日高 万里(ひだか ばんり)
ひつじの涙(ひつじのなみだ)
第02巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
大好きな諏訪さんの指輪を探す圭。そんな彼女を手助けするようになった神崎は、圭の勧誘で研修部(またの名を雑用部)へ入部!! 早速球技大会の準備に奮闘するが、そこで神崎は中学時代のバスケ部先輩・君島と再会し…!? ハッピー★部活パニック!
簡潔完結感想文
- 私立学校、特殊な部活、続々と投入される美形キャラなど白泉社要素が溢れ出す。
- ヒロイン側の事情は小休止して、序盤でヒーロー側のトラウマ払拭に着手する。
- トラウマ払拭、親代わりの兄姉への顔見せなど恋愛解禁の合図が高らかに響くが…。
ヒロインだけじゃなく全ての人がヒーローのトラウマ解消に関わる、の 2巻。
『2巻』は ほぼ男性主人公・神崎(かんざき)のターン。彼のトラウマが払拭される様子が、球技大会という学校イベントを通して描かれる。その様子が実に清々しくて青春を感じられた。そして神崎の悩みに対してヒロインの圭(けい)だけじゃなくクラスメイトたちが協力する様子が丁寧に描かれていて好感を持った。


また再読では、この賑やかな日常の中に需要な情報が隠れていて、それを見つけるのが楽しかった。再読によって伏線やヒント、情報の出し方など作者の企みが初めて見えてきて、作品は無駄に騒がしいだけじゃないことが分かる(苦笑) 他の白泉社作品のように日常回で連載を繋いでいるのではなく、日常回の中に少しずつ情報が挿まれている。ゴールを見据えての描写があるから、単純に楽しいイベント回に好印象が加点されていく。
そして本書では神崎をはじめとした圭以外の個人回は、物語が あっという間に核心に迫らないようにするための策でもあろう。圭が過去の記憶を取り戻したら指輪の探索も あっという間に終わってしまう。その前に当たり前の学校生活と青春を描いて時間の経過や、圭と神崎の関係性の変化を描いていく。圭自身が この学校で青春を送ることは、彼女に重大な影響を与えた諏訪(すわ)からの卒業でもあるのだろう。諏訪は絶対に悪い人ではないが、圭は諏訪の支配を受けすぎている。そこから脱却することが圭の復活の道筋なのだろう。諏訪に対する一方的な失恋を克服することは、次の恋に移行するため必要な準備である。だから圭の兄の彩人(さいと)は「研修部」での自分や同級生だった諏訪の学生時代の話を語らず、圭には圭の研修部での活動と思い出を作って欲しいと願ったのではないか。
研修部という特殊な部活や私立学校、美形キャラしか生存を許されない空気など いかにも白泉社らしい作風となっている。
ただ気になったのは中高一貫校に進んだ圭と神崎の周辺は、それ以前から構築された関係性で溢れていること。彼らが この学校で純粋に初めて出会う人々はモブでしかなく、重要なキャラは過去や血縁などの因縁で縛られている。こうやって周囲を固めてしまうのが日高作品の特徴であり短所にもなり得る部分だと思う。私が『2巻』を快く感じるのは、圭と神崎という全く面識のない2人が関係性を構築する部分と、神崎に優しく接するクラスメイトとの交流があったからだ。そういう人との新しい出会いの中に生まれるものを描き続けて欲しいが、どうも日高作品は選民性と閉塞感が色濃い。
また これだけ学校生活を楽しく描けるのだから純粋に10代の男女だけの青春が読みたい。どうしても保護者や観察者として20代の男女を据え置きたいのだろうか。本書の場合は諏訪世代といえる人々の存在が必須なのは分かる。けれど その世代が年齢の上限になっているのが気になる。圭には兄を、神崎には姉を用意して20代の彼らが親代わりとなる。圭の問題など親が関与すべきなのに存在が無視される。それなのに そもそも圭の病気は親への配慮を発端としているからバランスが悪いように思う。
まだ作者が20代の頃の作品のため、どうも未熟な10代を見守る格好いい20代の私、みたいな自意識が出てしまっているような気がする。20代の登場人物は、作者が10代の頃に憧れていた年代ということなのだろうか。前作『世界でいちばん大嫌い』と根本的に設定は違うのに、どうにも似通った共通点が多すぎる。作風だし美意識だと思うけど、同じ味付けにも感じられる。
