
夢木 みつる(ゆめき みつる)
砂漠のハレム(さばくのハレム)
第03巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
ケダモノ王子・カルムの正妻を目指すミーシェ。カルムの兄ユーゼフに招かれた西州で、スリの少女に出会う。その裏に海賊がいることを知り、助けようとするが、海賊に捕まってしまう! カルムはミーシェを救出に向かうが…!?
簡潔完結感想文
- 本格的に長期連載が始まり、各人が理性的になる一方で捕まったまま『3巻』が終わる。
- 1話に1回スキンシップ場面が必須なので捕縛状態の海賊船でも どうにかノルマを達成。
- 自分の前にミーシェを「所有」していたアーレフは、カルムにとって元カレ同然。
ライバルの存在が自分のモチベーションとなる 3巻。
『3巻』が これまでの内容と違うのは、本格的な長期連載が始まり、1話完結型の構成から回を跨ぐ話となったことだろう。1つのピリオドが長くなり、今回から海賊編の始まり。しかも『3巻』では終わらない。ピリオドが長くなるとスケールの大きな話が描けるようになり、内容にダイナミックさが増した。私は1話完結よりも長編作家としての作者の能力を高く評価している。これまでは他の少女漫画作品のデフォルトの展開を流用したような話が多かったけれど、長編化したことで作者の構成力や想像力が遺憾なく発揮できているように思えた。少女漫画、白泉社作品は ここまで持ってくるのが難しく、だからこそ初回から人気を盤石にするために、どこかで見たような読者受けの良い展開になっていまうのだろう。
物語の長編化はスケールの大きさだけでなく、深みももたらしたと思う。これまでの1話完結型の話ではヒロインのミーシェや第二王子のユーゼフは より一層単純化されたキャラクタを演じなければならず、浅はかな行動を取っていた。それは第三王子のカルムの格好良さを演出するための踏み台で、カルムが賢く見えるようにミーシェまで愚かな存在にならざるを得なかった。
この頃からミーシェは ただ目の前の人を救うために動くのではなく、ちゃんとカルムや相手が何を考えて何を知っているのかを見極め、その中で自分が出来ることをしようとしている。カルムの頭を抱えさせるような無茶をするのは相変わらずだけど、行動の前に思考している。初回から反射的に人を否定していたミーシェは、ちゃんと その頃よりも成長を感じると思える。
またミーシェが後宮で29人の側妻たちの存在によって成長するようにカルムの成長の種も用意している。カルムにとっての仮想敵は隣国の王・アーレフ。ここまで絶対的な俺様として君臨してきたカルムだけど、ある意味で長編化によって弱体化したといえる。
だからこそ成長の余地があり、その成長に必要なライバル役としてアーレフが再配置されている。またアーレフはミーシェの奴隷時代を知り、彼女の人生に傷を負わせた存在。さながらアーレフはミーシェの元カレのようでありトラウマの元凶と言える。だからこそカルムは彼女を本当の意味で自分のものにするため、彼女の心を過去から現在に引き戻すためにアーレフと(精神的な意味で)対峙しなければならない。


本書では年齢設定が曖昧。『3巻』でもミーシェは自分の確かな年齢を知らないことが発覚している。なのでカルム、アーレフの年齢も不明のままだけど、何となくカルムよりアーレフは年長なんじゃないかと思う。年齢と、そして王を目指す王子の自分と実際に王になったアーレフという立場の違いがカルムに一種のコンプレックスを発生させている気がしてならない。これまで誰かと自分を比較する様子のなかったカルムにとってアーレフは稀有な存在だろう。
話が少し逸れるけれど、カルムの統治する南州は彼の働きによって環境が整えられている。本書は全体的に女性の生き方や社会進出なども裏テーマとして描かれている気がする。カルムに現代に通じる考え方を持たせることで、それ以外の国全体を旧時代的に描けるので便利、という面もあるだろう。フェミニスト王子様の女性解放。そういう側面が女性に支持されているのだろう。それはミーシェを奴隷として扱い、人権もなく捨てたアーレフに、作中でカルムが負けない存在となることでカルムが思想的に時代を大きく変えることを意味するのか。恋愛的にも思想的にもアーレフは作品の中で大きい存在と言える。
舞台となるジャルバラ王国で唯一海に面する西州にやって来たカルム一行。7日間かけて ここまで来たのはバカンスではなく海賊討伐の助力。西州を治める第二王子・ユーゼフは海賊に手を焼き、カルムは それとなく援助を求められた。
ミーシェ他4名の側妻たちが同行するのは陸では海賊の被害がないから。側妻たちにとっては旅行であるが、巻き込まれ体質のミーシェは そうならない。はっきり言ってミーシェだけ連れてくれば話は成立するが、それでは正妻扱いになるからモブ妻たちも一部 同行させたのだろう。
