《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本来は卒業だけど、高校生設定は譲れない!ので、正式連載開始時から いきなり時空が歪む。

MVPは譲れない! 1 (白泉社文庫)
仲村 佳樹(なかむら よしき)
MVPは譲れない!(エムブイピーはゆずれない!)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

成渡第一高校バスケ部エース・一堂に憧れてマネージャーになった美雪。でも一堂のプレイに見とれて彼の顔を良く憶えていなかったからさあ大変。笑いと涙のスポーツ・ラブストーリー!!

簡潔完結感想文

  • 本当のデビュー作から いきなり長期連載へ。約30年前の作品だが面白さに引き込まれる。
  • 最高学年&最高の栄誉、何もかもカンストした状態で連載開始。俺TUEEEE系少女漫画?
  • 通読すると 初期はギャグテイスト強めで、後半 本格バスケ漫画へと移行した事が分かる。

ミカルの中に白泉社イズムが潜んでいることが分かる 1巻。

私が読んだ少女漫画の中で最も古い時代に属すると思われる本書。
長編の始まりとなった読切短編は1993年の掲載である。
現在2022年からすると約30年前。
だけど しっかり面白い!

完読して最も印象に残ったのは、想像以上にギャグテイストが強かったこと。
特に この『1巻』収録分は その傾向が強い(特に正式連載開始直後)。
こういうギャグのセンスは天性のものなのか。
漫画としてテンポが良いから30年の時間経過にも耐えられるのかな。

そしてギャグの中にも、白泉社特有の登場人物が特別な人、上流階級の要素が入っている点も見逃せない。
これは後々になって判明する事だが、主人公の新島 美雪(にいじま よしゆき)はスポーツメーカーの社長の孫だし、
ヒーローの一堂 和彦(いちどう かずひこ)の自宅も部屋数がかなりあり、その裕福さを窺わせる。

更に この2人はバスケットボールの才能に恵まれて、
美雪は中等部で、一堂は高校のMVPに輝くほどの実力を持つ。

一堂に関しては、短期連載中に その価値を上げすぎてカンストしていて、
これ以上の成長がないのではないか、と心配になるほどである。

これは作者が、まさか この2人が長期連載を担うとは思っていなかったから起きた事だろうか。
確かに ちょっと装飾が過剰になりすぎた感がある。

そして もう一つの誤算が時間の経過だろう。
美雪が高校1年生、そして一堂は高校3年生という設定で2歳の年の差がある。

2人の交際は その年のバレンタインデーから始まる。
しかも「MVPは譲れない!」というタイトルで正式な連載が始まる際には、
バレンタインデーから「1か月とちょっと」が経過しているのである。

どう考えても高校3年生の3月下旬なのだが、その問題について作品は深く考えない。
考えないことで、無かったことにしようとしてる節がある。
これもまた作者が長期連載という可能性を全く視野に入れてなかった故の誤算であろう。

そして予想外に連載が始まる中でも一定のクオリティを保ち続けて、連載を成功させたことが凄い。

読切や短期連載からの連載は、一度 全てを出し切ってから、
話をアドリブで続けなければならないから、作者の地力が試される。

しかも作者の場合、本当のデビュー作が、そのまま第1長編作に繋がっており、
話のストックも経験もないまま、連載に挑まなくてはならなかった。

どんな場合にも対応できる実力と度胸、
新人作家が乗り越えなければならない壁を作者は乗り越えた事が分かる。
それに比べれば時空の歪みなんて小さい問題である。

理想像の「一堂」と、目の前にいる気の置けない関係の一堂。一堂は勝手に1人2役で配役されている。

雪(よしゆき)は男子バスケ部に入部希望の「女子生徒」。

入部の願いは聞き入れられなかったが女子マネージャーとして部に潜入する美雪。
こうして共学校ながら逆ハーレムを自然と成立させている。
これも白泉社読者の心を満たす設定であろう。