紆余曲折の末「研修部」に入部することになった神崎。雑用メインの研修部の活動内容だけど、私にとって作者の作品で学校生活がメインになるのは新鮮に映った。
『2巻』から登場する新キャラが君島 嵐士(きみじま あらし)。この学校の生徒会副会長。学校のエリートそして美形ばかりが集まるのは いかにも白泉社作品だ。君島は神崎と同じ中学で部活の先輩だった。圭や彩人に続いて神崎イジリが上手い人の登場である。
圭は自分が隠した指輪の記憶が思い出せず袋小路に入る。しかし それはメンタルの不調に直結していくので、神崎のように容赦なくツッコみ、そして その人の目の前で圭が落ち込める貴重だろう。勿論、2人の兄たちもいる。実質2人きりの研修部では どんな事が起きるのだろうか。
球技大会で、トラウマにより身体が硬直してしまうバスケットボールに再挑戦することとなった神崎。クラスメイトたちは神崎の特性を理解し、彼と一緒に球技大会を楽しもうとしてくれる。インクルーシブなクラスっぽい。それにしても男子生徒はクラス10数人いるだろうに、なぜ男子生徒の種目はバスケオンリーなのか。話の都合なんだろうけど、もう1競技ぐらいないと試合に出場しない生徒が続出しそうだ。
兄世代の人に囲まれてきた圭にとって神崎は初めての同世代の異性の友達。同世代の ほとんどが子供っぽいと思い続けてきた圭だが、神崎は人間的な深みを感じる。それはきっと神崎が人よりも悩むことが多かったこと、彼もまた年上に囲まれて揉まれてきた経歴があるからだろう。
神崎は果敢にバスケに出場し、そして『1巻』と同じように顔面でボールを受ける。鼻血を出したため保健室に行った際に、この学校の球技大会の種目が、副担任の彩人や保健医の羽野 蝶子(はの ちょうこ)、または諏訪(すわ)の代によって種目が変更されたことが明かされる。当時の生徒会長だった蝶子は、運動が苦手な自分の妹のために権力を振るったらしい。
中学時代の部活の先輩だった君島のクラスとの直接対決を前に神崎は足をネンザする。その負傷に神崎はホッとした部分もあった。君島と対決しなくて済むし、実力派揃いの君島のクラスに自分は負けないから。しかし圭から聞かされた諏訪の話によって、神崎は自分が力み過ぎていたことに気づかされる。そして多少の無理をしても試合に出場し、自分にも試合にも負けない心意気を見せようとする。


二重のハンデを抱えた状態の神崎をクラスメイトたちは温かく迎える。勝ち負けではない、誰とプレーするかが楽しい学校生活の始まりとなる。こうした新しい境地でコートに立った神崎は試合中に自分のトラウマを整理して、あの時の自分の心情を言語化していく。これは登場人物の気持ちを説明する国語の問題なら絶対に正解を貰える答えだろう。
そしてトラウマを克服したことで神崎は、自分が悔い続けたラストプレーの その先に到達する。その後、君島も圭から神崎の事情を聞き、彼の前でデリカシーに欠ける発言をしたことを反省・謝罪し、神崎の心を更に軽くする言葉をかける。
バスケやチームメイトから逃げるように辿り着いた この学校だが、そこで神崎は元気を回復する。これにて神崎のトラウマは完全払拭。一般的な作品ならヒーロー側のトラウマや家庭の事情がクリアになることが恋愛解禁の合図となるが、本書では圭の事情の方が重いので まだまだ時間がかかりそう。
球技大会が終わっても神崎のターンは続き、彼の2人の姉が登場する。これは『1巻』で圭の2人の兄が、神崎と一緒に居る妹に思うところがあったように、神崎の2人の姉たちは圭と一緒に居る弟を見て自分の知らない表情を見つけるのだろう。
そういえば親が ほぼ不在の本書において兄姉は一番 近しい親族。その彼らに異性といるところを見せるということは親族への紹介、すなわち少女漫画においては婚約が達成されたと言える(かもしれない)。
そして姉たちは球技大会を撮影したビデオを見て、学校内の弟の様子も窺い知る。心に傷を負ったまま地元から離れた神崎を心配していた姉たちは、弟が楽しそうにバスケをプレーしている様子を見て安心する。
ラストで ようやく諏訪の話が出てくる。ここでは圭が自分の口から諏訪の話をしても心身のバランスを崩さないことを、諏訪の同級生である彩人たちが確認している。やはり神崎と一緒に居る圭は以前とは違う状態のようだ。『2巻』の後半は兄姉世代の人が弟妹世代を温かく見守る内容になっている。