《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

だめです。それは言えません。受けとれません。拒絶の中に感じる確かな希望

さくらと先生(3) (別冊フレンドコミックス)
蒼井 まもる(あおい まもる)
さくらと先生(さくらとせんせい)
第03巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

藤春先生に告白をして、先生との距離がどんどん縮まっていくさくら。そんな中、もうすぐ文化祭。「後夜祭の打ち上げ花火を手を繋いでみた2人は、ずっと一緒にいられる」というジンクスがある中、さくらは周りに内緒で先生と手を繋ぎます。ところがその翌日、2人の関係が噂になってしまい…!?

簡潔完結感想文

  • 文化祭。ジンクスが成立した2人は卒業後は一緒に居られるけど在学中は無理!?
  • さくら のチョコレートだけ受け取ってくれない苦くて甘いバレンタインデー。
  • 1年間 上り続けた坂道で並走する。思い出せなくなった背中に また会えた誕生日。

『1巻』は さくら の、『2巻』は藤春先生の、そして2人の想いが動き出す 3巻。

ここまでの3巻の中で1巻毎に想いが動き出す予兆を感じさせている。そして各巻のラストシーンも印象的で忘れ難い。『1巻』は さくら が自転車で学校前の坂道を下る藤春先生の背中に恋愛感情を自覚する。そして『2巻』は藤春先生が さくら の気持ちに応えようとする自分から逃れるかのように自動車で坂を下り、一気に彼女の視界から消えようとする。そして『3巻』。今回のラストは下り坂ではなく上り坂。1話と同じように自転車登校中の さくら は、同じく自転車に乗る藤春先生を発見し、出会いとは逆で今度は彼女が藤春先生の横を通り抜けようとする。負けじと藤春先生も坂を上り、2人は初めて同時に校門前に辿り着く。絶対に追いつけなかった気持ちが、重なってはいけない気持ちが重なったという意味なのだろう。

カバンに入れた双眼鏡で さくら の接近を監視し、タイミングを計った3月5日の藤春先生

そして この『3巻』までの12話で12か月、1年が経過しているという全体の構成も素晴らしい。さくら が先生と並んで自転車を坂で上り切ったのは、筋力的には1年間の通学や陸上部での経験で説明がつくが、それよりも この1年、先生の背中の幻想を大事に抱き続け、絶対に先生を諦めないという精神的な側面の意味が大きいだろう。


回のタイトルにした先生の拒絶ワードの連続も、それぞれに意味合いが違って素晴らしい。その言葉の中に彼の誠実さと葛藤と、そして拒絶の中に好意が滲むという真逆の現象が起きている。こんな一風変わった告白めいた展開は なかなか見られない。拒絶されているのに どんどん その言葉の中に希望が感じられる。
だめです(我慢できなくなってしまうから)。それは言えません(言ったら狙ったことがバレてしまうから)。受けとれません(貴方は僕にとって特別な人だから)。藤春先生の言葉の裏にある感情を想像するだけでキュンキュンする。

『2巻』のラストで さくら が告白してから彼女は ずっと藤春先生に拒絶され続ける。先生に触れることも出来ないし、先生の真意も探れない。そして何よりも秀逸なのがバレンタイン回の さくら のチョコだけ先生は受け取らないという拒絶という特別措置である。この時の さくら の泣き笑いの表情は少女漫画の中でも屈指の名場面と言っていいだろう。この表面上は悲しい場面があるからこそ、さくら は数か月ぶりに自転車で並んだ後の藤春先生に一直線に抱きつくことが出来る。藤春先生が自分に特別な想いを抱いてくれていることが分かったら、もう自制が利かなくなるのも仕方ない

この日が さくら の誕生日というのも良い。藤春先生は教師として自動車ではなく自転車通勤をした理由を用意していたが、これは彼が ずっと繰り返してきた さくら の恋の燃料にするためのエサであろう。藤春先生は教師というより調教師としての才能があるのか、さくら のコントロールが上手い。彼女が自分の背中を忘れた頃を見計らったかのように、小さなお尻で自転車を漕ぐ。藤春先生としては この日が雨じゃなくて心底 安堵しただろう。雨なら計画が破綻してしまう。

