柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
魔法をかけてあげる 自信がついちゃう、すっごいやつ。オシャレな大学生活に憧れて、地方から上京してきた春香。でも、キラキラした大学の雰囲気に全然なじめず、落ち込む毎日…。ある日、憧れの黒滝先輩が、突然、ご飯に誘ってくれたけど、着ていく服がないし(GパンとよれよれのTシャツしか持ってない)、メイクの知識もゼロ…。絶望した時、助けてくれたのは、謎の毒舌美女・光さん。だけど、光さんには「秘密」があって…!?
簡潔完結感想文
- 現代的な多様性シンデレラで魔法がかけられるのは彼女の心。容姿の変化は重要じゃない。
- だから光の魔法で大事なのは、メイクよりも作業途中で自信をつけさせる呪文の詠唱だろう。
- 『1巻』はシンデレラが王子と恋に落ちるまでではなく、魔法使いが恋に落ちるまでを描く。
その人の隣に立ちたいと願う背伸びは伸びしろ、の 1巻。
現代のシンデレラと言える本書で私が最も気に入ったのは、メイクやファッションという「現代の魔法」で変わるのは容姿ではなく心持ち という点、そして自分の人生を誰かに委ねないという点。
特に後者は現代的といえる要素で、シンデレラは魔法使いに綺麗にしてもらってトントン拍子で王子と恋に落ちるのではなく、魔法の効力によって自信のない自分を乗り越えて、自力で前に進んでいく様子が印象的だった。
本書における魔法使いである光(ひかる)が大事にしているのは等身大の魅力を引き出すことではないか。光の魔法(メイク)は自分と向き合う作業で、何のために魔法を使用するのか、その人が何を求めているのかということを明確にしていく。だから光の魔法において重要なのは呪文の詠唱だろう。それは催眠術にも似ていて、鮮やかな手付きで施されるメイクよりも、辛口ながら優しさが滲む光の言葉に心の背筋が伸びていく。そして その時に大事なのは魔法使い自身に溢れる自信だろう。男性でありながら女性のファッションを身に纏う光の凛とした姿は重要な視覚効果のように思える。


光という魔法使いによって時に自分の弱さや卑屈さと向き合ったらシンデレラは自分で歩く道を自分で開拓する。たとえ重要な場面に魔法使いが同席していても、その力に頼らずに自分のことは自分で決めている。そしてシンデレラは王子から選ばれるのを待つだけでなく、彼女の方も選ぶ権利を有している、そう見えるように作られているから本書は現代版シンデレラとなるのだろう。
その象徴的な場面が、童話のシンデレラにおいても重要なアイテムである「靴」をヒロインの はるか自身が選んだ場面だと思う。魔法使いによって一方的に衣装を変えられるのではなく、シンデレラが選んだ品で彼女は自分の進みたい道を歩いていく。これもまた現代的な女性の姿勢を表している場面に思えた。
そして多様性の部分は光のキャラクタにある。光は性別に囚われず自分の好きなことを自分の肉体を通して表現している。だから光は彼とか彼女とかではなく光と呼ぶのが正しいだろう。名前が記号に過ぎないのも本書の特徴かもしれない。登場人物には もちろんフルネームがあるのだけど、彼らに必要なのはフルネームではなく名乗った名前だと思えた。多少 危険な面もあると思うけれど、相手の素性ではなく相手の素顔を見て、相手と関係を築きたいかを判断している。
『1巻』はオーソドックスなシンデレラ展開が用意されていながら、その裏で本当に自己肯定感を回復しているのは はるか ではなく光であるという伏流が存在するのも大変 面白い。色々なことを諦めていた女性が恋を知りスッピンを恥じてメイクを施されて自分を認めるまでと、メイクをしている自分は世間から認められないと諦めていた男性が自分を認めてもらうのが『1巻』の内容となっている。
少女漫画において自己肯定感の回復は恋のはじまり。天然王子に接近しシンデレラになりつつある はるか だけど、その裏で魔法使いは自分で魔法をかけてシンデレラを舞踏会に送り込みながら、彼女のことを好きになっていく。性別も役割も越えて恋が始まっていく。更に読者の承認欲求を刺激するのは、はるか が光からの好意を全く感知しないまま、「女1男1光1の三角関係」が舞台裏で繰り広げられている点だろう。恋の応援団である魔法使いが、その恋を応援できない状況になりつつある。そこが切なく、読者は はるか よりも光に感情移入してしまう部分になっている。


シンデレラの現代改訂版のようでありつつ、少女漫画として非常にオーソドックスというのも本書の面白いところだろう。光が性別的に男性であり、はるか を好きになれると分かった時点で結末は見えている。もはや物語の興味は はるか が王子・黒滝(くろたき)を振り向かせることではなく、光が はるか に振り向いてもらうことに移っていると言っても過言ではない。もちろん現状の三角関係も大変 満足度が高いので出来るだけ続いて欲しいけれど。