スリを働いた少女をキッカケにして この国での女性の労働の難しさが語られる。西州の抱える問題を目の当たりにしたカルムはユーゼフに改革を訴えるが彼は弟の進言を聞きたくないと言うプライドの問題で却下する。そこでカルムは海賊の根城を発見することと引き換えに兄の翻意を約束させる。
今回も一気に事態を動かそうとするミーシェの行動は暴走とも言えるものだけど、カルムは その暴走を上手に乗りこなして好機に変えていく。それに加えてミーシェへの胸キュン場面も用意できて作品的には一石二鳥となる。


しかし巻き込まれ体質は継続し、ミーシェは眠ってしまったところを賊に捕縛されて誘拐されてしまう。治安が悪い世界観とはいえ作中で誘拐され過ぎではないだろうか…。でも こうでもしないとカルムの活躍 ≒ ミーシェが彼に惚れる場面を目撃できないのだろう。後宮内の物語を描きたいけど、それだけでは漫画作品として盛り上がりに欠けるのだろう。
ミーシェの誘拐はカルムにも伝えられる。海賊船で身元が割れてしまったミーシェは絶体絶命。カルムの弱みにもなりかねない状況だが、そこに ご本人が登場する。そこで一斉討伐となるかと思いきや、頭目・モルジアナはミーシェを盾にしてカルムの自由を奪い、結果2人とも捕縛されてしまう。モルジアナはミーシェの奴隷時代の知人である女性だった。
2人とも捕まってしまいミーシェは なぜ王子が単独行動なのか疑問を持つが、それよりも責任を感じる。
モルジアナは奴隷時代を一緒に過ごしたミーシェと2年ぶりの再会。彼女も必死に訓練を受け、その能力で海賊の頭目にまで上り詰めたのだろう。アーレフ王の妻を育てるという名目のエリート養成機関なのだろうか。能力の高い敵を生み出しているようにも思えるけど。モルジアナはアーレフによって権力者に売られ、そこでも酷い扱いを受けた。そこから手を汚しながらも這い上がった。それはミーシェの もう一つの未来なのだろう。だからこそモルジアナは同じように「王族」を恨んでいるはずのミーシェが側妻になり、カルムを敬愛していることが不思議。
海賊船というクローズドサークルで絶体絶命の2人。しかし1話の中でスキンシップの場面も必要なのか拘束されながら いちゃつく2人。この強引なスキンシップにはカルムが、ミーシェの「前の男」であるアーレフの存在が気にかかるという一面もある。絶対無敵のカルムの仮想敵がアーレフなのだろう。
ミーシェはモルジアナから頭に果物を乗せた相手にナイフを投げるゲームを強制される。ミーシェの対象はカルム。自分が彼を傷つける可能性に怖気づくミーシェだったがカルムから気持ちを立て直してもらい挑戦する。同じ訓練を受けたからという訳ではないだろうが、女性2人の勝負は なかなかつかない。けれど緊張もありミーシェの方が早く体力を消耗し、それが集中力を乱す。加えてモルジアナに勧められるままに飲酒をしてピンチが演出される。それでも勝負に負けなのはカルムのアシストのお陰。動いてくるナイフに果物を動かして対応するセンスは超人としか言えない。
それはカルムの時間稼ぎの意味もあって、彼は単独で海賊船に乗り込んだと見せかけて部下たちも乗船させ、少しずつ海賊を部下にすり替わらせていた。海賊船を掌握できる状況が整うまでカルムはモルジアナの勝負に乗っている振りをしていた。カルムは圧倒的な手腕と能力を見せ、モルジアナへの説得の手掛かりとする。カルムのカリスマ性を目の当たりにしたものの、配下になれという彼の言葉を信じて裏切られる未来が脳裏をよぎる。それはモルジアナの頭目としての責任感と王族への不信感が念頭にあって…。
「砂漠のハレム 特別編」…
宮殿に移動サーカスがやって来る。本書において新しく出会う団体は大体が女性が不遇な扱いを受けている。今回も同じ。女性団員を援けようとするカルムの真意が分からずミーシェが彼に失望する、というのも いつものパターン。
この特別編は掲載時期が古いと言う訳でもないのに、初期の頃のように感じられる。特別編だと1話の中で起承転結を作る必要があるから、初期のようなミーシェが暴力単細胞になってしまうのか。ケダモノと叫ぶオチも同じ。サーカスを舞台とした大立ち回りとライオンの使い方が面白かった。
「キャンバスは言ノ葉」…
読切作品。小牧 杏里(こまき あんり)の姉は通う学校の高校教師。そんな姉に想いを寄せる高崎 優(たかさき ゆう)の気持ちを杏里が知るのは、姉を視線で追う優を視線で追っていたから。
観覧車に2人で乗る男女はカップルになりがち、という少女漫画あるある のように美術系の作品ではモデルにする/モデルになる男女はカップルになりがち という あるある も成立するだろう。一番 身近な人がライバルとなる切ない片想いから見えてくる希望、というヒロイン優遇だけど、こんなに簡単に心変わりする男は軽薄なんじゃないかと思ってしまう。
