくとも後述の研究プロジェクトのメンバーよりは優しいだろう。
照の兄・奏一郎(そういちろう)が遺したデータは緑川(みどりかわ)教授とアキラの交流を撮影していたもの。この映像の中でアキラは緑川教授と秘密の約束を交わしていた。アキラは黒崎の3歳ぐらい年下らしいので現時点で21~22歳だと推定される。てっきり照と同じ年ぐらいだと思っていた。
アキラは出自も本名も不明で、彼は桁外れの演算能力で いくつかの国が共同で立ち上げた研究プロジェクトの実験サンプルだった。専門家として研究室に招かれた緑川教授は そこで粗暴なアキラが非人道的な扱いを受けて制御され、それによって彼の社会性が育たない悪循環を目撃する。緑川教授は初対面からアキラと事故死した孫を重ね、強く同情する。
やがて緑川教授はアキラを引き取り、困らせられながらも全力で向き合い やがて意思疎通が可能になるほどになりアキラの精神も成長と成熟を見せる。それによって研究も円滑になって好循環が生まれる。ただ国際的な実験サンプルを外部の専門家である緑川教授が引き取る過程は全く描かれない。ページの関係の割愛なのだろうけど ご都合主義っぽい。
しかしアキラの能力が想定を越え危険レベルだと判断され、また その能力が凶悪な組織のターゲットになり得ることから、緑川教授の出張中にアキラの存在は抹消される。「キョーアクなソシキのターゲット」なんというレベルの低い言葉なのか…。
緑川教授はアキラの事故死を信じず独力で行方を捜していた。その行方を偶然 見つけ出したのが黒崎の父親だった。しかし教授に一報を入れた直後に黒崎の父親は交通事故死する。そしてなぜか父親はスパイ行為をしたことになり緑川教授も死者に鞭打つような役割を与えられる。
無茶苦茶な筋書きを緑川教授が呑んだのは、黒崎の父親の死を知らせた男が取引を持ち掛けたからだった。その内容が「The Will Of M-M」こと「Mの遺言」だった。「Mの遺言」は緑川教授の遺言ではなく、大きな計画のことを指していた。その計画の目的を知った緑川教授は阻止のために汚辱を受け入れる。ただ緑川教授が受け取ったのは計画の本丸へ導くヒントだけ。鍵とかヒントとか回りくどいことばかりだ。
真の「Mの遺言」の対象はアキラ。彼が研究プロジェクトの処分を免れたのは まさしく「凶悪な組織のターゲット」にされたから。そのアキラを今度こそ確実に始末するための計画こそ「Mの遺言」の内容だった。それを知った緑川教授は自分の死を予感し、映像を見る者にアキラを精神的に助けてもらうことを願う。
照は映像を見たもののチームから外される。それは大人たちが子供を守りたいという優しさだった。照はチームから外されたことよりもチームがアキラを助ける方向に動いていることに納得できない部分がある。それは照はアキラに暴力と性暴力というトラウマを植えつけられたから。
その葛藤を抱える照の前にアントラが出現する。心を操るアントラを前に行動を躊躇する照だったが、すぐに自分のペースで対処を始める。アントラは照の中のトラウマ、アキラへの悪感情を増幅させようとする。「いい子ちゃん」の照が発動して汚い気持ちを全否定するのはアントラの思う壺。だから照は ただ冷静にアントラに対峙する。ピンチの時の切り返しが上手いのは序盤からの照の特徴だった。その照の資質に感心してアントラは姿を消す。しかしアントラは以前のように盗聴した訳でもないのに照たちの動きを把握している。ここまで来ると超能力で説明できる根拠がない。便利な悪役だ。


「Mの遺言」が緑川教授のメッセージだとアキラに誤認させることも計画の一つだった。奏一郎が掴んだ情報を知ったメンバーは一晩 各自で方針を考えることにする。黒崎はメンバーを外れた照に話して自分の方針を決めようとする。
照もまたアントラとの会話や、醜いことも含めたアキラへの思いを黒崎に正直に話す。むしろアキラを助けたいと積極的に思っているのは黒崎の方。彼は自分とアキラを重ねずにはいられない。その意見の違いは方向性の違いに変換される。
その隙間を照は埋めようとするが黒崎は「Mの遺言」の解読に取り掛かり、照との接触すらままならなくなる。ただ こういう時に2人は会わなくても気持ちが通い合う非常回線が用意されている。それがメール。正体が分からなくても確かに照はDAISYに包まれていた。だから顔を合わせないメールでも2人の気持ちは通じ合うツールになる。
作中初の照の誕生回。この日のために黒崎は無理をして仕事を終わらせた。そして黒崎は これまでの関係に終止符を打つと決めていた。剣呑な この時期に それを宣言するのは死亡フラグでは なかろうか…。
2人のデートのような約束は『10巻』でもあったけれど、あれは直前で照が別件を優先してキャンセルしていた。今回は万事 順調。そして一日の終わりに『7巻』では一緒に乗れなかった観覧車にも乗る。そこで黒崎は ずっとずっと言えなかったことを言い、ずっと詐欺が続いていたキスも果たす。
その両想い直後も危険な仕事の前のため照は不安になる。しかし快く送り出すために その不安に蓋をする。それが出来るだけの賢さと精神力を照は持ち合わせている。
総務省の「機関」とも情報を共有し、いよいよ「Mの遺言」の阻止に動こうとするが、その実行を促進する組織もまた動き出す。照3回目の誘拐と2回目の身内(というほど身内ではないが)の裏切りの発生である。