そんな美雪が読者から白い目で見られないのは、
ショートカットで男性的な外見や、一堂への一途さが受け入れられたからだろう。

そして美雪は女子バスケット中等部のMVP。
実力は折り紙付きというのも読者の自己承認欲求に適うものだろう。

他の部員が女子生徒に甘い中で、一人だけ厳しいのは1人の先輩だけであった。

美雪が男子バスケ部に入りたいのは、3年前にプレーを見た際、
一目惚れした「一堂」という選手と同じコートに立ちたいからだった。

だがプレーに魅了されるあまり、彼の顔を覚えていない、というのがすれ違いコントを生み出す。
人の誤認はシェイクスピアばりの古典劇みたいだなぁ。知らんけど。
大切なものは、いつも目に見えないという話にも繋がるか。

だが美雪は、「一堂さん」に魅了されながら、部活の意地の悪い先輩に惹かれる自分に気づく。
それが罪悪感や、心の引っ掛かりになる。

そんな折、「一堂宛て」のラブレターを渡してくれ、と頼まれた際、
美雪は一堂の正体と、そして自分の中の気持ちに気づく。

ここにきて初めて、その意地の悪い先輩のプレーを見る美雪。
そこには夢の中で追い続けていた「一堂」がいた。
「夢で会うより素敵」というタイトルが秀逸である。

美雪は ちゃんと頼まれたラブレターを渡すが、自分も一堂を追い続けることも伝える。
1話の完成度が高すぎる。
これは当時、圧倒的な支持を得たのではないか。


1話の時点では、美雪はまだ自分の気持ちを伝えただけ。

一堂も憎からず思っている描写はあるものの、確定していないので、
好評を受けての続編に不自然さが生じない。
続編・長編化で よく見られる「リセット」をする必要性が全くないのだ。

2話目から、1話でラブレターを託した美雪(みゆき)が「友達」になる。

作中ではラブレター事件から2か月が経過していて、
最初は美雪(よしゆき・以下Y)に冷たい態度を取っていた美雪(みゆき・以下M)が距離を縮めてきた。

美雪(M)は、ちゃんと美雪(Y)がラブレターを渡してくれていたこと、
そして美雪(Y)の気持ちも本物で、バスケにおける一堂とのコンビネーションを見て、
憎むだけじゃなく認める気持ちが出てきたらしい。

だから彼女は美雪と本当に友達になりたいと思ってくれていた。
ライバルであり友達。なかなか良いポジションである。

ここから後のレギュラーメンバーが少しずつ固まっていく。


3話目の木南(こみなみ)も 後のレギュラーの一人。

名門校のエースで プレイボーイな人。
一堂とは腐れ縁で、一堂が屈託なく喋れる数少ない人間である。
美雪(Y)における美雪(M)と同じく、友人枠である。

こうして友人という第三者目線が入ることによって、動きの少ない2人に動きが生まれる。

今回は、木南の追及によって一堂の「惚れられているだけで、俺はなんとも思ってない!」という
恋愛の立ち位置が分かってしまい、美雪がショックを受ける。
(一堂を熟知している人からすると照れ隠しなのは明白なのだが)

木南は そんな一堂の欠点すらも分かっている男。
何事も本気になろうとしないで、いい加減にする癖のある一堂に忠告してくれる。
こうやって同等に話してくれる人の存在は、主役たちには ありがたい。

ただし、2人を生温かく見守ってくれる平和なバスケ部とは違い、木南は一堂にとって実害をもたらしかねない存在。
一堂にとって木南は、バスケでも恋愛でも気の抜けないライバルなのだ。
だから一堂は これまでより踏み込んで、美雪に対して分かりやすい態度を取ってくれる。

そして木南は本当に美雪に惹かれ始める。
美雪がプレイボーイの木南を本気にさせる存在になることで、非常に価値が高まっていく。

しかも木南のアプローチが一堂に嫉妬という感情を生ませ、
2人のスーパースターが自分を取り合うために喧嘩するという少女漫画の夢が実現していく。

美雪は彼らのバスケ勝負の商品となる。
県下2位の名門校に所属する木南との勝つ可能性の低い勝負を挑む一堂。

決して負けられない戦いとなり、一堂を久しぶりに本気にさせる。
プレイボーイの木南だけじゃなく、
平素は熱を見せないような生き方の一堂までも本気にさせてしまう、美雪 恐ろしい子ッ!という話である。