また、田舎から出てきた野暮ったいヒロインによる三角関係という状況から、やまもり三香さん『ひるなかの流星』を連想した。画力も高くて内容も安定している。そんなところも嬉しい共通点だった。しかし近年の少女漫画は ぼっち であるマイナス要素をモテモテ展開のエクスキューズに使っていることが多い。現状がマイナスだから このぐらいの好待遇は許されるだろうということなのか。不幸な人が転生したら…、という作品でも そうだが、どうも幸せになることすら前提条件が必要と言っているようで現代社会の不健全さを感じる。
主人公の福永 晴香(ふくなが はるか:以下・はるか) は高校卒業時に「大学生になったら やりたいこと」をSNSに投稿した。女子バスケ部の後輩から慕われていた はるか は、東京に行けば都会の女になることを信じて、順風満帆な船出をするはずだった。
しかし大学2年生になっても憧れのキャンパスライフは到来しない。親からの仕送りは家賃に消え、生活費のためにバイトをすると大学とバイトで毎日が終わる。そんな はるか の心の潤いは同じ大学の1つ上の先輩でバイトも同じ・黒滝 圭佑(くろたき けいすけ)。黒滝には彼女がいるから希望はないと最初から諦めていた はるか だが、黒滝が別れたことを聞いて希望を見い出す。そして酒を飲んで失恋の痛手を紛らわす黒滝に、来週の はるか の20歳の誕生日に飲みに行こうと誘われる。
それに前後して出会ったのが はるか のバイト先と同じ商業ビルのクラブで仕事をしているらしい神山 光(かみやま ひかる:名前は後に判明)。素材の良さに加えて化粧道具を多く持ち歩く光は自分と違う世界の人。だが素材で勝負している はるか は自分磨きを怠っているだけと間接的に光に言われて はるか は羞恥する。
そこに黒滝と飲みに行くという目的ができ、はるか は自分を磨こうと努力する。誕生日当日、化粧品選びに困惑している際に、ドラッグストアで光と再会し、ほぼ初対面なのに切迫した状況に光に助けを求める。光は口では辛辣なことを言いながら手短に助言してくれるのだが、そこに黒滝が現れ、はるか との約束を覚えていないことが発覚。
こうして化粧品を買う必要が無くなった はるか は自分が好きな人のために可愛くなりたいと思っていたことを痛感する。自分を東京で初めて女の子扱いしてくれた光に感動し、はるか は自分が諦めを重ねて憧れを捨てていたことを自覚し涙を流す。
そんな はるか を見かねた根は優しい光は彼女に手を差し出しヘアメイクを施す。光は美容の専門学校に通っていて、叔母が経営するクラブで勉強をかねて手伝わせてもらっているという。そして光は はるか の精神的な「ブス」を指摘する。自虐で笑っていても可愛くない。だからメイクで魔法をかけて はるか に自信をつけさせる。
こうして はるか はバイト帰りの黒滝に会いに行き、魔法をかけられた自分を見せに行く。黒滝から かわいい と言われて嬉しく思い、さっきは言えなかった黒滝との約束を持ち出す。黒滝は確かに約束を忘れていたが、きちんと謝罪してくれ、次回の約束を確約する。しかも失恋の憂さを晴らす飲み会ではなくデートとして。
再度 はるか は魔法を習得する必要があり、魔法使いの弟子になることを願う。東京に友達がいない はるか だが実は結構 失礼で図々しい。懐いた相手には心を開き、簡単に距離を縮める。
光と距離を縮め過ぎた はるか は、そのまま光と飲みに行き泥酔。光に自宅アパートまで連れて帰ってもらう醜態を晒す。しかも綺麗好きの光は「汚部屋」だった はるか の部屋を一晩で片付けていた。そして一仕事終えた光は勝手にシャワーを借りて、裸で はるか の前に現れる。その姿を見た はるか は瞠目。光は男だったのだ。
光の女装は自分という素材を楽しむため。元々 光が好きなファッションの世界はメンズよりレディースの方が選択肢が多いため後者を好む。自分が美しいと思うものを纏っている光は確かに背筋が伸びている。
自分が男である事実と光の嗜好を知って はるか は自分に連絡してこない、と光は思っていた。だが はるか は大学構内で出会った黒滝が自分との約束を最優先にしてくれ、そのデートが明日と知り、はるか は すぐに光を頼る。光の特性を知っても遠ざからない人は光にとって友人と呼ぶに値する。
光は はるか の言うことを高確率で聞いてくれる。そして はるか の目的に合ったプランを提案する。しかし選ぶのは はるか自身。黒滝との会話や、目を惹かれた靴からファッションを考える。


その帰り、はるか は光への謝礼として考えていたラーメン店を探して彷徨う。そこでバスケットボールのコートを見つけて、ヒールを脱いで「男」なった光とバスケに興じる。東京に来て初めてのバスケだろうか。もしかしたら思春期以降、男性とバスケをしたのも初めてかもしれない。これってデートだよね。黒滝よりも先に光とデートを済ませている。これは実は大事なことなんじゃないだろうか。