『2巻』のラストで あっという間に自動車で坂道を下ってしまった藤春先生だったが、それ以降ずっと彼が利かせていたのはブレーキだろう。自分からは絶対に動いてはいけない。だから拒絶の言葉を並べる。そして文化祭後は さくら もまた自分の気持ちにブレーキをかける。それが藤春先生への多大な迷惑をかけるから。

でも それを解禁するのは この恋愛感情が自分側の問題だけじゃなく2人の問題だと了解したからだろう。だから一気にブレーキからアクセルにペダルを変える。それが出会いから1年後の彼らの心の動きだった。
文化祭後の2人は それぞれに一層の自戒をする。それはつまり両想いが遠のくことを意味し、物語の進展はないと思われた。そんな読者の落胆を作者はコントロールし、ラストで一気に物語を動かす。その静と動のダイナミックさは少女漫画における胸キュンの発生原理と似ている。2人が それぞれブレーキをかけて慎重に運転していた時期があるからこそ、加速が心地よく感じられる。派手な展開はないのに、ここまで心に刺さるのは作者のスピード調整が上手だからなのだろう。あぁ 本当に好き。


化祭回。さくら は学校駐車場での自分の暴走を反省し、藤春先生から逃げ回る日々。いよいよ2人の様子が変なことに気づいた親友・ルナは さくら から藤春先生のことを聞く。一連の出来事を聞いたルナの判断は望みアリ。以前から さくら は教師を好きになる自分を引け目に感じているようだが、ルナは好きになっちゃだめな人なんていない、と認めてくれる。こうしてルナに話すことで さくら は客観的な視点を得ることが出来て、自分の気持ちだけでなく、先生から見た自分の存在を考え始める。ちなみにルナは瀬戸(せと)の さくら への気持ちも気づいている。おそらく このクラスで瀬戸の気持ちに気づいていないのは さくら本人だけじゃないだろうか…。

この文化祭で藤春先生の意外な特性が発表される。それが音痴。自分の欠点を認識していても担任をする生徒から頼まれたら歌唱を断らない。自分の恥より思い出作りを優先してくれる良い先生ではないか(歌ってみた動画は拡散中)。

後夜祭には、打ち上げ花火を手を繋いで見ると一緒にいられる というジンクスがあって さくら は それを藤春先生と達成したい。その彼女の気持ちを汲んで瀬戸は藤春先生の居場所を伝え、さくら を送り届ける。
さくら は藤春先生の前に立ち、優しい彼の告白後の対応は さくら と気まずくならないようにした配慮だと推理を述べる。でも それは藤春先生の意図したものではない。彼が言った言葉は冗談にして受け流すしたのではなく、本気の言葉。「卒業したら」という拒絶ではない言葉は、藤春先生の希望だったのだろう。

どうしても好きが溢れてくるから藤春先生に触りたい さくら だったが彼にガードされる。でも それが結果的に2人が手を繋ぐ流れとなり、2人は打ち上げ花火を手を繋ぎながら見る。先生はジンクスを既知かどうかを明かさない。それを言えないのが彼の教師という立場なのだ。

1巻つきに1度 手を繋ぐことが許された2人の関係。次巻は予告で早くも手を繋いでいる!?

かし翌日、学校中で藤春先生と さくら の ただならぬ関係の噂が流れていた。
さくら は それを知らなかったが、藤春先生の授業が始まると一層 周囲が騒がしくなる。これまでの2人の接触が状況証拠として列挙され、槍玉に上げられる。さくら は しどろもどろに弁解するが、藤春先生は その噂を否定せずに面白がる。こうして本人が揺るがないことで周囲は噂が噂レベルだったのかと納得し、騒動は収まる。しかし さくら が藤春先生に接触することが困難になる。