インターハイ優勝は割愛され、栄誉だけを利用。本書後半が本格バスケ漫画になるのは予想外の展開。

の後の3回の短期連載の開始時には時が少し進んで、
一堂は学校をインターハイ優勝校にしてしまった。
自身は得点王、そして最優秀選手(MVP)に選ばれたという。

調べてみるとインターハイは7月8月に開催されるみたいだ。
もう作中で長袖を着ているということは秋なのだろうか。
3年生の一堂にとっては、高校生活も残り僅かである。

この回では、一堂が美雪を誘い、初めて校外で会うのだが、
有名になり過ぎた一堂は、町中を普通に歩けなくなっていた。

早くもヒーローのインフレが止まらない。
もう これ以上 価値を上げる隙はない。

この回で一堂家の様子も描かれ、おっとり大らかな母親や、かなり広めの家など一堂の家庭環境が垣間見られる。
都内だったら豪邸のこの家だが、舞台となる愛知県内なら それほど特別でもないのかな?
(いや、それでも大きいが)

美雪は一堂の一番近くにいるのは間違いない。
彼のことを「あんた」なんて呼べる人は、世界中の女性の中で1人しかいないだろう。
(「あんた」呼びは ちょっと違和感があるが)

だが、一堂の存在は近くても遠い。
彼は女性に囲まれるようになってしまったし、自分たちの関係に何の確証もない。
それが美雪の不安になる。


性に囲まれ過ぎて迷惑していた一堂は、美雪との交際を宣言する。
これは彼にとって虫よけのようなものだろう。

いかにもな偽装交際であるが、美雪は そんな現状に満足する。
まさに役得である「彼女」としての立場に燃える美雪。

驚くことに、作中は冬で、バレンタインが近いらしい。
一堂の高校生活なんて、あと数週間しかない!
美雪にしてみれば、彼女役に舞い上がる前に、自分たちの今後を悩むべきである。

目の前のバレンタインや偽装交際よりも、忍び寄る卒業や別離を考えるべきだと思うが…。

美雪はチョコをあげる予定で、それだけで満足だったが、
競争相手たちの ほとんどが便乗品を添える現実を知り、焦る。
そんな不安が美雪をネガティブにし、
一堂が本当に周囲への対応に困って、仕方なく自分と偽装交際をしているんではないかと落ち込む。

照れ屋な一堂の言葉は、美雪には全く伝わらない。

一堂の方も、美雪が かりそめの「彼女」の振りをしてバレンタインの贈り物を用意していると思い込み、
心が こもっていないプレゼントに対する拒絶反応を示してしまう。
そうして2人の距離が広がった所へ、木南が現れて事態を ややこしくさせる…。

もどかしい2人の距離を描くのが上手いですね。
この2人、特に一堂だからこそ起きてしまう問題を自然の流れの中で描いている。
こんなに読んでいてストレスがない話を描ける新人って凄すぎる。

そして悲しみの中でも、美雪はプレゼント作りの手を止めないのが良いですね。
たとえ未練がましくても、どこまでも一堂に付いて行く美雪の姿勢が見られる。

そんな一堂に釘を刺す美雪(M)の存在も良い。
美雪(Y)の友達として、一堂に危機感を持たせる。

最後の最後まで、一堂は婉曲的な物言いしかできないが、それでも美雪には伝わり、
美雪の言葉を否定しないことで自分の気持ちを表現する。

一堂は奥手、硬派、古風と言う熟語が似合う。
そして こんな彼の性格を利用すれば、いくらでも すれ違いは生まれそうだ。


去回となる一堂が中学2年生の頃の話は、やや重め。
いつも内気だった少女が、行動的になったのは なぜか というのがテーマとなる。
答えは単純で恋をしたからなのだが、それは理由の半分。