はるか は大学ではスタートダッシュで気後れしただけで、本来は人懐っこい。そして偏見がない。光が女装趣味があろうと はるか は光という人と友達になりたいと思った。だから見た目や趣味嗜好ではなく優しさという本質で選んでいる。こうして光が同じ年であることを知った はるか は彼と友達になる。…が、その はるか の笑顔は光の心を射抜いてしまう。
光という魔法使いのお陰で はるか は憧れに近づく。1年遅くなったけれど、確実に はるか は なりたい自分に近づいている。
翌日のデート当日も光にメイクを頼み、はるか は黒滝の前に立つ。1話でも言っていた通り、メイクは自分に自信を与える魔法。その呪文のように、光は はるか の卑屈な姿勢も改善していく。今日の自分は一番かわいい、その気持ちがあれば黒滝との対等な関係を築けるはず。再び黒滝は はるか のことを素直に褒めてくれる。彼もまた いい人なのだろう。
黒滝が はるか を案内したのはベトナムフードフェス。そこで黒滝は自然に広い人脈と留学経験からくる英語力を披露している。まさか計算ではあるまい。ただ黒滝のスペックに はるか は委縮してしまう。初めてのデートで振る舞い方が分からない はるか は徐々に精神を削られていく。
そんな時に光と出会う。これは偶然(光も はるか もデート先を知らなかったし)。でも黒滝は はるか を置いて誰かと会話したり、途中で目を離して見失ったり、彼女の精神的・物理的なピンチを気づけなかったり色々とミスが多いが、光は逆。きちんと はるか をケアして、見栄という背伸びではなく、背筋を伸ばした等身大の彼女の姿勢を取り戻してくれる。
こうして はるか は黒滝に正直に初デートであることを告白し、彼の好きそうな女性ではなく自分自身を見てもらう。ただ これまでの1年ぐらいバイトが同じなのだろうから、黒滝は ちゃんと はるか のスッピンから見てくれていると思うけど。
はるか が服の汚れを落としに行っている間、「男性」2人きりになる。そして光は黒滝という男性を見極めるため、自分の美貌を武器にしてハニートラップを仕掛ける。その空気を察する黒滝は、光が友人・はるか のために心配していると考える。わざと露悪的なことをする輝を黒滝は優しいと言い当てる。ただ これは光の男性としての心からの行動なのだろう。早くも はるか にとって光が大好きな人と言い切れるのと同じように、光にとって はるか は大切な人。だから黒滝に泣かされることを許せない。
後日、デートが ごはんを食べて夕方に解散したと知った光は はるか に「自分のこと好きな女って わかってて 成人すぎた男が 何も手出ししてこない意味」を考えさせる。手を出さないから紳士なのではなく、紳士でも真摯でもないから手を出さず、都合よく女性を利用しようとしているかもしれない。それが光は心配なのだ。
そんな時、黒崎に呼び出され飲食店のオープニングパーティーに招待される。さながらシンデレラにおける舞踏会だろうか。再び光に魔法をかけてもらい はるか は黒滝に綺麗だと褒められる。ただ黒滝の交友関係を知った光の心配は募る。だから関係性をハッキリさせた方が良いと再び はるか を けしかける。
ただ光の考えは はるか とは違う。はるか は いよいよ黒滝を別世界の人間だと思い、これ以上 何も望まない。けど光には それが逃避に見える。世界を隔てているのは はるか の意識。だから再び背筋を伸びる魔法をかけ、そうして上に移動した視線で世界を観察して整理して、自分の心と向き合わせる。
はるか は やっぱり黒滝の彼女になりたい。こうして前回のベトナムフェスと同様に黒滝に本心を ぶつけようとするが、その前に景気づけにテキーラを煽ってしまい はるか は倒れる。
こうして再び男性2人だけの時間となり、光は はるか が聞けなかった今後について問う。黒滝が少しでもデリカシーのない行動を取れば、それは夢の途中にいる はるか の大きな傷になる。だから光は黒滝の中途半端な行動を許さない。けれど黒滝は真摯。光は その言葉にショックを受ける。だから少し男性性を滲ませて黒滝への対抗意識を燃やしてしまう。
泥酔した はるか は再び光に送り届けられ、目を覚ますと彼と部屋で2人きりという状況になる。本書には基本的に はるか の家では光は男性モード、というルールがあるのだろうか。
光は はるか に自分が男性であるような行動を黒滝の前で取ったこと、それが はるか の評判を傷つけると考えて、謝罪する。だが はるか は、光の特性を気にしない。別世界の人間と分けるのは当人の意識。そして黒滝が光の嗜好を侮辱するのなら はるか は彼を嫌いになると言う。はるか にとっては光の方が大事。こうして自分のありのままを認めてくれる はるか を光は大事だと思う。