この噂を流したのは瀬戸。そして『2巻』の体育祭の2人のハイタッチを撮影していた瀬戸は、今回の教室での手繋ぎも撮影していた。それを証拠に藤春先生を脅迫する。藤春は その画像を確かめるふりをしてスマホから完全消去する。そして瀬戸に この画像を拡散する意思は最初から無かったと彼を信じる。瀬戸に その意思がないのは、拡散すれば噂が確証になり、藤春先生が教師を辞める事態になったりしたら さくら が悲しむから。そのぐらいに相手のことを考えられる賢い人なのだ。そして藤春先生は大人の余裕で瀬戸の企みを乗り越えられると自信満々。今回、瀬戸は苦し紛れの戦法で藤春先生に勝負を挑んだが、子供のように いなされてしまった。男性2人の間には歴然とした10歳という年齢差が存在する。
瀬戸が噂の源泉ということは さくら は知らなくていいこと。だけど先生の身動きを封じるのが狙いだったとはいえ間接的にヒロインを窮地に陥れてしまったことで瀬戸の勝ち目は完全に消失した。瀬戸は絶対的に悪い子じゃないのも分かるし、焦燥から こういう手段に出てしまうのも分かる。幸せになってね と全読者が思う当て馬である。


くら は次の藤春先生の簿記の授業を欠席する。それは自分が動揺して失言して迷惑を掛けないようにする彼女の気遣いだった。さくら は この噂による騒動で身が引き締まる。自分の行動が藤春先生の教師生命に大きく関わる。だから一層の自戒が必要である。

保健室で授業を休んで仮病と狸寝入りを駆使する さくら のもとに藤春先生が やって来る。目を閉じた さくら が彼の来訪を分かるのは、頬に触れられた その手の冷たさ。そして藤春先生も もう さくら の手の温かさを知っている。

藤春先生は いつでも自分を見てくれている。けれど自分が この気持ちを加速させることが彼の迷惑に繋がる。だから さくら は自分の気持ちを表に出してはいけないのだと、この恋の禁忌や禁断性を痛感し涙する。2人きりの保健室などイチャイチャするに うってつけの場所なのに、2人は互いの体温を知る関係でありながら、それ以上 踏み込まないことを決意した。こういう自制的な動きが見られるから ずっと応援できる。


生との接触は減るばかりだが、それと共に噂も減る。ただ噂の火種や炎上痕は残っている。今回がイエローカードなら次はレッドカード。それは藤春先生の不幸を意味している。だから さくら は不自然にならない距離で彼と会話する。2人きりにならない、接触しない、好きって言わない。この3か条を守って学校生活を送る。

バレンタイン回。さくら は藤春先生用にチョコレートを用意していた。でも それは渡せない。3年生の交際相手と離ればなれになるルナ、藤春先生を好きでも卒業しなければいけない3年生の女子生徒。彼女たちに比べれば自分は幸せ。そして その現状を壊してはいけない。もう自分が最初に惹かれた藤春先生の背中を思い出せなくなったとしても、それを受け入れなければならない。

下校時、学校前の坂道で転んだ さくら は藤春先生と偶然 接触を持つ。そして転んだことで藤春先生に渡すための紙袋が彼に拾われ、その中身を伝える。こうしてサイレントに藤春先生がチョコを受け取るのかと思いきや、彼は拒否する。さくら からの品を受け取ることには意味が出てしまう。2人が それぞれに相手を想っているからこそ親密には出来ない。ただ それは さくら だけが藤春先生の特別だから。それが悲しくて嬉しい。

いつかの雨の日のようにロータリーで2人は並び、さくら は お腹を鳴らした藤春先生に友チョコ用に作ったチーズケーキを差し出す。そこに意味のない物なら藤春先生は受け取ってくれて食べてくれる。さくら は そんな交流を大切にする。


ストは さくら の誕生回。まず彼女の誕生日は藤春先生に間接的に伝わる。まぁ藤春先生は個人情報を入手して知っていそうな気もするが…。そういう変態性を除去するための前置きなのだろう。

学年末の この頃には さくら は見ることのなくなった自転車に乗る藤春先生の背中を いよいよ思い出せなくなっていた。けれど3月5日の さくら の誕生日の朝の登校で、自転車に乗る藤春先生を見つける。先生は雪が降ったから自転車通勤を止めたというが、この日が さくら の誕生日だから出会うことを期待して、会話することを期待して自転車を選んだのかもしれない。

思いがけない2人きりの時間。そして藤春先生から祝福され、さくら は藤春先生に抱きつき、そして周囲に誰もいないことを確認して彼に想いを伝える。藤春先生は何も答えないが、さくら を抱きしめ返す。やがて2人は唇を重ねる。