この話では木南と一堂の友情と、彼らのライバル物語も語られている。
スポーツで評価される事の厳しさや難しさは、この巻の中で一番感じる。
それを理解した上で手を取り合って高め合うのではなく、相手が困難を乗り越えることを静かに信じて待つという木南が良い。

バスケに対して悩みを持ち始める一堂の壁を壊してくれたのは1人の女性。
決して恋仲になるわけではないが、一堂に強烈な思い出を残した女性だろう。

彼女は、一堂に原点回帰することの大切さを身をもって示してくれた。
そして一堂のプレースタイルの確立に一役買った人である。
そして この唯一無二のプレーが、美雪の目を奪っていく、という繋がりが良い。
また それが一堂と木南がなぜ袂(たもと)を分かったのか、という理由にもなっていく。

こんな初期の段階で、キャラの基礎となる物語を作れる才能に脱帽する。
最終巻間際に、実は こんな設定がありましたという後付けのように描く人は多いだろうが、
初期から一堂誕生秘話を用意できることに驚く。


して いよいよ『MVPは譲れない!』というタイトルで連載が始まる。

連載化にあたって新キャラが投入されるのは常套手段と言えよう。

そこで登場するのが流石 美栄奈(さすが みえな)と言うキャラ。
父が国内でも5本の指に入る資産家で、木南が在籍する学校の理事長の姪という白泉社らしい上流階級の人。
彼女は当初、木南を恋い慕い、彼との結婚を考えていたが、やがて一堂に鞍替えしていく。

この人、ギャグ漫画に相応しい強烈なキャラで、
結構 面白い立場にいるのだが、やがて疎遠になっていくのが残念だった。
特に後半は もう一度、絶好の登場させる機会があったのに。

美栄奈は、美雪と因縁がある人で、強烈なライバル意識を持つことになる。
美栄奈は美雪のことを深く恨んでいるのに対して、美雪は彼女への言動を全く覚えていない事が火に油を注ぐ。
恋愛ではなくバスケに関して美雪のライバルになるキャラは初なので、じっくり育てて欲しかったなぁ。

初期はギャグテイストが強いなぁ。
1話と同じく またも「一堂」という名前だけが独り歩きする点や、
思い込みや、1人2役っぽい配置が騒動を大きくしていく様子が楽しい。


いつの間にか、美雪と美栄奈で一堂の婚姻届をかけた勝負となる。
正妻の座は譲れない!

美雪が有利なバスケ勝負となるが、美栄奈が思わぬ才能を発揮し、美雪が追い込まれる。
ヒロインがピンチになること自体が面白いし、
こうなることで美雪に ひたむきな努力の描写が、読者に美雪を好ましく思わせる。
これだけ面白ければ、人気が集まるのは当然である。

美栄奈との再戦は、高校同士の男女混合チームとなる。
美雪と美栄奈、女性がシュートを打つというルール。

一堂と同じ試合に出ることが美雪の念願で、それが叶ったかと思いきや、
今回は一堂を賭けた戦いなので、彼に参戦の権利はない、との理由で彼は観戦するしかなかった。

これは前半で一堂と木南が美雪を賭けた勝負をしたのと相似形を成している。
今回は全員参加のバスケ勝負というのが面白い。

どうにか後半から一堂が参戦することで、試合の流れが変わる。
そして その試合中に美栄奈にも、一堂と美雪の特別な絆が見えてくる。
これは美雪が美雪を認めたのと同じ経緯ですね。

勝敗を決するのが、美雪が苦手とするフリースローから始まるという点も良く出来ている。

こうして初めて一緒に試合をして、
一堂にとって、美雪が「最高のパートナー」=Most Valuable Partner、となるのだった。

読切短編の時からタイトルのセンスが抜群ですね。

もう部活的にも恋愛的にも いつ終わっても良い状態になってしまっている。
この後を作者が どうするのかが私の最も気になる点である。